第1章 第29話 第二階層の影
第一章
第29話「第二階層の影」
トロールの巨体が倒れたまま、洞窟の中には重い沈黙が流れていた。
ポタ……ポタ……
天井から落ちる水滴の音だけが響く。
アルトは荒い呼吸を整えながら、倒れたトロールを見つめていた。
(……本当に倒したんだ)
三メートルを超える巨体。
近くで見ると、その迫力は戦っていた時以上だった。
ローレンが大剣を肩に担ぎながら言う。
「はぁ……」
「Bランクの魔物相手に生きてるってのが奇跡だな」
ミリアはまだ地面に座り込んでいた。
弓を握ったまま苦笑する。
「ほんとだよ……」
「腕が震えてる」
ロイドは周囲を警戒したまま、ゆっくりと剣を鞘に収めた。
カチャリ。
そして静かに言った。
「油断するな」
「ダンジョンはまだ終わってない」
アルトも頷く。
だがその時。
視界にいつもの文字が浮かんだ。
⸻
【クエスト達成】
第一階層ボス討伐
トロール
報酬
経験値増加
追加報酬:スキル成長
第一階層調査進行度
100%
新目標
第二階層の存在確認
⸻
(……スキル成長)
アルトは一瞬だけ目を細めた。
自分にしか見えない表示。
そして自分にしか分からない力。
《危機察知》
《身体強化》
《影歩》
それらのスキルが、ほんのわずかに強くなった感覚がある。
だが――
そのことは誰にも言っていない。
(まだ言う必要はない)
アルトは何も言わず、表示を消した。
その時だった。
ロイドが洞窟の奥を見て言う。
「……あれを見ろ」
全員の視線が向く。
トロールの死体の向こう。
岩壁の奥。
そこには――
下へ続く階段があった。
ローレンが目を細める。
「ほぉ……」
「こりゃまた怪しいな」
ミリアが立ち上がる。
「第二階層……?」
ロイドは静かに頷いた。
「その可能性が高い」
アルトの胸が高鳴る。
ダンジョンには階層がある。
だがこの場所は――
ギルドの資料では小規模ダンジョンのはずだった。
本来なら一階層で終わり。
それなのに。
「第二階層……」
アルトが呟く。
ロイドが低く言った。
「報告と違う」
ローレンは楽しそうに笑った。
「面白いじゃねぇか」
「未知のダンジョンだ」
ミリアが呆れる。
「普通は怖がるところでしょそれ……」
ロイドは腕を組み、少し考えた。
そして言う。
「判断は二つ」
指を二本立てる。
「ここで引き返してギルドに報告する」
「もしくは——」
階段を見る。
「少しだけ調査する」
アルトは階段を見つめた。
暗い。
深い。
冷たい空気が下から流れてくる。
その時。
《危機察知》が微かに反応した。
(……下に何かいる)
強い気配ではない。
だが確実に。
生き物の気配。
ローレンが言う。
「俺は行く派だな」
ミリアはすぐに反対した。
「えぇ!?」
「さっきトロール倒したばっかりだよ!?」
ローレンは笑う。
「だからこそだろ」
「今なら勢いがある」
ロイドはアルトを見る。
「アルト」
「お前はどう思う?」
突然の質問だった。
アルトは少し考える。
本当は。
《危機察知》が何かを感じていることを言えればいい。
だが。
それは言えない。
(俺のスキルは俺しか知らない)
だからアルトは、別の言葉を選んだ。
「……少しだけなら」
「調べてもいいと思います」
ロイドは頷いた。
「俺も同意見だ」
ミリアがため息をつく。
「多数決負けた……」
ローレンが笑う。
「決まりだな」
ロイドが言う。
「ただし」
声が真剣になる。
「深追いはしない」
「危険ならすぐ撤退」
全員が頷いた。
ロイドが先頭に立つ。
「隊列はそのまま」
「俺が前」
「ミリア中央」
「アルト、その後ろ」
「ローレン最後尾」
ローレンが剣を肩に担ぐ。
「任せとけ」
アルトは短剣を握る。
そして。
四人は階段の前に立った。
冷たい風が吹き上がる。
まるで地下からの息のようだった。
ロイドが一歩踏み出す。
カツン……
石の階段を降りる音。
アルトも続く。
カツ……カツ……
光は徐々に遠ざかる。
ミリアが小さく魔法を唱えた。
「ライト」
ポッ……
小さな光球が生まれる。
周囲を照らした。
石の壁。
古い彫刻。
そして――
壁に刻まれた奇妙な紋様。
アルトが呟く。
「……これ」
ロイドも気づく。
「魔法陣の一部だ」
ミリアが驚く。
「ダンジョンに魔法陣?」
ローレンが低く言う。
「人工ダンジョンかもしれねぇな」
つまり。
誰かが作った可能性。
アルトの胸がざわつく。
(普通のダンジョンじゃない)
階段は長かった。
かなり深く降りた頃。
ロイドが手を上げる。
「止まれ」
全員が足を止めた。
階段の終わり。
その先には――
巨大な空間が広がっていた。
第二階層。
ミリアの光が広がる。
そして。
その光の中で。
何かが動いた。
「……グルル」
低い唸り声。
アルトの《危機察知》が反応する。
(敵!)
影がゆっくりと現れた。
一体。
二体。
三体。
ミリアの声が震える。
「……オーク?」
だが。
普通のオークではない。
体は二メートル以上。
筋肉の塊。
鉄の鎧。
そして大きな戦斧。
ロイドが低く言った。
「……オーク兵」
ローレンが笑う。
「歓迎が派手だな」
アルトの視界に文字が浮かんだ。
⸻
【新規クエスト】
第二階層探索
敵対個体確認
オークソルジャー
危険度
Bランク
討伐数
0 / 6
⸻
アルトは心の中で息を飲む。
(六体……)
ロイドが剣を抜く。
「戦闘だ」
ローレンも大剣を構える。
ミリアが矢を番える。
アルトは短剣を握った。
第二階層。
最初の戦いが——
今、始まる。




