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8月事  作者: 高木 翔矢
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幼少期編~いつも4

今回は小さな場面の移り変わりが多くなっています。


 警察の人に病院に連れて行かれて、それからよく分からないところで一週間くらい寝泊まりして、僕は『満月の園』っていう施設で生活する事になった。僕はお父さんがいなくなってもあの家に住むつもりだったんだけど、それは駄目みたいで、強制的に連れてこられた。引っ越しの準備をしてたおかげで、大して悩まずに着替えと、私物を一つだけ持ってこられた。

 うちに来た高岡さんって人が言うには、お父さんは裁判に掛けられるらしい。無罪になる事はまずなくて、最低でも何年かは刑務所で過ごすそうだ。まぁ人を殺しちゃったって言ってたし、仕方ないよね。


 僕の住む事になった『満月の園』は、学校よりは小さいけど、幼稚園より大きい二階建てで、僕と似たような境遇の人達が三十人くらい暮らしてる。自分の部屋はなくて、でも洗濯とか掃除とかは先生がやってくれるから、生活するのには困らなそうだった。他の子たちはみんなここで生活しながら、学校に通ったりしてるそうだけど、僕はまだ学校には通わなくていいらしい。だから昼間は暇を持て余して、隅でずっと本を読んで過ごした。僕の他にも学校に行ってない子供はいたけど、みんな笑顔で遊んでるから、それに混ざったりはしない。遊ぼうってしつこく話し掛けてくる子もいるにはいたんだけど、親が人殺しだよ、って言ったら近寄ってこなくなった。先生はめげずに毎日話し掛けてきたけど、全部無視した。だって顔見たらいつも笑顔なんだもん。あの人達。


 同室の子たちはもちろん先生の名前も覚えないで、二週間くらいずっと本を読んで過ごしたある日、何人かの先生が困ったように集まって何か話しているのを見つけた。気になって遠目から見てみたら、先生方の中心に女の子がいるのが分かった。後姿だから顔は見えないけど、身長からして年はそこまで変わらなそうだ。


 先生方が女の子を連れて、こっちに歩いてきた。

 すれ違う。

 その時、先生に隠れて見えなかった女の子の顔が一瞬だけ見えた。

 見覚えがあった。


 コトハちゃんだった。


 驚いて振り返ったら、コトハちゃんもこっちを見ていた。ただ、足は止めてない。

 コトハちゃんは学校で話した時とは違って、凄く暗い顔をしてた。

 元々普段から明るいタイプじゃなかったけど、僕を見ているコトハちゃんは、いますぐにでも泣き出しそうな顔をしてる。

 廊下を曲がって、コトハちゃんが視界から消えた。

 どうしてコトハちゃんがここにいるのか気になったけど、それも別にどうでもよかったから、僕はまた手近な部屋で本を読んだ。






 コトハちゃんはこの施設で暮らすようになった。理由は知らない。僕と同じで学校にはまだ行かないみたいで、一日中施設にいる。

 学校じゃよく僕に話し掛けてきたコトハちゃんだけど、『満月の園』じゃ一度も話し掛けてこなかった。僕と同じで、いつも部屋の隅で一人でいる。まぁ見かけるのもたまにだから、本当にいつもかは分からないけど、僕が見つけた時はいつも一人だった。この施設は広くて部屋もいっぱいあるから、僕がコトハちゃんを見かけるのはご飯の時以外だと、三日に一回くらいだ。

 一人でいるコトハちゃんはいつも体育座りで俯いてた。泣いてる時も何回かあった。ここに来る前に何かあったんだろうなって思うけど、わざわざ訊いたりはしてない。どうでもいいし。コトハちゃんも訊いたりしてこないしね。


 ここで暮らし始めてもう一か月。嫌になる話だけど、施設にきてからは一日中笑顔に包まれるようになった。学校よりは少ないけど、それでもどこかかしらには必ずあるし、何より先生はいつも笑ってる。

 最近読んだ本に、『現実とは実体を持った夢だ』って言葉があった。意味はよく分からなかったけど、多分それは、生きてるって事は夢を見てるのと同じだって事なんだと思う。

 だとしたら、これは悪夢なのかな? 毎日毎日嫌いものを一日中見せられて、食べて寝るだけ。家にいた頃はいまよりまだマシだった。笑顔を見るのは学校が終わるまでで、お父さんが笑って殴ってきても、夜は何も見なくて済んだから。


 家に帰りたいな。お父さんがいなくてもいいから、ご飯が食べられなくてもいいから、笑顔を見ないで済む家に帰りたい。

 人が多いと笑顔が多くて、窮屈だ。






 そういえば、この『満月の園』には庭というかグラウンドというか、そんなのがあるんだけど、そこから建物の裏側に行ったところに一匹の猫が居ついてる。先生方は気付いてないみたいで、僕も発見したのは偶然だ。本にも飽きて適当に散歩してたら、たまたま見つけた。


 薄い茶色の毛並みの猫で、普通の猫よりも目つきが一段と鋭い。だけどそんな外見にしては警戒心が低くて、近寄っても逃げたりしない。実際にした事はないけど、触っても多分威嚇すらしないと思う。

 その裏庭は子供も先生も滅多に来ないので、僕の隠れた憩いの場所だった。あまり頻繁に行ったらばれちゃうからたまにしか行けないけど、そこにいる時だけは誰の笑顔も見ないで済む。もちろん猫は笑ったりしない。


 猫の隣の日陰に寝転ぶ。

 空は水色で、葉っぱは緑。影は暗くて、木の幹は猫の毛並みにも似た茶色。前はこんな明るい景色が好きだったんだけど、いまじゃもう何も感じなくなった。ただ眩しいだけだ。

 隣の猫は警戒もしないで、だけどなついてもこなくて、座ってこっちを見てくる。


「猫って、考え事するのかな?」


 ふと、そんな疑問がわいた。


「にゃー」


 適当に鳴き真似をしてみる。


「……」


 猫は何も答えない。


「ニャー」


 今度はもっと真剣に真似てみた。


「……」


 やっぱり無視された。

 まぁ当然か。人間だったら、外人の発音で「あー」とか言われてるみたいなもんだし。


「にゃお」


 突然猫が鳴いた。時間差で答えたのか、うるさいから文句を言ったのかは分からないけど。

 猫から見た世界ってどんな風なんだろう? やっぱり悪夢みたいなもんなのかな。それとも猫は夢なんて見なくて、悪夢っていうのがなんなのか分かんないとか。


「それでも、生きやすいとか生きづらいとかはあると思うんだけど、そこのところどう?」


 鳴くどころか、身じろぎ一つしてくれなかった。まるで先生に話し掛けられた僕みたい。

 別に答えを期待してたわけじゃないから、僕は気にせず顔の向きを正面に戻して目を閉じた。

 視界は真っ暗なのに、外が明るいのが分かる。

 中途半端だ。まるで世界みたい。

 生きるのは簡単なのに、凄く生きづらい。




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