パート18
「さてと……どこから話そうかな」
スレイを追い返すことになんとか成功したマルクは、ミネルを反対側に座らせてからコップに注いでいた自前で持ってきたコーヒーを飲んだ。
「……まず、お主がスレイなのかを聞きたいんじゃが」
「僕はスレイじゃないよ。いや……元、スレイだったといった方が正しいかな」
マルクがあっさりと告白した対して、ミネルは逆に納得したような表情で見ていた。
「なるほどのぅ……通りで、お主の体のあちこちから血の匂いがすると思ったわい」
「さすが吸血鬼、血の匂いには敏感だね」
「それはともかく、なぜお主はスレイを抜けて物書きとなったのじゃ? そこだけは、どう考えても理由が思い浮かばぬ」
「そうだね……。まず、それを知ってもらうためには僕の過去を話さないといけない。だけど、この事に関して僕はまだ引きずっていてね。全てを話し終えるまでに結構時間がかかるけれど、それでもいいかい?」
「構わぬ。どうせ我は暇じゃからの。そのくらい暇つぶしと思いながら聞いといてやろうではないか」
それを聞いたマルクは、過去を思い出すかのように目を瞑り、天井の方へと顔を上げた。
「僕がスレイに入ったのは、十五歳の時だった」
――今から六年前。一人の少年が夜の街道を走っていた。
その動きはとても人間とは思えないほどのスピードで、何かを追っているみたいだった。腰にはスレイから支給される対幻獣用の大型の剣が差してあった。服は夜でも気づかれないようになのか、黒くてシンプルな服装をしていた。
少年の目線の先には、体格は人間と同じように見えるが四本足で逃げ回る幻獣だった。
もしこのまま追いかけっこを続けていたら、幻獣は街の城壁を超えて逃げてしまうかもしれない。
そう思った少年は、腕に隠していた小型ナイフを取り出すとそれを幻獣の足に向かって投擲した。
「ギャン!」
見事に後ろ脚にナイフは刺さり、幻獣は勢い余ってそのまま転倒して壁にぶつかるまで転がった。その隙に少年は幻獣の元に追いつき、腰に差してあった剣を静かに抜いた。
「四本足に獣耳……しかも両手両足に鋭い爪に毛。狼男か」
近くでみると、幻獣の頭には獣のような耳がついていて口からは鋭い牙が出ていた。それだけでも、人間とはあきらかに異なる存在ということが分かる。
「ま、待て! 俺は人を襲ったりなんてしてねぇ! ただ静かに暮らしてるだけなんだ!」
「だからどうした。幻獣が人間と同じような生活が出来るとでも思っていたのか。愚問だな」
「くそが……どうせお前もスレイなんだろう。どれだけ罪のない幻獣を殺してきた。俺は、俺たちはただ静かに生きていたいだけなんだ。どうしてそれを邪魔する!」
「分からないのか? お前たちはいるだけで僕たち人間にとって恐怖の対象なんだ。だから――殺す」
「ち、畜生があああぁぁぁぁっ!!」
狼男は殺される覚悟が出来たのか、はたまた少年を殺してここから逃げようと思ったのか、その鋭い牙と爪をたてて、少年に襲いかかってきた。
けれど少年は怯えることなく、剣を構えて狙いを定める。
そしてあと少しで狼男の爪が少年に当たる、という距離になった瞬間。
「……遅いな」
そう少年が呟くのを聞こえたかと思うと、一瞬で少年は狼男の後ろに立っていた。
対して狼男は、自分の身に何が起こったのかを把握するよりも前に、少年の手によって殺されその場に倒れた。
少年が剣についた血を振り払うと、狼男の足に刺さっていたナイフを抜いて布で拭いた。
「……任務、終了」
誰にともなく言うと、大きな布を取り出したかと思うとその布の上に狼男を乗せて、まるで風呂敷のように包み込んだ。そしてそれをたった一人で持ち上げ、スレイの本拠地へと戻って行った。