パート4
マルクの目はまるで子供のように輝いていて、どこか固い決意が秘められていた。
今の世の中、本を書くという職業は稀であった。
そもそも本を読むこと自体が少ないのだ。否、小説を読む人が少ないと言った方が適切だろう。教会などから出ている聖書や哲学などの方が、圧倒的に読む人が多いだろう。それゆえに本を出したとしても、売れず、すぐに別の職業をする事が目に見えている。
だが、やはり売れる人はいる。当たれば一躍有名になり、大金を手に入れる事が出来る、まさに賭博のようなものだ。
「そしていつかは、全世界に僕の本を広めて――」
「なるほど。つまりお主はこう言いたいのだな?」
マルクの話を遮り、冷たい口調でミネルは言った。
「自分の利益の為に、我という存在を観察すると」
「それはちょっと違うかな。確かに僕は旅をする為に利益は欲しいさ。でも僕の場合は……」
「たとえ違ったとしても、我にとっては自分という存在を勝手に売られる事実は変わらぬ!」
ミネルは、自分でも知らない内に怒鳴っていた。そしてそれは、止まらずにどんどんあふれ出していく。
「分かるか人間、自分の存在が他人に売られるのを! 勝手に買われていくのを! 分からぬだろうな。何故ならお主は人間、我は吸血鬼だからじゃ! 存在自体が違う! なにもかも! だから我は人間と関わるのをやめたのじゃ! それなのに、そんな我をお主が観察するじゃと? ふざけるのも大概にしろ! 我の……我の気持ちも知らずに!」
そして小屋の出口である扉を指差し、
「ここから出て行け! さもなければ……殺すぞ!」
あまりにもミネルの剣幕に押され、マルクは大人しく従った。
「わ、分かった。この小屋からは出て行くよ」
急いでテーブルの上に広げていた紙やペンをトランクにしまい込み、逃げるかのようにマルクは小屋を出て行った。
出て行ったのを確認したミネルは、ふらふらとベットに倒れこんだ。
言ってしまった。
決して口にはしないと、決めていたのに。
あんな簡単に『殺す』なんて、言ってしまった。
「……母上、父上」
今は亡き存在を、ミネルは泣きながら呟いた。
「……しくったな。こうなるとは思わなかった」
小屋を出て行ったマルクは、その近くにある樹木を背もたれにして、座り込んでいた。
「でも、諦めるつもりは無いからな」
まるで自分に言いつけるように。あるいは怒らせてしまった吸血鬼に向けて。
「これは僕じゃなくて、君みたいな存在を救うために、やっていることなんだから。それが達成されるまで、僕は諦めないし、絶対にくじけたりしない。だってこれは……」
僕の罪の償いでもあるんだから。
最後の一言を、マルクは口にはせずに心の中で呟く。
その後マルクは野宿をするために、道具を広げ小枝を集め始めた。