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遺言  作者: 四季あらた
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5.再生された映像

 江越が動画を再生すると、父直孝がスクリーンの中で動き出した。表情はしっかりしていて、元気そうだった。

「親父……」

 政孝がボソリと呟く。

『回っています。いつでもどうぞ。』

 綾間の声だろうか。

『どうも。』

 そういうと父は、カメラをぐっと睨みつける。


『私は、福留ファイナンスの社長取締役、福留直孝だ……これを見ているということは、私は既にこの世にいないということだろうな。』


 父の声は、映像越しでも重たかった。気付けば伴がビデオカメラで部屋の様子を撮影している。


『この映像を遺すのは、福留一族のためだ。今後の、福留家の繁栄と、福留グループの成長と発展のため。そのために、映像を遺す。』

 綾間が拳を握りしめるのを備は見逃さなかった。


『恐らく先程、遺言書が読まれたことと思う。福留ファイナンスの株式を愛未さんと紗耶香さんに相続させたのは、福留一族に誰として次期社長にふさわしい人間がいなかったからだ。

 死を前にして、考える時間は山ほどあった。そこで、私は我が福留一族のこと考えた。はっきり言ってこの一族は、金と欲に塗れた一族と言わざるを得ない。元より人間は覆いきれない欲望を秘めている生き物であるが、私はその現状を直視することができない。』


 政孝が鼻で笑う。フェイク動画に決まっていると思っているのだろう。腕組みしてふんぞり返っている。

 備もこの動画を、嘲笑ってやりたかった。


『これから私は、一人ひとりについて伝えるべきことを伝える。心して聴いてほしい。今まで、一家の父親らしいことを何一つできなかった。こんなことでそれが変わるとは思わないが、最後の父からの言葉として受け取ってくれ。』


 父親……直孝の口からそんな言葉が出るとは。死ぬ前に悟りでも開いたのだろうか。


◇◇◇


『……政孝。横領がバレていないとでも思っていたか?』


 室内の空気が変わった。

「……横領?」

 凍てついたような雰囲気へと変貌した。

「本当なの?マサ兄。」

「な、何の話だよ。親父、どうかしちまったんじゃねぇのか?」

 引き攣った笑いを浮かべながら、政孝は否定する。

「政孝。」

 昭子が射るような目線で政孝を見つめる。「どうなの?」

「そんな事するわけ無いでしょ、母さん。」

「その通りです。経理担当常務の私が保証します。」

 横から長谷川が助け舟を出す。二人が視線を交わしたのを備は見逃さなかった。


『お前は2020年から、新規開拓した企業と頻繁に取引しているな。野北のきた産業、御子柴みこしば製造、山本やまもとぼると、遠藤えんどう鉄筋、ミヤマ産業廃棄物。この5社はいずれも、お前の友人名義の会社か、実態のないペーパーカンパニーだな。』


 会社の名前が列挙された途端、政孝の顔から血の気が引いた。

 江越が動画を止める。

「今年3月、福留重工は野北産業に太陽光発電システム設置費用として248億円を支払っています。しかし、実際の費用は246億円。5000万円は社長の野北晴哉氏に、残りの1億5000万円は、アトラス・キャピタル銀行の長谷川経理担当常務と、政孝常務の口座に入金されています。」

「でたらめ言うな!!」

 アトラス・キャピタル銀行。アメリカに本店を置く世界最大手の銀行の一つだ。

「こちらがアトラス・キャピタル銀行の長谷川常務と政孝常務の個人口座です。同日に、野北産業名義で、7500万円ずつ振り込まれていますね。」

 江越が、二人の預金明細を全員に見せる。政孝は江越の手からそれをひったくると、やがてわなわなと手を震わせた。

「これは……野北産業の経営アドバイザーとしての役員報酬だ!キックバックなんかじゃない!」

「苦しい言い訳ね。」

 未織が吐き捨てる。

「言い訳なんかじゃない!言っとくけどな、俺はさっき親父があげた全部の会社の経営アドバイザーだ、キックバックなんかじゃないぜ、正当な役員報酬だ!!」

「ちょ、常務!」

 長谷川が焦りを顕わにして言う。

「お前はどうなんだ?あの会社の役員だったのか、どうなんだよ長谷川!!」

「元はと言えばあなたが横領を持ちかけてきたんでしょう!!」

「知るか、そんな事!」

「野北さんは横領に加担していた事実を証言してくれましたよ。」

「……なんだって?」

 政孝の顔がさっと青ざめた。

「2020年11月から過去4回、横領で2億円以上のマージンを受け取ったことを話してくれました。この場で音声を再生しますか?」

「…………いや、いい。」

 江越は彼に構わずボイスレコーダーの再生ボタンを押す。


『野北晴哉さん。あなたは2020年10月、2022年2月、2024年9月、2025年3月の計4回、福留グループに虚偽の請求をして横領を行いましたね。』

『……はい。合計8億円を横領しました。』


「いいって言ってるだろ!」

 政孝が喚いた。狼狽する政孝の様子は、もはや滑稽ですらあった。備は天を仰ぐ。醜い男だ。こんなに小さな男だったのか、自分の兄は。


『全額あなたが?』

『いえ。福留重工の福留政孝常務と、長谷川尚二経理担当常務にそれぞれ、振り込むことになっていました。私が受け取ったのは、2億円です。』

『お二人の横領に協力したということですね。』

『そういうことです。』


「クソッ……」

 長谷川はどっかりと椅子に腰を下ろした。もう無理だと悟ったのだろう。

 それに対し政孝は、まだギリギリと歯ぎしりし、拳を握りしめて言い訳を考えているようだった。

「嘘だ!横領を持ちかけてきたのは野北だ!野北から横領を……!」

「子会社が横領を持ちかけるなんて話あるかよ。」

「でも実際……!!」

「ふざけるなよ……」

 備が呟いた。

「散々福留家の人間とか言ってたくせに……」

 拳を握りしめる。机を思い切り叩いて立ち上がり、政孝を精一杯の怒りを込めて睨みつけた。

「マサ兄が福留家を内側から腐らせてどうすんだよ!!」

「…………」

 政孝は反省というよりも、同じく怒りを込めた表情で備を睨む。綾間の「備社長、落ち着いてください」という言葉がなければ、備は我に返ることなく、もしかしたら政孝を殴っていたかもしれない。

 座った時、隣に座っている絢音が心配そうに備を見つめていた。備はそれすらも無視した。


◇◇◇


『雄輔。お前ははっきり言って政孝よりも酷いことをしているな。自覚はあるか?』


「親父は一体何のことを言ってるんだ?」

 雄輔は心底不思議そうに首を傾げる。

「雄輔、あなたもなにかあるの?心当たりがあるなら先に言いなさい。」

「正直全く何も心当たりがないんです、母さん。」

 備は置かれたコップに注がず、直接ペットボトルから水を飲んだ。先程久米原が全員に配ってくれたのだ。


『お前は「ジャファール」という現地の犯罪組織と関わりがあるそうだな。アラ・リワヤ銀行リヤド支店で、福留商事がジャファールの幹部の一人に6万ドル振り込んでいる。』


 江越が再び映像を止める。一同の視線は、政孝から雄輔に向けられた。

 しかし当の本人は、何でもない顔をしていた。

「それが、何か……」

「……雄輔、お前……」

「本当なの?」

「……何か、悪いこと、ですか?」

 雄輔の言葉には、罪悪感や焦りは微塵も見受けられなかった。

「こちら、今年8月、ジャファールの幹部である、アル・サウードに6万ドルが振り込まれた口座記録です。」

 綾間が再び1枚の紙を中央に置く。銀行名は「Al Riwaya Bank」となっている。

「何が問題なんですか?福留ファイナンスだって、子会社の何社かは広域暴力団の神代かみしろ組と関係があるじゃないですか。」

 悪びれもせず雄輔は言った。

「ではこれは知っていますか?3ヶ月前、シャディグ地方のとある平原の有権者だったアフマドという男とその親族5人が、ジャファールによって殺害されました。そこでサウジアラビア政府がその土地を調査し、石油が眠っていることを発表。直ちに最安値でその土地の採掘権を獲得したのが、アル=ノール・ペトロリウム・コーポレーションのナディール・アル=ラシード顧問です。そしてナディール顧問は、福留商事と協同でシャディグ地方での石油採掘を行おうとしている。意味、お分かりですか?」

「……お兄ちゃん、まさかとは思うけどさ……」

 絢音が口を開いた。

「そのアフマドっていう男の人、お兄ちゃんが指示して殺させたの?」

「……別に俺が指示したわけじゃない。あいつらが勝手にやったんだ。アフマドとその一族は地元一帯で死神と呼ばれるほど恐れられていた。ジャファールと抗争になって、圧倒的多数のジャファールがアフマドら6人を殺した。それがナディール顧問と石油採掘を行おうとしていたこちらにとって好都合だっただけだ。」

「本当にお兄ちゃんじゃないんだよね。」

「同時期に振り込まれている6万ドルはなんですか?」

「これは単なる報酬です。偶然とはいえ普段から、ジャファールとは親しくしているので。」

「お兄ちゃん、分かってるの?犯罪組織だよ!?」

「それが何だ?」

 雄輔の言葉に、絢音は二の句を継ぐことができない。

「サウジがどんな国か分かっているのか?ジャファールがどれだけサウジの石油に関わっているのか知ってるのか?何も知らないで、犯罪組織という字面だけ聞いて、あれこれ言われるのは心外だな。」

「人を殺すのは人の道を外れてるでしょ!」

 絢音がついに声を上げる。

「綺麗事だけで石油が、ビジネスが進むと思うか!?昼夜身を粉にして働いて、福留商事はアル=ノールとなんとか良い関係を構築することができた。石油だってそうだ。シャディグ油田に埋まっている石油だけで、日本で用いられる石油の約10年分を賄うことができる!そんなビッグなビジネスチャンスをなんとか引き当てたんだ!そのチャンスが無駄にならないようにするためなら何だってするさ!人の道なんて考えてたらな、ビジネスはうまく行かないぞ!!」

 雄輔の声で、張り詰めていた空気に亀裂が走る。

「……」

 開き直りともとれる雄輔の言葉に、綾間は天を仰いだ。

「雄輔常務。」

「なんですか、綾間先生。」

「あなたクズですね。」

 綾間は躊躇せず言い放った。一度張り詰めた空気は、何度だって凍てつく。

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