きづいてほしい
「来ないでっ!!」
私は、ゆっくりと近づいてくる絵里を睨んだ。
絵里が黙って立ち止まる。
「来たら、飛び降りるから」
こんな状況だというのに、私は冷静だった。
11階建てのビルの屋上。私の前に広がる同じような、たくさんの建物。
一歩踏み出せば、命は無い。
もう何が原因で自殺したいのか、よく分からない。
受験に失敗したから?いじめに遭ったから?生きるのが、面倒だから?
私の唯一の友達が、私の後ろに立っている。
サイレンの音がする。誰かが通報したんだろう。
先生や野次馬が、私の眼科にいる。
さっき絵里以外の人間を、さんざん脅したんだ。来たら飛び降りると言って。
絵里だけ残したのは、私の気持ちを分かってくれてるかと思ったから。
「絵里……絵里も、止めるの?私の事」
「沙耶香、落ち着いて」
絵里も気付いてくれないんだね。
飛び降りることは覚悟してるから、止めたって無駄なのに。
絵里が、また近づいてくる。私が少し前に出ると、絵里は立ち止まった。
「こっちを向いて。話したいことがあるの」
仕方なく、体ごと後ろを向いた。
「私、あなたを止めようなんて思ってないから」
……え?
絵里の口から出たのは、意外な言葉だった。
「ただ、ね」
絵里がにっこりと笑う。
「沙耶香だけ、なんてズルイって思ってさ」
驚きのあまり固まっていたら、いつの間にか絵里は私の目の前にいた。
「一緒に……来てくれるの?」
「もっちろん!」
私の前で元気いっぱいに笑う姿は、いつもの絵里だった。
私もつられて笑う。
「ありがとう」
「行こうよ。一緒に」
二人で手をつないで、屋上の端っこに並ぶ。下の群集がざわめく。
「行くよ?せーのっ」
『昨日の午後4時頃、A中学校にて、女子生徒が飛び降り自殺』
絵里が翌朝の新聞を広げると、ページの隅の方に、小さな見出しで、そう書かれていた。
「飛び降り、自殺ねぇ……」
絵里は口元が緩むのを抑えられなかった。
「今頃、私のこと恨んでるよね?沙耶香」
小さな笑い声が漏れる。
「でもさ、私がいじめられてるの、気付かないからいけないんだよ?」
新聞をたたんで、自分の左の手の平を見つめる。
「みんな、沙耶香が死んだ本当の理由、気付いてない」
コンコン、と扉が遠慮がちにノックされた。
「絵里?ここにお昼ご飯置いとくからね。辛いときは遠慮なくお母さんに言いなさい」
絵里は、それに答えなかった。足音が遠ざかっていくと、絵里はつぶやく。
「親友が自殺した、可哀想な女の子。それが私。
まさか、誰も私が殺人犯だなんて気付いてない。だぁれも」
本当にあった出来事は、分かっていただけたでしょうか?
あなたが知っている事実にも、きづいていない、本当の事が、たくさんあるかもしれませんよ。