鈍感系主人公になってました。気がつかないうちに。
「なぁ、弟よ」
久しぶりに皇太子妃となった姉に呼びつけられたと思えば、彼女は難しい顔をしていた。
「何でしょうか。姉上?」
とりあえず、久しぶりな姉弟の語らいなのですから、刃物を研ぐ手を止めても良いと思いますよ。とは突っ込めなかった。
私室なのだから何をしていても良いとは思うけど。
深窓のご令嬢然とした見た目と違い、武闘派として有名な人なので武器の手入れに余念がない。一番得意なのは拳だ。
美貌を狙われるので、最低限の護身を覚えさせようとしたことがこの結果を生むとは誰も予想してなかった。それなりに鍛えられた僕よりこの人強いんだよね。
忙しい皇太子妃のお仕事の傍ら、親衛隊と一緒に訓練したりしていることは有名すぎて戦女神として崇められそうな勢いとか、もうね。
僕は侍女に振る舞われた珈琲を注意深く口に含む。
飲み物を吹き出すという失態はしたくない。
「気がついてないようだから言うけど、君のところのハーレムを何とかしてくれたまえ。男どもの士気が下がって仕方ない」
……僕はハーレムを作った覚えはない。首をかしげる僕に姉は言いました。
「まあ、黙って聞きたまえ。我が家のツラの皮の美しさは認めるだろう? 君だってそうだよ。弟よ。我が家の後継は君だし、君自身、取り替えっ子を隠しては居ないから有能であることは知られている」
あれ?
「それに加え、私や母、伯母に仕込まれた女性には優しくと記録応用のそつのなさで女性受けが悪いわけがない。むしろ、モテないわけがない」
「身に覚えがないのですが」
控えめに主張してみたモノの違和感がある。気がついちゃいけない何かのような気がするのだけど?
「その本気のスルースキルが事態をややこしくさせているのだよ? よく冷静に、身の回りの女性について思い返すと良いよ? 誰かに刺される前に」
姉は真顔で言い切る。
……。
「えーと。僕の立場としては、特定の誰かと親しくするとその子は僕の側から消えていくので、誰にでも平等に優しく無関心にしているのですよ?」
よくわからないうちに出来た取り巻きが、排除しているらしいと気がついたときにはもう遅かった。なんという嫌がらせ。おかげで、僕の親しい友人は野郎ばかりだ。恋人の一人も夢想できない。それどころか一部で腐った妄想されているとかひどい話だ。
そんなこんなで、先日17歳になったところだ。
最近の思いと言えばリア充はくたばるがよろしい。以外ない。一応、僕だって思春期の男である。僻み根性の一つや二つ出てくる。
姉がため息をつく。
「取り巻きと言っているご令嬢たちもそれなりなお家で、中々に美人さんがそろっているはずなんだけどね」
僕は肩をすくめる。手を出そうと思えばやれるけど、大変恐い事態がその後控えているのでイヤという。すぐに教会の鐘が鳴り響き、愛人候補が山のように押し寄せるのが見える。今現在ですら、そういう露骨なのもいるんだから。
そういうのはもてるとは言わない。と僕は思う。ハーレムとも言わない。
「婚約者の一人でも出来れば良いのかも知れないですけどね」
ただし、彼女らのお眼鏡にかなうような人がいれば、である。
自分でどうにかしろと言うなかれ。こういうのは困ると言ってみたら大炎上し、大変な目にあったのだ。
そこまでして守るべき相手なら別だけど、普通の子相手には割に合わない。もっとも普通の子でも親しくならないと恋人にならないので、必要な労力ではあるんだけど。
そして、リア充から遠ざかるのだよね。うん、知ってる。
「ローゼリア・ルース嬢は?」
「文通が精々だよね」
「天才少女リーナは?」
「なんかよくわからないけど、ライバル的な?」
「元婚約者フィーリア・ディルファ嬢は?」
「学園に押しかけられて迷惑」
姉がため息をついた。
「これは育て方を間違えたかな。我々は少々反省した方が良い」
……えーと。
状況を確認しよう。
僕の家というのは複数国家に支店を出す商家だ。その後継は僕と言うことになっている。女系なのか男は僕一人だし、一応、ズルしているとはいえ商才は認められている。半分以上、ズルのおかげだと思うけど。
そのズルというのが前世の記録を持っていることだ。僕の場合は参照情報が増えただけで、性格が変わったわけでも本人の意識が連続しているわけでもないからただの記録である。
こんな前世持ちは取り替えっ子と言われ10年に一度の割合の本物と一都市に一人の偽物がいる。こんな頻度で居るから特別ではない。ちょっと珍しいくらいだ。
ちなみに偽物というのはかつて居た取り替えっ子の記憶やら記録の一部を植え付けられた人たちのことである。本人は偽物とはもちろん思ってない。
そんな感じにやらしい神様たちがいらっしゃる世界だったりする。彼らの今の流行は乙女ゲームみたいな何かとロマンス小説のような何かだったりした。結果、恋愛結婚が世界の主流となりつつあるので血縁による政治というものができず、そこはかとない混乱が蔓延しつつある。
つい先日も某学園で『取り替えっ子と思われる天才少女、イケメンで逆ハーする』事件が起きたばかりだ。第二王子が好きな彼女と婚約したいがために婚約者を振るというテンプレに介入した。
結果、婚約解消された令嬢と文通中だ。
そして、天才少女は天才で国家にとって利益をもたらすが故にこの件の責任を取らされる事はなかった。割を食ったのは第二王子とその取り巻きで全員が国家中枢から遠ざけられる将来が確定している。
天才少女も憑き物が落ちたように地味な元の性格に戻り、迷惑をかけた相手に頭を下げ、償い代わりに国のために研究三昧だ。彼女は有用であることを証明し続けなければいけない。
なのにも関わらず、僕にだけよく喧嘩を売りに来る。同じような立場と思っているのかも知れないが、僕はいつも負けるのが確定しているので意味がわからない。
そんな日々が続くと思えば、何故か、我が家が貴族から平民のただの商家になった時に婚約解消したはずの婚約者が襲来した。
何故か自信満々に貴方、まだ私のこと好きなんでしょ、という態度がイラッとくるのだけど。三年前は可愛い子だったけど、今は意地悪そうな顔をして僕の取り巻きとじゃれてる。どっちも討ち死にしてくれないかなぁと思ってるんだけど。
「……とりあえず、ご令嬢のご両親からは婚約の打診がきている」
「はぁ、かまいませんが」
僕も嫌いじゃないから文通なんてまどろっこしい事をしているし。堂々とコンタクトを取ると中々にややこしいことになるのが明白だった。
いや、なんだか生ぬるい視線を向けられる事が多くて。上手くやりやがって、みたいな。なにせ、彼女は同年代では一番の美少女と有名だ。
ただし、未だお友達にもなれているかどうか不安なレベルのおつきあいである。おまえ等にうらやましがられるようなことはないと友人には言えるが、見知らぬ人にも言う気はない。
「陛下が、某少女の首に鈴をつけたいと言っている」
「は?」
つまりは僕に手綱を握れと言っているらしい。この場合は嫁にしろということだ。
「極めつけは元婚約者が現婚約者になりたいと大層ごねている」
「……姉様? 意味がわかりません」
思わず、昔の呼び方に戻ってしまうほどの動揺がっ!
姉の生暖かい視線が痛いんだけど。
「僕の体は一人で国家の法律的に嫁は一人で、残りは愛人にするにも支障がありまくりではありませんか」
「ねー?」
今更ながら姉が何故に刃物を研いでいたのか理解した。精神集中して平静を保ちたかったんだ。
「てめぇら人の弟をどうするつもりだこの野郎。とか、旦那様に言ってみたの」
にこりと外面の笑顔で刃物の研ぎ具合を確認しないでくださいっ! 姉がマジギレ直前ですよ。ストッパーの旦那様はどこですか。いや、問題を持ってきた人がいたら燃料投下過ぎる。
「付き合ってみて一人に決めればいいじゃない。なんて言って来やがったので、王室お墨付きで彼女三人と付き合って?」
「……それってなんてムリゲーですか」
学園生活が地獄ではないか。いろんな人が敵に回るのが目に見える。とりあえず、親しくない男にはくたばれリア充と思われ、友人には白い目を向けられ、女からは三ツ股さいてーとか思われるんだ。
「大丈夫、勅命だから」
「大丈夫じゃない」
「良くも悪くも王命が絶対なところがある国だから、文句があるなら私に言いなさいと伝えれば万事解決」
僕の気持ちだけが解決しない。
なんだろう。神様の新しいブームが始まったんだろうか。僕が頭を抱えている間に姉は剣を鞘に収め腰につるす。皇太子妃という立場ながら男装して武装するのもどうかと思う。
年若いお嬢さんからはお姉様とあこがれられるのがわかるくらいには凛々しい。
……そーいや、僕ってよく似てるとか言われたなぁ。
……はっ、もしかしてイケメンなのか? 僕って。
「何だね。弟よ」
「姉上、一つ聞きたいんですけど。僕って僕自身が惚れられる要素ってあったりします?」
なに言ってんだこいつ。みたいな顔で見ないでください。姉上。心が折れそうです。
聞いた僕がバカでした。オプション抜きの僕なんて普通です。普通。思い上がりました。
「誰も助けてくれないと思ったところで、助けてくれた男を嫌いになるのは難しい」
「大したことはしてないんですが」
「という膨大な蓄積が圧倒的人気を誇り、学園の人気の半分、いや、今は学園で一番もてる男なんだが」
「誰ですか。それ」
「アーヴィ・ジン・ティアルの話だ。」
「ヤな話ですね」
現実に即してない幻想の世界過ぎて。
「聞かれたから答えただけだ。なんていうか、鈍感系ひーろーとかいうんだろう記録の中で言う」
なんか、かちりとパズルがはまった気がした。
「おおっ! いつぞやの願いが現実に?」
そーか、そーか。
……全然嬉しくないけど。いや、ハーレムいらないし。でも、欲しいけどああいうのはイヤだ。
やはり、二次元に限るのだろうか。ハーレム。
嫁が複数問題は全力で回避したいし。気を遣って仕方がない。
「まあ、決まった相手はいるのだから気楽に構えれば良いのでは?」
姉の呆れたような顔が地味に痛い。これでも多少はシスコンなわけで。超絶に生意気になってきた妹相手には対応が異なるけど。
結局、王命ということと姉の立場を考えれば断りづらくそう言うことになった。
で、僕らは一つ考え違いをしていた。
そう思い知る半年くらい前のことだった。