ダイヤモンドの犬
荒廃した街、といわれている。
どっちにしたって、寂れた所には変わりあるまい。
昨日は昨日で、盛り場で拾った女とがれきの陰にしけこんだはいいが、またあのムナクソ悪いサイレンががなりたてはじめやがった。女はせかしだすし、俺のムスコもしょんぼりちぢんじまった。
ラジオのヒステリックなわめき声に、居心地は悪かったが最高だったねぐらを追い立てられた。
奴だ。画面の映らないシケたテレビなんて、ラジオとおんなじさ。それがてんでわかってない、奴。
俺はしばし剥き出しのコンクリートくずのうえに座り、奴を見物した。
十年越し着たきりのスーツ。たるんだ肉。奴はあぶらじみたワイシャツで首の汗を拭い、鼻をひくつかせて嗅いだ。
奴は自分のことを世界を売った男だとうそぶく。
言ってやがれ。てめえが世界を売った男なら、俺はスターマンだぜ。昔は空に人が住んでたんだぜ。信じられるかよ?
奴が俺に女を回してくれと声をかけた。
俺は断るかわりにしょんべんをひっかけてやった。
奴はしょんべんの雨から逃げ出した。俺は奴の背中に景気のいい笑い声を浴びせてやった。
サイレンが悲鳴を上げだした。いつ聞いてもムナクソ悪いぜ。
ダイヤモンドの犬が街を嗅ぎ回りはじめるお時間が来たようだ。
しょっちゅうだ。おかげでかわいい娘とメイキング・ラブするひまもありゃしない。
恋人は州立図書館のがれきのしたに住んでいる。ヤミで手にいれたニコチン麻薬がお気に入りで、鼻の穴にいつも詰めてる。いかれた麻薬のけいれんが、彼女の顔面でマラソンをはじめる。 ビビビビビビビビ。
俺はいつも言ってやるんだ。シールにしろって。彼女が俺のうえに乗ったとき、鼻の穴のニコチン麻薬なんぞ、俺は見たかないってね。イっちまってる彼女の顔はメチャメチャ。でもそれがいいのさ。
彼女の楽しみはニコチン麻薬と昼寝とセックスさ。たまに俺の好きないかすロック・ン・ローラーを見にいくのさ。
奴がわめいてやがる。漏らした赤ンぼみたいな声で。片手に抱えたラジオで、軍服のダイヤモンドの犬に抵抗している。
気違いがちゃんと気違いに見える瞬間だ。世界を売った男の言葉は、頼りない世紀末のちょうちょみたいに消えていった。
奴のねぐらの、レイルロードにおきざらされた貨物列車へ急ごう。奴はもういない。
縄張り争いに負けた連中が徒党を組んでこちらに向かってくる。やばいぜ。
俺は居心地のいい貨物列車のなかで彼女とハイトリップな夢に身をゆだねていた。
俺は立ち上がったが、クスリが腰にきてたのか、紐の切れた操り人形よろしく、床に崩れた。
彼女が笑ってる。いいぜ、笑ってろよ。
負け犬は物騒だ。手に鉄パイプを持ってやがる。
俺の脳天がミシリと鳴った。
彼女は笑ってるぜ、天真爛漫に。幸せなのかい?
俺はニュークリアー・ボムみたく外にほうり出された。
彼女は? 彼女はごきげんさ。恋人が複数になっただけ。チェッ。
メーデー・メーデー。
サイレンがまた泣いてやがるぜ。
メーデー・メーデー。
お祭りは終わったんだぜ。俺たちに残されたのは腐った水と、腐った食い物と、腐った人間どもだけ。
俺のいかしたロック・ン・ローラーがダイヤモンドの犬に見つかりませんように。
ああ、クスリが残ってんのかな?
ふらつく。
俺は街の盛り場へ足を運んだ。
ポケットに残高の低いコインが一枚。スロットに落として、たんのように吐き出されたニコチン麻薬。俺はそれを鼻に詰める。
深く吸って、吐いて。繰り返し。
いかすロック・ン・ローラーが人だかりの間に挟まって、腰をくねらせている。
金のある連中はこめかみのソケットにチューブを差し込んでいた。
俺は見るだけ。強烈な脳髄のバイブを目で捕らえるだけ。それでも最高さ。チェッ。
金ほしさに血を売りにいくことにした。
二十代の健康な男性。少しばかり白血球が壊れてる。
コインの残高が鼻くそ程度に増えた。これでもマシなほう。
俺はスロットにコインを落として店に入った。
イメージの女とセックスする店。ソケットがないってんで、すぐさまほうり出された。
ちくしょうっ! 残高は下がる。血はもう売れない。ついてないぜ。
ニコチン麻薬の痛痒感。太く顔面下に走る三叉神経にまとわりつく。いまだに慣れず、俺の顔は高速度のけいれんを起こした。
ニコチン麻薬で悪酔いしちまうなんて。今日はどうかしてる。
サイレンがわめいてる。
ガンガンに騒ぎ立ててる盛り場の音なんぞ、ものともせず。
ダイヤモンドの犬がやってくるのか?
ああ、俺のかわいい娘が男どもにもみくちゃにされて、ニコチン麻薬のごきげんの海に沈んでいく。
画面の映らないラジオを持って、いかれた男が暗い世界へ出掛けていく。
ソケットのない俺は、未来の快楽のあぶれ者。バイブなロック・ン・ローラーに勃起したって、俺はロック・ン・ローラーにはなれやしない。
やっぱり、悪酔いだ。俺はどっと道にうつ伏せた。
キッチュな未来さ。
倒れた次の瞬間には、容赦ない禿げ鷹の群れ。俺は生きたまま内臓を抜かれ、ニュークリア・ボムみたくごみために投げ捨てられた。
神様でも寄りつかない。
だけど、ようやく手に入れた脳髄のソケット。嘘でなく、いかしたロック・ン・ローラーのバイブが脳髄に弾けた。
キッチュな未来さ。
俺の鋼鉄のムスコで、かわいい娘を取り戻しに行った。