冬もあったか雪の精
儚く消え去るその様はまるで雪の如く・・・
昨日は酷く雪が降った。
俺が住んでいるのは太平洋側なのでこんな大雪が降るのは珍しいことだ。
今朝からおっちゃんたちが懸命に雪かきをしている。
まだ少々の雪が降っているというのにご苦労なことだ。
因みに今日は日曜日。こんな日は家の中でゲームと洒落込みたいところだが
外の雪が気になって仕方なかったので俺は公園まで躍り出てきた。
寒い。
最初は小さな雪だるまを作る程度の遊びをしてただけなのだが徐々にエスカレートしていき、
ついに大きなかまくらを建設してしまった。
「ふむ、我ながらいい出来だ。」
何やってんだ俺。
もうすぐ二十歳だというのに嘆かわしい。
ま、それはさておき中に入ってみますか。
「やあおはよう。」
かまくらの中には先客が居た。
妙な服を着た女の子だ。
ていうか誰こいつ。俺が作っているときにはこんな子居なかったし、
第一この公園に俺以外の人が入った様子はなさそうだが。
「そう身構えるな苦しゅうない、近う寄れ。」
「お代官か何かかお前は。」
「違うね、私は雪の精さね。」
雪の精だと?なんとも信じがたいファンタジーだ。
「気さくに『ユキ』と呼んでくれ。」
「子ヤギみたいな名前だな。」
「ほらほら入って来い。」
「お邪魔します。」
俺が作ったんだけどな。
「中は結構あったかいんだな。」
「私の愛情が詰まっているからねえ。」
「そりゃあ寒い話だ」
「いやあしかしこれは豪邸だな。こんな立派なかまくらは久しぶりに見たぞ。」
「雪の精の癖にか。」
「お前はいいかまくら建築士になれるぞ。」
「そんな職業があるのか。」
「ないよ。」
「ていうか勝手に人のかまくらに入るなよ。」
「あぁん?勝手に私の雪でかまくらを作ったのはお前だろう?」
お前の雪だったんかい。まあ雪の精って言うくらいだしな。
「今後は雪に自分の名前でも書いておくんだな。」
「いえ、こうしておくと誰かしらが何かしら作ってくれるので面白い。」
「おきらくだなあ。」
「そうじゃなきゃ精霊なんて勤まらないよ。」
「勤めてんだ。」
「この稼業は大変でさぁ。」
「そうか、人間も大変だぞ。」
「かき氷食べる?」
「いらん!」
そういや腹減ったな。
さっそくこれの出番だな。
「なんだいそれは?」
「鉢。」
「なにすんだい?」
「おもちを焼くのさ。」
「絵に描いたようなもちだねえ。」
「本物だよ。」
「ああ、絵に描いたような行動だ。」
「火をつけるぞ。」
「きゃあ、溶ける!」
「そうなのか?」
「気をつけてよ。」
「火をつけてんだよ。」
「うわあ、コッチ向けないでぇ!」
なんか楽しい。
「おや?火が消えそうだ。」
「この際消えてもらったほうが楽だ。」
「ふぅー!」
「ひゃあぁ!灰がとぶ!溶ける!」
「もう、五月蝿いなあ。」
「こうしてやる!」
カキーン
ユキが手をかざすと、たちまち鉢が凍ってしまった。
「ああ、何をする!」
「ふふふ、私を甘く見ないほうがいい。」
ガツン
「いったぁ~い。」
普通に殴ってみた。
「なにするんだい!?」
「コッチの台詞だ。」
「精霊を殴るとは、罰当たりよ。」
「鉢にあたるよりゃあマシだね。」
「わかったわよ。」
ユキがもう一度手をかざすと鉢の氷はたちまち溶けていった。
しばらくしてもちが焼けた。
鉢が凍る不思議な現象には驚かされたが、もちがおいしそうだったので忘れた。
「あっちい!」
「ほう、これは結構美味しいねぇ。」
「あんだけ嫌がってたくせに上手そうに食いやがる。」
「まあ溶けるってのは嘘なんだけどね。」
「そりゃあ残念だ。」
「でも熱いのは苦手なんだよ。」
「ただの猫舌だろ。」
「失礼な。私はユキノシタだ。」
「植物みたいだな。」
「そいつは嬉しくない。」
「ああ、もちがもうない。」
雪の精は食いしん坊だった。
「ていうかお前雪の精だろ?何でこんなとこに居るんだよ。」
「雪はどこにでもあるでしょ?」
「いや、もっと北の方で活動してんじゃないの?」
「今日は遠征できてんだよ。」
遠征とかあるんだ。
精霊って部活みたいなものなんかなあ。
「もう明日にはここをたつよ。」
「へえ、難儀だな。」
「どうも。」
「おっちゃん達がだよ。」
「まあ気が向いたらまた戻ってくるよ。」
「そりゃあ迷惑なことだねえ。」
「私は楽しいよ。」
「ああ、楽しそうだ。」
次の日雪は止み、公園のかまくらも崩れ去ってしまっていた。
「また来年、ってとこかい。」
俺はその日から雪が降るのを待ち望むようになった。
しかしこの辺りは降雪の少ない土地。
少しばかりの雪が降っては泥まみれのちいさなかまくらを作ってはみるが、
どれも出来そこないのボロ小屋程度。あんな豪邸はもう作れやしない。
あれから何年かたったが、あの日以降ユキを見ることは二度となかった。
一人で入るかまくらはどうしようもなく虚しく、そして寒かった。