パート10
――マンドレイク。
幻獣の中では低級の部類に当たるが、その悲鳴だけは侮れない。
普段は土の中にいて、成長すると土から這い出て動き回る。姿形は人間に似ていて、その頭に草が生えているのですぐに見分けがつく。
マンドレイクは磨り潰すと万能薬として使える。が、マンドレイクを土から抜こうとすると、その凄まじい悲鳴によって、引き抜こうとした人間が死んでしまう。
ではどうやって引き抜けばよいのか?
その方法とは、よく懐いた犬を一匹用意する。その犬の尻尾とマンドレイクの草に縄で結ぶ。そして遠くからその犬を呼んでやればいい。すると犬は飼い主のところに行こうとして、それと一緒にマンドレイクが引き抜かれる。引き抜かれたマンドレイクは悲鳴を上げて犬は死んでしまうが、安全に抜く事ができる、という訳だ。
そしてドイツには、マンドレイクの亜種とも呼ばれている『アルラウネ』と呼ばれる幻獣が存在している……。
「アルラウネ……確かにマンドレイクの亜種とも言われている幻獣だったね。図鑑で見たことがある」
ガーリックトーストを食べながら、マルクは言った。
三人はテーブルを囲んで、マルクが作ったばかりのガーリックトーストを食べていた。といっても、アルラウネだけは水を飲んでいるだけだが。
本人曰く、栄養分などは普段は土から吸っているから、水だけで事足りるらしい。
「いやあ、昨日といい僕は運がいいみたいだ。吸血鬼とフェアリーだけではなく、マンドレイクにも会えるなんて」
「マンドレイクじゃないですー。私はアルラウネですー」
「ああ、そうだったね。これは失礼」
アルラウネがわざとらしく唇を尖らせて言ったが、マルクは紳士としてすぐに頭を下げて謝った。まさかそこまで丁寧に謝られるとは思わなかったアルラウネは、まるで自分が悪いかのように思い、恥ずかしさを誤魔化す代わりに水を飲んだ。
ちなみにだが、今アルラウネはミネルの黒いコートを借りて着ている。全裸のままうろつかれるのは目に毒、というより恥ずかしくてじっくり観察できないから、という理由でマルクが頼んだのだ。
「それにしても、アルラウネって人間の少女と同じくらいにまで成長するのか」
「それは違うぞお主」
「え? 違うってどういうことだい?」
「こやつらアルラウネ……もといマンドレイク達は、人間から身を守るために魔力を使ってそう見せているだけじゃ」
「本当の姿はもっと小さいんですよー。この技術はかなり昔のご先祖様が生み出したもので、この幼女姿なら、愚かな人間は油断してあっさり倒す事が出来るですよ!」
えっへんと、自慢をするかのように胸を張ってアルラウネは勝ち誇っているが、ばらしたら意味が無いんじゃ? それにその頭から生えている草がある限り無意味じゃなかろうか、とマルクは思った。
「しかも幼女って……。いや、それよりも魔力だって?」
「我ら幻獣が人間共に対抗する為に、与えられた力だとでも思ってくれればよい。我も詳しい事は知らんが、魔力は力に変えることも出来るし、姿形を変えることも出来る」
「もしかしてだけど、その魔力を使えば空を飛ぶ事も出来るのか?」
「まあ我みたいな吸血鬼なら、そのくらい出来るであろうな」
「なるほど……」
マルクは初めてミネルと会った事を思い出していた。あの時ミネルは空中に浮かび上がってマルクを襲おうとしたが、魔力の力で浮かんでいたとはまったく思っても無かった。すぐに忘れないように、手帳に書き込んだ。
「でも、そんな大事なこと僕に言っても良かったのかい?」
「別に隠すものでもなかろう。そ、それに……」
ミネルは少し恥ずかしそうに、顔を背けてマルクを見ないようにしながら、
「お、お主には借りが一つあったからの。そのお返しじゃ」
「借り? 昨日の夜に、あの男達から助けた事?」
「違うわ愚か者! お主は馬鹿か! 我が気絶したときにここまで運んでもらった事じゃ!」
ああ、そっちなんだ。というかあっちの方は借りに入ってないんだ、とマルクは苦笑した。
「……ところで、この変な帽子を被った人間は一体誰ですか?」
ここまで、マルクについてまったく聞かされていなかったアルラウネが尋ねた。