第2章 第3話 奴隷市場
第2章
第3話 奴隷市場
王都エルディア。
大陸最大の都市と呼ばれるその街には、表の顔と裏の顔があった。
華やかな王城、賑わう市場、煌びやかな貴族街。
そのすべての影に、もう一つの世界が存在している。
――闇の商売が行われる場所。
その一つが。
「……ここか」
アルトは目の前の建物を見上げた。
石造りの大きな屋敷。
入口には「商品展示場」とだけ書かれた看板。
だが実態は――
奴隷市場。
王都では珍しい存在ではない。
むしろ合法的な商売として存在している。
だが。
「……」
アルトの表情は少し険しい。
彼の頭の中には、村ギルドマスターの言葉が残っていた。
『王都ではな……奴隷の失踪が多い』
『買われた奴隷が、そのまま別の大陸に売り飛ばされてるって噂だ』
『裏に誰がいるかは分からんが……普通の商人の規模じゃねぇ』
その言葉を思い出す。
(……ただの市場じゃない可能性もある)
アルトはゆっくりと扉を押した。
ギィ……
扉の先には、広いホール。
中には多くの人間がいた。
商人。
貴族。
冒険者。
そして――
檻の中に入れられた奴隷たち。
男も女もいる。
若い者。
年老いた者。
それぞれ首輪をつけられ、値札がついている。
「おお、これはなかなか!」
「この子は魔力が高いぞ!」
「そっちはいくらだ?」
まるで商品を眺めるような視線。
アルトは少し眉をひそめた。
(……これが王都か)
村とは違う。
現実の重さが違う。
その時。
――ピコン。
頭の中に、聞き慣れた音が響いた。
【スキル《クエスト》が発動しました】
アルトの視界に文字が浮かぶ。
⸻
【特別クエスト】
『奴隷の少女を救え』
報酬
・新スキル解放
・仲間加入
⸻
アルトは眉をひそめた。
(特別クエスト……?)
今までのクエストとは違う。
しかも。
「……奴隷の少女?」
アルトは周囲を見渡す。
だが奴隷は何人もいる。
どの少女のことだ?
その時だった。
ホールの奥。
暗い檻の中。
一人の少女が座っていた。
銀色の髪。
膝を抱え、俯いている。
顔は見えない。
だが――
その雰囲気が違った。
周囲の奴隷とは明らかに違う。
まるで。
生気がない。
魂が抜けてしまったような。
そんな空気。
(……あいつか)
アルトはゆっくりと近づく。
檻の前に立つ。
銀髪の少女は動かない。
アルトは声をかけた。
「おい」
反応なし。
「……聞こえるか?」
ゆっくり。
少女が顔を上げた。
その目。
――死んでいる。
光がない。
感情もない。
ただの空虚。
アルトは少し驚いた。
(……これは)
ただの奴隷じゃない。
もっと深く壊れている。
その時。
後ろから声がした。
「お客さん、その子に興味が?」
振り向く。
太った男。
奴隷商人だ。
「珍しい銀髪でしてね」
「ただまあ……少し問題がありまして」
アルトは聞く。
「問題?」
男は肩をすくめた。
「無口でしてねぇ」
「ほとんど喋らない」
「感情もない」
「まるで人形ですよ」
アルトは少女を見る。
少女はアルトを見ていた。
だが。
その目には。
嫌悪。
ほんの僅かだが、感情があった。
(……嫌われてる?)
アルトは少し苦笑する。
「値段は?」
商人の目が光る。
「おお、買ってくれますか!」
「銀髪は希少なので……金貨30枚」
アルトは少し考える。
高い。
だが払えない額ではない。
それに。
クエストが反応している。
つまり。
ここで見逃す選択肢はない。
アルトは袋を取り出した。
「金貨30枚だな」
ジャラッ。
金貨を机に置く。
商人は満面の笑み。
「ありがとうございます!」
「今すぐ奴隷契約を――」
その瞬間。
「待ちなさい!!」
大きな声がホールに響いた。
全員が振り向く。
入口に立っていたのは。
一人の少女。
長い赤い髪。
真っ直ぐな瞳。
白と赤の装備。
腰には聖剣。
そして。
堂々と宣言した。
「奴隷売買なんて破廉恥です!!」
「そんなこと、勇者の私が許しません!!」
ホールがざわつく。
誰かが呟く。
「おい……」
「勇者だ……」
「召喚された勇者様だ」
アルトは小さくため息をついた。
(……めんどくさいの来たな)
少女――
勇者アサヒ。
彼女はアルトを指差した。
「そこのあなた!」
「その子を買うのはやめなさい!」
「人を物みたいに扱うなんて最低です!!」
アルトは静かに答えた。
「……」
「いや、もう金払ったんだけど」
アサヒは固まった。
「え?」
奴隷商人も言う。
「もう契約成立ですね」
アサヒは顔を真っ赤にする。
「な、なんですってぇぇぇ!?」
アルトは頭をかいた。
(……)
(王都)
(思ったより騒がしくなりそうだ)
そして。
檻の中。
銀髪の少女――
ルミナ。
彼女はアルトを見ていた。
その瞳の奥に。
ほんの僅か。
本当にほんの僅か。
揺らぎが生まれていた。




