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アルデンテ  作者: haregbee
5/7

五分目


深夜、私はよっちゃんと電話で乙女の密談をしていた。


「誕生日じゃん。夕方の講習をさぼればいいでしょ」


「無理だよ」


「なんで?」


「お父さんに授業料払ってもらっているんだよ」


「…いちいち可愛い奴め。じゃあ、お店を休みなよ」


「休日じゃダメなの?」


「ダメ」


「店の方はステファンに頼めば、大丈夫だと思うけど」


「金曜日の1時に駅前集合だよ。それと、歩君にはお店に出てることにしといて」


「なんで、歩君に言ったらいけないの」


「悪霊退散」


「?」


「あんたは知らなくていいよ。あ、キャッチだ。じゃあね」


よっちゃんは、強引に電話を切ってしまった。


時計を見ると、十二時になっていたので、キッチンに下りて、歩君の夜食を作った。


もうすぐ模試だから、最近夜中まで勉強しているんだ。


リゾット・アル・リモーネ(レモン風味のリゾット)を持って、部屋のドアをノックしたけれど、返事がない。


「歩君?」


部屋の中に入ってみると、歩君は、机にうつぶせになって眠っていた。


ブランケットをかけようと近づいたとき、歩君の額に汗が浮かんでいることに気がついた。


「・・・き」


苦しげに何か呟く歩君は、うなされているようだった。


「・・つき」


あんまり苦しそうなので、私は歩君の体を揺さぶった。


「歩君、起きて。歩君」


何度か声をかけていると、突然手を掴まれた。


目を覚ましたのかと思ったけれど、歩君は目を瞑ったままだ。


「おいていかないで」


歩君の声は迷子の子供みたいに弱弱しくて、一瞬聞き間違えかと思った。


私は歩君の手をぎゅっと握り返した。


「大丈夫だよ。どこにも行かないから」


歩君は、安心したように息を吐くと、深い眠りに落ちた。


見てはいけないものを見てしまったのかもしれない。


次の日になると、いつもの歩君だったので、その夜のことは忘れることに決めた。


歩君をおいてけぼりにした人は誰だろうと深く考えて、勝手に胸を痛めたりしないよう努力した。


私だって、暇じゃない。


手持ちの服をコーディネートしたりメイクの研究したりするうちに、約束の日になった。


金曜日は、暑くて日差しが強い日で、ランチの客足もまばらだったので、問題なく早びけすることができた。


講習は六時に始まるので、時間は十分ある。


よっちゃんと駅で待ち合わせして、カフェに向かった。


そわそわしながら、髪やワンピースの裾をいじっていると、よっちゃんに呆れられた。


「緊張しすぎじゃない?」


「だって、よっちゃん。男の子と遊ぶなんて、入学式の後のクラス会以来だよ」


「普段は学校終わったら、お店に直行だもんね。夏休みだし、いい機会だと思って楽しみな」


「うん!」


カフェでは、よっちゃんの彼氏である佐々君とその友達が待っていた。


佐々君の友達は、菅原君といった。


小柄で、全体的にこざっぱりした男の子だ。


黒髪をさっぱりと短髪にしていて、短パンに半そでシャツという夏らしいさっぱりした格好だった。


切れ長の目と薄い唇が冷たい印象を与えていたけれど、話してみると、面白い子だった。


菅原君は料理が趣味らしく、話が合った。


私達の会話が弾んでくると、よっちゃんと佐々君は二人でどこかに行ってしまった。


おせっかいカップルがいなくなると、私は聞きたかったことを切り出した。


「間違っていたら、申し訳ないんだけど、」


「何?」


菅原君は、愛想の良い笑顔で聞き返した。


「菅原君て、女の子好きじゃないよね?」


菅原君の顔から笑みが消えて、しばらく沈黙があった。


「なんで、分かったの?いつから?」


さっきまでとは打って変わって、冷たい声だった。


「知り合いにそういう人がいるんだ。雰囲気で、なんとなく。あ、でも、よっちゃんは気づいていないと思う」


「気づいていたなら、すぐ帰ればよかったのに。俺があんたの機嫌をとっているのを腹の中で笑ってたんだ?」


「面白かったよ。でも、菅原君が思っている理由とは違う。菅原君と話すのが楽しかったから、帰らなかったんだよ。本当のことを聞いて、友達になりたいなと思ったの」


「俺は、あんたみたいな女、すごい嫌い」


「そっか」


私達は、それきり黙って、アイスティーを飲んだ。


彼氏になってもらうのは無理でも、友達になれるかなと思ったのだけど。


菅原君にその気がないなら、仕方がない。


会計を済ませて、外に出ると、雨が降っていた。


雨が降るなんて、天気予報では言っていなかった。


カフェで一本だけ残っていた傘を貸してもらえたけれど、菅原君と駅まで相合傘をする羽目になった。


私も菅原君も小柄なので、すっぽりと傘にはまった。


途中で、菅原君が口を開いた。


「あんたさ、なんで今日来たの?」


「よっちゃんが男の子紹介してくれるって言ったからだよ。なんで?」


「恋愛したいってオーラ出ていなかったから」


「?」


「好きな人、いるんじゃないの」


菅原君は、さすがに女心に鋭かった。


もう二度と会わないだろうし、言っても問題なさそうなので、私は本当のことを話した。


「大事な人はいるよ。でも、付き合ったりとかはできないし、したくないんだ」


「ふーん」


「今日ね、私の誕生日なんだ。そのまま帰ったら、おめでとうって言われると思う。そしたら、きっともっと好きになっちゃうんだもん」


「だから、他の男に会いにきたってわけか」


「かっこいい男の子におめでとうって言われて、普通にドキドキしたかったから」


「馬鹿だな」


菅原君は、鼻で笑った。


「どうせ、馬鹿だよ。でも、どうしようもないんだ」


突然、肩を掴まれて、引き寄せられた。


菅原君の長い睫毛が息がかかるくらい近くにあった。


「可哀そうだから、誕生日プレゼントあげる」


頬にふわっとしたものが触れたかと思うと、離れていった。


キスされたのも信じられなかったけれど、その瞬間を誰かが見ているなんて、思いもよらなかったんだ。

「菅原君の重力」から出張してきた菅原君です。

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