表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

どこかの異世界で

わかがえりのかみさま

作者: 浮月重月
掲載日:2026/07/15

装丁は、おそらく何かの生物の皮革。色合いは赤黒い肉の色。

触り心地からは牛とも羊とも爬虫類の類とも異なる。

指先にへばりつくような不快感は、長く触れているのを躊躇われる。


どこの国の文字とも知れぬ禍々しいものが表面に刻まれており、

なぞると脈打っているようにも錯覚する。


中を開けば、何も書かれていない黒い頁が何百枚も続いている。

事前に受けた説明通りだと男は頷き、目的の儀式を始めた。



回春の秘術ですじゃ。

売りつけてきた闇市場の老婆によれば、この書物を用いれば、

召喚主を若返らせてくれるものを顕現させられると言っていた。


傷を癒す、解毒を行う、熱を冷ます、そんな回復術は存在する。

失われた四肢や視力を再生する、それも数少ないが事例はある。

しかし、蘇生させるだの若返らせるだの、聞いたことがない。

いや、聞いたことはあるが、一つとして事実だったためしがない。


普通ならそんな話を聞かされたところで、

相手を怒鳴りつけるか、笑い飛ばすか、無視するかするだろう。

それをするにはこの書物に付けられていた価格は高額すぎた。

高額すぎるゆえに、信じてみる理由にもなる。


また、買った男にはその財力と権力、すがりたい理由もあった。

身体の節々が悲鳴を上げる。耳も悪く、目もかすむようになった。

よく咳き込む。好物が思うよう食べられなくなってきた。

高額な料金を払って受けた回復術もほとんど効かぬ。


弱者から奪い取り犠牲にし、強者との争いにも勝ち残り叩き潰し、

他人より旨味多き人生を過ごしてきたと思うが、まだ欲望は尽きぬ。

若き肉体を金で取り戻せるなら払ってやるとも。

嘘だった時は老婆に代償を払わせるだけだ。



必要なものは、数種の生き物を焼いた灰。虎、鷲、鮫。

人間の血液も必要である。これは新鮮でなければならない。

金にものを言わせ、出どころを問わずかき集めた。


頁を一枚ずつめくり、灰と血液を混ぜて中に擦り付けていく。


ぺらり。べとり。

ぺらり。べとり。

ぺらり。べとり。


最後の頁まで擦り付け終えたら、書物を閉じて全裸で抱きしめる。

教わった長い長い呪文をひとつひとつ間違えぬよう唱えていく。


唱え終えた直後に目をやれば、書物は赤黒から肌色へ変色している。

血管のようなものが浮き出ており、鼓動も感じられた。


いや。


書物のはずが、男の腕には赤子がおり、男を白い瞳で見つめていた。


『なにをのぞむ』


口は開いていない。だが響いた声はこの赤子のものだと男も理解した。


「若さを。若さをくれ。もう老いたくない」


赤子はしばし目をつむる。


『おいなくてよいのか』


奇妙な確認だ。男はそう思ったが、その問いかけを深く考えなかった。


「勿論だ。老いないのならこれほどありがたい事はなかろう」


『そうか』


瞬間、男の体から何かが吸われていくような感覚があった。

驚いたが赤子を抱く手は離さない。なぜなら若返っていくからだ。


皮膚の染みは消え、刻まれた皴も失せ、たるんだ肉は張りを取り戻し、

目の焦点もはっきりとし、気だるさは微塵も感じなくなっている。


これだ。失われていたものはこれだ。

老年から青年へとなった男の高揚感は高まるばかりだった。

しかし。


代わりに抱いている赤子がどんどん大きくなっていく。

いや、自分が小さくなっている。青年が少年へ。幼年へ。

突然恐怖を感じた。だが抱く手は離れない。離せない。


「もう、いい。もうぼくわかいからこれでいい」


自分の発言に違和感かある。言葉が紡げない。頭が回らない。


『もうお主は老いることはない。若返り続けるだけだ。

 お主の積み上げてきた知識と経験は、全て我が餐となる』


「やぁー!それ、やぁー!」


乳児は泣きわめく。もう不満があるとしか理解できない。

泣き声も少しずつ小さくなっていく。



主人から絶対に入るな、と言われていた家令たちだったが、

さすがに丸一日が過ぎて、もう日が落ちる。

安否は確認せねばならない。


「旦那様、恐れ入ります。すでにご夕食の時間でございますが」


家令が扉の向こうから問いかけたが、何も返事はない。

意を決して扉をこじ開けさせたものの、そこには主人はいない。


あったのは赤黒い不気味な書物と、灰と血液で汚れた器。

その下敷きになった潰れた肉片のようなものだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ