四分目
北高に合格した私は、晴れて女子高生になった。
ワクワクの春が過ぎた後は、ドキドキの夏が来るはずだったのに。
マックのシェイクが美味しい季節なのに、どうも物足りない。
目の前でこれ見よがしにiphone4Sをいじっているよっちゃんを睨んでいた私は、叫んだ。
「ペルケ!」
「何それ。また、イタリア語?」
目も上げないで答えるよっちゃんは、彼氏にメールを打っているにちがいない。
「なぜだ!」
「どうしたのよ」
「なんで、彼氏ができないんだよお」
「合コンに来なかったくせに、何言ってんの」
よっちゃんに冷たく突き放されたら、悔し涙が出てきた。
「自分だけ彼氏作って目の前でラブラブメールなんて、よっちゃんの薄情者。私だって、合コン行くつもりだったんだよ。でも、歩君が具合悪くなっちゃったんだもん。」
「でたよ、ブラコン」
「え、ブランコ?」
「とぼけなくていいよ。つまんないし」
幼稚園から腐ったご縁があるよっちゃんの言葉は、容赦ない。
「ブラコンじゃないよ」
そう言いながらも、少し焦って思い返してみた。
昨日は、お風呂から出て、一緒にゲームをした。
初めのうちはお風呂上がりの歩君にドキドキして、ゲームどころじゃなかったのに、だんだん夢中になって、朝起きたら、ベッドの上にいた。
「じゃ、シスコンか。どっちにしろ、うざいね」
「歩君は、シスコンなんかじゃありません。麗しき兄妹愛にけちつけるのはやめて」
「そっちこそ、彼氏持ちに絡むのやめてよね」
言い負かされた私は、仕方ないので、ケータイを開いた。
一緒にいるのにお互いケータイをいじっているなんて、マックでよく見かける女子高生じゃないか。
「あ、歩君からメールが来てる」
「何だって?」
「講習終わったら、迎えにきてくれるって。なになに、スーパーで買い出しだって。そだ、よっちゃん。夕飯食べに来ない?今日は、焼肉だよ」
「肉か。最近食べてないや。行こうかな」
「お父さんが松坂牛もらってきたんだって」
現金なよっちゃんは、期待に目を輝かせた。
「霜降ってる?」
「降ってるよお」
霜降り肉を想像しながら、午後の講習を受けたら、やたらとお腹が減ってしまった。
よっちゃんとは、別のクラスなので、塾の前で合流した。
「歩君、顔だけ見れば、神レベルだよね」
よっちゃんの何気ない呟きにどきっとした。
「よよよよよっちゃん。歩君みたいな人がタイプなの?」
「動揺しすぎでしょ。安心しなよ。マザコンとシスコンだけはありえないから」
「だから、シスコンじゃないって」
「高校生の妹を塾まで迎えにくるなんて、立派なシスコンでしょ」
何もそんな大きな声で言わなくても。
「よっちゃん。聞こえてるよ」
気がつくと、歩君が後ろに立っていた。
「そいつはどうもすみませんね。根が正直なもので」
よっちゃんは悪びれもなく言うと、歩君は苦笑いした。
お母さんもだけど、よっちゃんも会うたびになぜか歩君に絡む。
もしかして、意地悪は好きの裏返しってパターンだろうか。
私は、慌てて助け舟を出した。
というか、よっちゃんと歩君が並んで歩きだしてしまったので、仲間に入りたかった。
「その言い方、おじさんみたいだよ。よっちゃんの彼氏って、もしかしておばさんみたいな人?」
「うるさい。あんたが口を挟むと、ややこしくなる」
長身のふたりの間に押し入ろうとしたけれど、よっちゃんに締め出されてしまった。
「ちひろが前にハマってたドラマにオトメンってのあったよね。おばさんみたいな彼氏ってことは、オバメン?」
「歩君もわざとでしょ?」
よっちゃんは苛々したように言った。
「ねね、よっちゃん。歩君て、岡田君よりもかっこいいよね!」
めげずに横入りしようとすると、よっちゃんに頭をつかまれて、耳元ですごまれた。
「もう、ちひろは黙っててよ。せっかく、どす黒いお兄さんの化けの皮を剥いでやろうと思っているのに」
「どす黒い?歩君、わりと色白だよ。髪も茶色っぽいし、きっと元々色素が薄いんだね」
「・・・もう、いいや。頭痛がしてきた」
はあ、とため息をつくと、よっちゃんはこめかみをおさえた。
急にぐいっと腕を引っ張られた。
「ちひろ、アイス買ってあげようか」
歩君の指差す方にフォーティワンアイスクリームのピンク色のお店があった。
「うん!よっちゃんも食べよう」
「やめとく。焼肉食べるし、明後日、海行くし」
よっちゃんめ、彼氏の前で水着を着る気だ。
「ちぇっ。歩君は?」
「ちひろが好きなやつ買っておいで。あとで一口もらうから」
二人を残して、私はアイスクリーム店に入った。
店員さんがアイスを盛ってくれている間、一度だけ振り向いたら、よっちゃんが怖い顔をして歩君と話していた。
歩君は反対側を向いていたら、顔を見ることはできなかった。
「お待たせ」
アイスを持って、ふたりに駆け寄ると、よっちゃんが浮かない顔で私を見た。
「あたし、帰るわ」
「え、ちょっと。よっちゃん?」
「ごめん、ちひろ。また、メールするから」
小さくなっていくよっちゃんの背中をポカンとして見つめていると、不意に親指の付け根に生温かいものが触れた。
「アイス溶けてた」
歩君は、いつものように優しい笑顔で言うと、歩き出した。
苦しいほど熱い夏と十六歳の誕生日は、すぐそこまで来ていた。