パート1
一人、森の中を歩く青年がいた。
年齢は若く、おおよそ二十代前半であろう。けれどその頬には、青年には似合わない傷跡が深く刻まれていた。
格好はこれまた似合わないコートを着ており、頭にはベレー帽を被っていた。
そしてその手には、旅行用のトランクがあった。
青年の歩調はどこか焦っているかのように早足だった。
まだ日は高く、近くに獣のうなり声は聞こえないので、追われているというわけではない。
ただただ、森の中を早足で歩いていた。
その顔には、期待と興奮。
しばらく歩いていると、綺麗な湖があり、その近くに一人の少女が瑚の水を手ですくって飲んでいた。
しかしその格好は少しおかしく、ネグリジェを着ていて、その上に黒いマントらしきものを身にまとわせていた。
「見つけた……!」
青年は少女の姿を見た途端、少女に向かって走り出した。
足音に気付いて、少女は視線を瑚から青年へとゆっくり移した。
静かに立ち上がると、警戒しながら青年に尋ねる。
「……お主、何者じゃ?」
その少女に似合わない口調や雰囲気は、まるでどこか高貴の貴族のようだった。
少女の問いに答えず、青年は少女の元まで走ると、その場で荒れた息を整える。
ゆっくりと深呼吸をし、少女に向き合った。
「僕はマルク・ヴァンプール。ただの旅人さ」
「……なるほど。旅人であったか。しかしこの先にはただ森が広がっており、森を抜ければただ山があるのみじゃ。戻って別の所を旅するがよいぞ」
「いや、僕の旅にはきちんとした目的があってね。今ここにいる君に聞きたい事があるんだ」
「愚かな人間に答える口は持たぬが、特別に答えてやろう」
愚かな人間と聞いた瞬間、青年は確信した。
けれどそれを確認するかのように、青年は少女に尋ねた。
「君は……魔女かい?」