第02話 Aパート① ーいつもの日常ー
ここより本編スタートです!
魔法勇者大誕の時よりさかのぼること、朝。
春の5月。天気、晴れ。
その日も変わらず、彼らの日常は賑やかだった。
「うおおあああ! 朝の当番だったの忘れてたぁーー!!」
叫び声をあげて家を飛び出す、学ラン姿の少年。
鳥のトサカのような癖っ毛が生えた赤い髪を揺らし、俊敏な身のこなしで玄関門へと辿り着く彼の名は――大殿照也。
履き慣れたスニーカーで思い切り大地を踏みしめて、勢い任せに門を飛び越えようと……。
「待ってお義兄ちゃん! お弁当忘れてる!」
「うおっ!?」
……したところで急制動。
門を越えた先でふわりと着地し、立ち上がる。
赤い瞳と青い瞳が交差して。
「はいっ。もー、そそっかしいんだから」
「ありがとうっっ!!! 絵瑠っっ!!!」
「声が大きい!」
弁当の入った包みを受け取り大声で礼を言う照也に、スリッパを履きパタパタと追いかけてきた少女――大殿絵瑠はツッコみつつも笑っていた。
「あらあら。大殿さんのところ、今日もだわ」
「うふふ……兄妹でホントに仲がいいのね」
ゴミ出しに来た近所の奥様方に噂されるのもこれで何度目か。
「……もー」
「たはは。ごめんな、絵瑠」
恥ずかしさに俯いた義妹の頭を、謝罪を込めてよしよしと撫でる。
ツインテールにしたピンクの長髪はさらふわで、ついついずっと触れていたくなる。
と。
「っとと。絵瑠ももう中二だもんな。子ども扱いになるか」
照也が気づいて思わずあげようとした手を、絵瑠が掴んでまた頭へと導く。
「ううん、いいよ。お義兄ちゃんに触ってもらうの、イヤじゃないから」
「そうか? ならもう少しだけ……絵瑠の髪は気持ちいいな」
「んんっ、もぅ、お義兄ちゃんってば……えへへ」
本人の許可が出たからと、照也ももうしばらくさらふわを楽しむように頭を撫でる。
それを絵瑠も心地よさそうにして受け入れる。
「あらあら」
「うふふ」
春の陽だまりのように仲睦まじい兄妹の姿に。
また一つ、奥様方は話のタネを手に入れて、遠巻きながらに微笑みの輪を広げていく。
これもまた、大殿家ではよくある日常の姿だ。
「そんじゃそろそろ行くよ。絵瑠も遅刻しないようにな?」
「うん。お義兄ちゃんも無茶しないで、ケガとか気をつけてね?」
「大丈夫。俺にはお前からもらったこれがあるからな!」
心配する絵瑠に向かって、照也は学ランを開き胸元から装飾品を取り出す。
それは紫色をした八面体の宝石が吊り下げられたネックレス。
照也が15歳の誕生日を迎えたときに、絵瑠から贈られた大事なプレゼントだった。
「絵瑠も、何かあったらすぐに俺を呼ぶんだぞ。どこに居たって必ず俺が助けに行くからな」
「うんっ」
「それじゃ、いってきます!!」
「いってらっしゃい、お義兄ちゃん!」
照也と絵瑠。
血の繋がりはない二人だが、そこには確かに強い絆が結ばれていた。
「ほんと、仲がいいわねぇ」
「ええ、ほんとほんと」
彼らは、ご近所でも有名な、ベリー仲良しな兄妹なのだった。
※ ※ ※
「おはよう! 今日も髪の毛キマッてるな!」
「おはよう!!! 天然物だぞ!」
かけられた挨拶の何倍もの声量で挨拶を返しつつ、照也は校門を抜ける。
彼の通う学校――隈本県立たまな学園高校。
数年前に全面改装されたばかりの真新しい校舎が、朝の日を浴び今日も白く輝いていた。
ガラララ! バンッ!
「おはよう1-B!!」
「わっ、おはよう。大殿くん」
勢いよく教室のドアを開け、先に来ていた当番の女子と合流し、照也も作業を開始する。
テキパキと仕事をこなし、担任に呼ばれ職員室からプリントを運んで戻ってくる頃には、クラスにはそこそこの人数が登校していた。
「よ、照也。お前、聞いたか? 1-Cの渡部!」
「渡部? ああ! あの人一倍声が大きくて元気な奴か!!」
「るっせ! お前ほどじゃねーけど、その渡部な。あいつ……喪心病になっちまったんだってよ」
「なんだって?」
噂好きのクラスメイトから挨拶もそこそこに出た話に、照也は目を見開く。
喪心病。その単語が出た瞬間、クラスもにわかにざわめいた。
「喪心病って、あの?」
「そうそう。突然なーんもやる気が出なくなって、最悪食べたりとかもしなくなるって」
「やばっ、でもあれって8年前くらいに一度流行って、そこから沈静化したんじゃ」
「なんか最近また増えてきてるんだってさ」
「えぇ、こわ~……流行病多くない?」
あちこちで盛り上がる会話には、いくつもの不穏な単語が混じる。
数年前に流行した別の病気とも関連付けされ、教室の雰囲気がじわじわと不穏に傾いていく。
と、そこに。
「病気の予防は手洗いうがい! 感染疑いマスクは必須!! いざとなったら病院だ!!!」
突然に響き渡る防疫の心得。
それを叫んだのは誰あろう照也その人だ。
「だからうるせぇって照也! わかってるって!」
「ま、どんなにヤバくてもウチらは予防くらいしかできないかー」
「気にしすぎても何もできなくなるし、やることやっときゃいいよね」
「だな。手洗いうがい、大殿の言う通りだ」
気づけば教室に漂う不穏な気配は払われ、また賑やかな日常の景色が戻っていた。
「……照也。お前っていつも、場が暗くなると途端にハリキリだすよな。なんでだ?」
「なんで? それは……」
噂好きのクラスメイトが興味もあらわに投げた問いに、照也は腕を組みながら答える。
「俺は、平和な日常ってのが大好きだからな」
「へぇ?」
「平和な日常は、みんなが支え合い、守ることで成立するんだ。だから俺は、いつだってみんなを、大事な何かを守るために動きたい」
「おー、いいこと言うじゃん」
「ばあちゃんの言葉だからな!」
「受け売りかよ!」
教室に、新たな笑い声が加わる。
さっきまでの暗い雰囲気なんてすぐに忘れて、今をときめかせることに夢中になる。
彼らにとって大事なものは、陰気で物騒な暗い話題なんかじゃなく――。
ドタドタドタ、バンッ!
「おいお前ら! ビッグニュース! うちのクラスに転校生が来る! しかも美少女!!」
「「「えええ!?!?」」」
――自分たちの身に迫る、激熱な日常イベントなのだから。




