第1章 第22話 ダンジョンの入口
第一章
第22話「ダンジョンの入口」
森の奥に開いた巨大な穴。
それはまるで――
大地そのものが口を開けているようだった。
誰もすぐには動けない。
風が穴の中からゆっくりと流れ出てくる。
冷たい。
そして――
どこか嫌な匂いが混じっていた。
血と、土と、魔物の匂い。
アルトは思わず唾を飲み込む。
「……これが」
ミリアが小さく呟く。
「ダンジョン……?」
Bランクの冒険者は静かに頷いた。
「間違いない」
彼は穴の縁へ近づき、慎重に中を覗く。
アルトたちも少し遅れて近づいた。
穴の中は暗い。
だが、完全な闇ではない。
地面の奥に、ぼんやりと青白い光が見える。
「……光ってる?」
アルトが言う。
ローレンが腕を組む。
「あれが魔力の光だ」
Bランクの男が説明する。
「ダンジョンの内部には魔力が満ちている」
「その影響で光る鉱石や結晶が生まれるんだ」
アルトは穴の奥を見つめる。
(ここから魔物が……)
昨日戦ったオーク。
森で増え続ける魔物。
その原因が、この下にある。
ミリアが不安そうに言った。
「でもおかしくない?」
「ダンジョンって普通もっと大きな街の近くにしか出来ないんでしょ?」
Bランクの男は少し考えてから答える。
「普通はな」
「だが……まれに突然発生することもある」
ローレンが低く呟く。
「ダンジョン発生か……」
その言葉に、空気がさらに重くなる。
ダンジョンが生まれるとどうなるか。
アルトでも知っている。
魔物が増える。
そして――
放っておくと**魔物の氾濫**が起きる。
村どころか、街が滅びることもある。
アルトは拳を握る。
(もしこれが原因なら……)
この村は、かなり危険な状態だ。
Bランクの男が振り返る。
「ここから先は慎重に行く」
「まず入口だけ確認する」
「奥には入らない」
ローレンが頷く。
「了解」
ミリアも弓を握り直す。
アルトは短剣の柄を強く握った。
(ダンジョン……)
初めて見る。
冒険者なら、いつかは入る場所。
だが——
それは普通、もっと経験を積んでからだ。
「降りるぞ」
Bランクの男が言う。
穴の側面には自然に出来たような斜面があり、そこから下へ降りられそうだった。
男が先頭に立つ。
その後ろにローレン。
ミリア。
最後尾にアルト。
土の斜面をゆっくりと降りていく。
足を滑らせれば、そのまま転がり落ちそうだ。
慎重に、一歩ずつ。
やがて。
地面に到着する。
「……暗いな」
ローレンが呟く。
地上からの光はほとんど届かない。
代わりに、洞窟の壁に埋まった青い鉱石がぼんやりと光っている。
幻想的だが――
どこか不気味だった。
ミリアが周囲を警戒する。
「魔物の気配は?」
アルトは耳を澄ます。
そして――
胸が小さく反応する。
(……いる)
《危機察知》。
まだ遠い。
だが確実に、何かがいる。
アルトは小さく言った。
「……奥に何かいます」
Bランクの男がすぐ反応する。
「距離は?」
「たぶん……まだ遠いです」
男は少しだけ頷く。
「いい感覚だ」
そして洞窟の奥を見る。
そこには通路が続いていた。
暗く、長い道。
「ここが第一階層だろうな」
ローレンが息を吐く。
「まだ出来たばかりなら、そこまで広くないはずだ」
その時だった。
カツ……
洞窟の奥から音がした。
全員が動きを止める。
カツ……
カツ……
何かが歩いている。
アルトの鼓動が速くなる。
(来る……)
暗闇の中から影が現れた。
一体。
二体。
三体。
そして四体。
ミリアが息を呑む。
「……ゴブリン」
だが。
普通のゴブリンではない。
体が大きい。
筋肉も発達している。
目が赤く光っていた。
ローレンが小さく舌打ちする。
「また赤い目か」
Bランクの男が低く言う。
「……変異体だ」
ゴブリンたちはこちらに気づく。
そして——
一斉に叫んだ。
「ギギャアアア!!」
次の瞬間。
全員に向かって突進してきた。
「来るぞ!」
ローレンが剣を抜く。
ミリアが矢を番える。
アルトも短剣を構える。
狭い洞窟。
逃げ場は少ない。
戦うしかない。
ゴブリンが跳びかかる。
ローレンの剣が振るわれる。
ザンッ!!
一体の胸が裂ける。
ミリアの矢が飛ぶ。
ヒュン!
ゴブリンの喉に突き刺さる。
だが残り二体。
そのうち一体がアルトへ飛びかかった。
「ギャア!」
アルトは横へ回避する。
爪が空を切る。
すぐに反撃。
「はっ!」
短剣を突き出す。
ザシュッ!!
腹を貫く。
ゴブリンが崩れる。
だが最後の一体。
それが突然、ローレンへ飛びかかった。
「ローレン!」
アルトが叫ぶ。
だが。
その瞬間。
Bランクの男が前へ出た。
剣が一瞬だけ光る。
ザンッ!!
ゴブリンの体が真っ二つになった。
静寂。
戦いは一瞬で終わった。
ミリアが息を整える。
「……普通のゴブリンじゃない」
ローレンが死体を見る。
「筋肉の付き方が違う」
Bランクの男が低く言う。
「間違いない」
「このダンジョンは異常だ」
アルトの背中に冷たい汗が流れる。
(やっぱり……)
ただのダンジョンじゃない。
何かがおかしい。
その時。
アルトの視界に再び文字が浮かんだ。
⸻
【クエスト更新】
森の異変を調査せよ
進行状況:55%
新情報
ダンジョン内部の魔物が変異している
推奨ランク
C以上
⸻
アルトはゆっくり息を吐く。
(Cランク以上……)
自分はまだEランク。
本来なら、ここにいることすら危険な場所だ。
Bランクの男が言う。
「今日はここまでだ」
「村へ戻る」
ローレンが頷く。
「ギルドへ報告だな」
ミリアが不安そうに聞く。
「このダンジョン……どうなるの?」
男は静かに答える。
「討伐隊が組まれる」
「下手をすれば……」
そこで言葉を止める。
アルトが聞いた。
「下手をすれば?」
男はダンジョンの奥を見つめたまま言った。
「……スタンピードだ」
その言葉に。
洞窟の空気が一気に冷えた。
だが——
誰も気づいていなかった。
暗い洞窟のさらに奥。
そこに。
彼らを見つめる“何か”がいたことを。
赤い、巨大な目が。
静かに光っていた。




