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プロローグ 後悔

もし、もう一度高校生に戻れたら。


あの時言えなかった言葉を伝えられるだろうか。


あの日選べなかった未来を選べるだろうか。


後悔した恋をやり直せるだろうか。

人生には、たった一つの言葉を言えなかっただけで変わってしまうものがある。


春人にとって、それは――


「好きだ」


の一言だった。



二十七歳の冬。


仕事帰りの駅前は冷たい風が吹いていた。


春人は自動販売機で缶コーヒーを買い、人通りの少ないベンチへ腰を下ろした。


スマホが震える。


画面に表示された名前を見て、自然と口元が緩んだ。


美晴


高校時代からずっと変わらない名前。


何度見ても特別な名前だった。


春人は通話ボタンを押した。


「もしもし」


『もしもし。今仕事終わった?』


聞き慣れた声。


少しだけ落ち着いた、大人になった美晴の声。


「終わったよ」


『お疲れさま』


その一言だけで、張り詰めていた気持ちが少し軽くなる。



美晴とは幼馴染だった。


家も近く、小学校からずっと一緒だった。


家族より長い時間を過ごしたと言ってもいい。


恋人ではない。


だけど、ただの友達でもない。


そんな曖昧な距離を、十年以上続けていた。



『そういえばさ』


美晴が楽しそうに言った。


『今度、拓也と飲みに行くんだ』


春人の胸が少しだけ痛んだ。


ほんの少しだけ。


それなのに無視できない痛みだった。



拓也。


俺の親友だ。


そして美晴と同じ幼馴染。


小学校の頃から三人で一緒だった。


放課後は公園で遊び。


夏休みには虫取りに出かけ。


冬には雪合戦をした。


高校に入っても。


卒業してからも。


三人の関係は変わらなかった。



だからこそ分かる。


拓也が昔から美晴を好きだったことも。


美晴が俺を見ていたことも。


そして俺自身が、ずっと美晴を好きだったことも。



なのに誰も踏み出せなかった。


友情を壊すのが怖かった。


今の関係を失うのが怖かった。


もし告白して、気まずくなったら。


もし三人で笑えなくなったら。


そんなことばかり考えていた。



気付けば二十七歳になっていた。



『聞いてる?』


美晴の声で我に返る。


「ああ、聞いてる」


『なんか元気ないね』


「そんなことないよ」


『嘘だ』


美晴は笑った。


昔からそうだ。


俺のことは何でも見抜く。



その笑い声を聞きながら春人は思う。


今なら言えるんじゃないか。


今なら。



好きだ。


ずっと好きだった。


高校の頃から。


いや、もっと前から。



言葉は喉まで出ていた。



だけど。



結局、言えなかった。



『じゃあまたね』


「おう」



通話が切れる。


画面が暗くなる。


駅前には冷たい風だけが残った。



「……情けねぇな」


春人は苦笑した。


二十七歳にもなって。


高校生の頃から何一つ変わっていない。



もし。


もう一度だけやり直せるなら。



高校一年生の春に戻れたら。



今度こそ。


ちゃんと伝えられるのに。



そんなことを考えながら帰宅した。


シャワーを浴びて。


ベッドへ潜り込む。



眠りに落ちる直前。


春人の脳裏に浮かんだのは、美晴の笑顔だった。



もし人生をやり直せるなら。


俺は必ずお前に伝える。



好きだと。



そう心の中で呟きながら、春人は目を閉じた。



そして――


翌朝。



目を覚ました春人は、違和感を覚えた。


天井が違う。


部屋の匂いも違う。


身体も妙に軽い。



ゆっくりと起き上がる。



机の上には見覚えのある教科書。


壁には制服。


本棚には懐かしい漫画。



忘れるはずがない。



そこは十年前。


高校一年生だった頃の自分の部屋だった。



震える足で鏡の前へ向かう。



映っていたのは――


十六歳の春人。



「……嘘だろ」



鏡の中の自分も同じ顔で驚いていた。



春人の知らないところで。


止まっていた時間が、再び動き始めようとしていた。

最後まで『君に告白するための十年』を読んでいただき、本当にありがとうございました。


この物語を書こうと思ったきっかけは、とても単純なものでした。


誰にでも一度は、


「あの時、違う選択をしていたら」


「あの時、勇気を出していたら」


そんな後悔があるのではないでしょうか。



春人にとって、それは美晴への想いでした。


好きだった。


おそらくお互いに。


それでも言えなかった。


失うことが怖かったから。


今の関係が壊れることが怖かったから。


そして気付いた時には、大人になっていた。



もし人生をやり直せるなら。


そんな願いは誰もが一度は抱くものです。


けれど、この物語で描きたかったのは、


「やり直せても全てが上手くいくわけではない」


ということでした。

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