パート7
ここには妖精についての解釈が書かれていますが、これは作者自身の考えであるため、本来の妖精とは異なっています。その事をご了承ください。
――古くから森にいる幻獣で、人間との共存していた事もある。どこに獲物がいるか、川があるか、この木は切り倒していいのか。それら全てを、彼らは知っていた。
彼らだけが持つ小さな羽からは、燐粉という粉を出す事ができ、いろんな生物を眠らせたり麻痺させたりする。そうやって、脅威を動けなくさせ、安全を確保する習性がある。
ただ、彼らは非常に気まぐれであり、親しくなったからといって油断してはいけない。
協力して手に入れた食料を、急に横取りしてきたりなど、ただの気まぐれで起こしてしまう。また逆に、我ら人間を助けるのも気まぐれでしかないのだ――。
そう、マルクが読んだ本には書いてあった。
だがしかし、リンを見ているととてもそうは思えなかった。
「妖精って、よく気まぐれで人間を助けたりするって聞くけど……。実際はどうなんだ?」
『気まぐれ、ですか。確かにあなたを私の燐粉で眠らせなかったのは、私の気まぐれです』
前を飛んでいたリンは、マルクと並びそう答えた。
『ミネルは私の大切な友人。今日もただの気まぐれで遊びに行ったら、襲われていたので驚きました』
「気まぐれって……。むしろ悪い予感がしたから、の方が正しいような気がするよ。そこまでいくと」
『ふふ……。そうかもしれませんね』
マルクが少し苦笑しながらいうと、リンは微笑んだ。
『では、あなたを巻き込まなかったのは、あなた方でいういわゆる私の勘、ですね』
その微笑みは小さかったが、とても温かい笑みだった。
「それにしても、君はミネルとずいぶん親しいんだね。彼女とはいつから?」
『そうですね……。今から大体百二十年くらい前からですね』
「百二十年!? あ、いや、そう、か。吸血鬼だもんな。そのぐらい普通か」
一瞬驚いたマルクだったが、吸血鬼という事を思い出し、納得した。
吸血鬼は人の血を吸うからなのか、その寿命はかなり長い。実際に、五百年も生きた吸血鬼も、記録に残っている。
つまりミネルは、マルクよりも遥かに年上だ。少なくとも百歳以上差があるだろう。
『羽を怪我して飛べなくなっていたところを、ミネルに助けてもらったのです』
「なるほどね。でも、リンの方がまるでお姉さんのように思えるな」
『あの子にはいろいろと借りがありますから。それに、私もミネルとは姉妹のように接してますし』
そうやって話しているうちに、森を抜けて村の外れまで来ていた。
「ここまで来れば、もういいだろう」
縄で縛った男達を荷車から降ろし、再び小屋に向けて歩き出す。
すでに月は天高く上がっていたため、森の中はリンの光が無くても見えるようになっていた。
『明日は、満月みたいですね……』
「ああ。なかなかに風情があるし、いつかゆっくり眺めたいな……。今の僕には、そんな暇はないけどね」
『……マルクさん。ここから一人でも、あの小屋に戻る事が出来ますか?』
「え? 道は覚えたから、帰ることは出来るけど」
『私はそろそろ仲間の元に戻らなければいけません。なので、ここでお別れです』
「そうか。何かミネルに伝えておこうか?」
『ミネルには何もありませんが、あなたに一つお願いがあります』
先ほどまで微笑んでいたリンは、真剣な眼差しでマルクを見ていた。
そしてマルクも、その様子を見て真面目にリンの言葉に耳を傾けていた。
『明日は満月。吸血鬼がもっとも活発になり、貪欲になる日です。もしかしたらミネルはあなたを襲うかもしれません。ですが……あの子を殺さないでください。そして嫌いにならないでください』
「…………」
『こんなお願いは勝手かと思います。あなたの事を考えてないわけではありません。でも、ミネルは私にとって妹のようなものです。ですから、どうか……』
「……大丈夫さ。たとえ襲われたとしても、僕は彼女を殺す事はない。絶対に約束するよ。それに、僕は吸血鬼を観察したい男だ。殺すわけがないじゃないか」
『……ありがとうございます』
その言葉を最後に、リンは小屋とは別の方向だけれど、森の中へと消えていった。
「……満月、か」
マルクは再び月を見上げる。
夜を照らすその月はとても輝かしい光を地上に落とし、マルクと森の中を照らしていた。
まるで、地獄への道と罪人を映し出すかのように。