第1章 第11話 森の奥へ 後編
第一章
第11話「森の奥へ」
後編
アルトは森の奥へと歩き続けていた。
木々はさらに密集し、太陽の光はほとんど地面に届かない。
周囲は薄暗く、空気は重い。
落ち葉を踏む音だけが静かに響く。
アルトは何度も周囲を見回した。
「……いるはずなんだけどな」
ここまで来るまでに見たもの。
巨大な足跡。
折れた木。
潰されたゴブリンの死体。
それらはすべて、この森に強力な魔物がいる証拠だった。
だが——
まだ姿は見えない。
アルトは短剣の柄を握り直す。
その時だった。
風がわずかに吹いた。
森の奥から、重い匂いが漂ってくる。
「……血の匂い」
アルトはゆっくり顔を上げた。
匂いのする方向を見る。
そこには少し開けた場所があった。
アルトは慎重に近づく。
木の陰から、そっと覗く。
そして——
アルトの目が大きく見開かれた。
そこにあったのは。
壊れたような光景だった。
地面は掘り返されている。
木は何本も折れている。
まるで大きな嵐でも通ったかのようだった。
そして。
その中心に——
巨大な影があった。
アルトは息を止める。
それはゆっくりと動いていた。
背丈は人間の二倍以上。
灰色の皮膚。
太い腕。
大きな牙。
アルトは小さく呟いた。
「……オーク」
だが普通ではない。
アルトが今まで見てきたオークとは明らかに違う。
体が異様に大きい。
筋肉も膨れ上がっている。
そして何より——
圧倒的な威圧感。
そのオークは、地面に転がるゴブリンの死体を掴み上げた。
そして。
バキッ
骨を噛み砕いた。
その音が森に響く。
アルトの背筋に冷たいものが走る。
「……やばいな」
直感が告げていた。
今の自分では勝てない。
アルトはゆっくり後ろへ下がろうとした。
音を立てないように。
一歩。
また一歩。
その時。
パキッ
小枝が折れる音。
アルトの足元だった。
「……!」
アルトの体が固まる。
オークの動きが止まった。
ゆっくりと顔が上がる。
赤い目が森を見回す。
そして——
アルトを見た。
数秒の沈黙。
その次の瞬間。
「グォォォォォォ!!」
オークの咆哮が森に響いた。
鳥が一斉に飛び立つ。
アルトの体が反射的に動いた。
「くそっ!」
全力で走る。
後ろから重い足音が響く。
ズシン!
ズシン!
地面が揺れる。
オークが追ってきている。
アルトは木々の間を必死に走る。
枝が腕をかすめる。
息が荒くなる。
「速い……!」
巨体なのに、思った以上に速い。
背後で木が折れる音がする。
オークが突っ込んできている。
アルトは歯を食いしばる。
「逃げるしかない!」
その時、視界に文字が浮かんだ。
⸻
【クエスト更新】
森の奥を調査する
進行度:100%
クエスト達成
報酬:スキル経験値+30
⸻
アルトは一瞬だけその文字を見た。
「今それ出るのかよ……!」
だが状況は最悪だ。
クエストは終わった。
だが——
オークはまだ追ってきている。
アルトは森の中を必死に走り続けた。
やがて、木々が少し開けてくる。
森の出口が近い。
アルトは最後の力を振り絞った。
そして——
森を飛び出す。
アルトは振り返った。
オークは森の中で止まっていた。
森の境界線のところで、こちらを睨んでいる。
低く唸る。
「グォォ……」
だが、それ以上は追ってこない。
やがて。
オークは森の奥へ戻っていった。
アルトはその場に座り込んだ。
「……はぁ……はぁ……」
心臓が激しく鳴っている。
全身が汗だらけだ。
アルトは空を見上げた。
青い空。
さっきまでの森の暗さが嘘のようだった。
「……危なかった」
だが同時に、分かったことがある。
あの森には——
普通じゃない魔物がいる。
アルトはゆっくり立ち上がった。
村の方を見る。
「……ギルドに報告するか」
あれは新人が相手にする魔物じゃない。
アルトは村へ向かって歩き出した。
だが、その胸の奥には——
恐怖だけではない感情があった。
それは。
もっと強くなりたいという思い。
アルトは拳を握る。
「……次は逃げない」
そう小さく呟きながら。
アルトは村へ戻っていった。




