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遺言  作者: 四季あらた
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4.遺言書に記されていたこと

「皆様。この度は、福留直孝様のご逝去、誠にご愁傷様でございます。被相続人は遺言書を作成しており、僭越ながら、被相続人の顧問弁護士であります私が、こちらを代読させていただきます。」

 江越は遺言書を全員に見えるように掲げた。それから自分に向け、1ページ目をめくる。

「『遺言書

 遺言者、福留直孝は、民法の定めるところにより、次の通り遺言する。

 自宅の土地建物は、妻福留昭子に相続させる。

 都市興業銀行、ヴァンガード・トラスト銀行の私名義の預貯金は、妻福留昭子に相続させる。

 光和共栄銀行の私名義の預貯金は、株式会社ムカイ電気社長取締役である、向井橘彦(きつひこ)氏に寄付する。

 共栄証券の私名義の投資信託を、株式会社度会精密の社長取締役である、度会善治郎(ぜんじろう)氏に寄付する。

 その他の投資信託は、長男福留政孝に相続させる。

 株式会社北九州運送に関する私名義の全株式及び持ち分を、株式会社北九州運送の社長取締役である、我有がゆう徹郎てつろう氏に寄付する。

 山城土地開発株式会社に関する私名義の全持ち株及び持ち分を、山城土地開発株式会社の社長取締役である山城達哉(たつや)氏に寄付する。

 滋賀県大灘所在の別荘及び付随する土地建物は、私の妻、福留昭子に相続させる。

 静岡県伊豆所在の別荘及び付随する土地建物は、私の娘熊谷未織に相続させる。

 千葉県軽井沢所在の別荘及び付随する土地建物は、私の義理の息子、熊谷克哉に相続させる。

 福留重工株式会社の私名義の株式の一切を、私の長男、福留政孝に相続させる。

 福留商事株式会社の私名義の株式の一切を、私の次男、福留雄輔に相続させる。

 福留船舶株式会社の私名義の株式の一切を、私の三男、福留備に相続させる。

 福留開発株式会社の私名義の株式の一切を、私の長女、福留絢音に相続させる。


 最後に、私が経営する福留ファイナンス株式会社の株式であるが、福留ファイナンスの全株式を、私の長男、福留政孝の妻、福留愛未と、私の次男、福留雄輔の妻、福留紗耶香に相続させる。』」


 室内がざわつく。

 当の本人たちは、お互いに顔を見合わせ、オロオロとしている様子だ。

「どういうことだよ愛未!」

 政孝が妻に向かって喚くが

「わ、私、何も知らないです!」

当然知っているはずはない。

「『令和7年9月25日、私福留直孝が、自筆で右内容をしたため、ここに署名・捺印するものである。』遺言書の内容は異常です。」

「どうしちまったんだよ、親父は。」

 普段冷静沈着な雄輔でさえ、驚きを隠せないといった様子で手を震わせている。

「紗耶香。このこと君は……」

「知らないわよ。知るわけないじゃない。」

 紗耶香も首をブンブンと横に振った。

「先生、父が遺言書を作るとき、立ち会われましたか?」

「もちろんです。」

「その時の親父の様子は!?本当に親父に責任能力はあったんですか!?」

「ええ。担当医師も立ち会いましたから。」

「関口がっ……!」

 政孝は口をパクパクさせていたが、どっかりと椅子に倒れ込む。

「どういうことなんだよ……」

 備は政孝をじっと見つめた。

 情けない。一体何なんだコイツは。

 自分が社長になれるとでも思っていたのだろうか。そんな僭越せんえつなことを期待するから、裏切られた時傷つくのだ。鼻から期待しなければ、そうはならなかった。

「……備、なんだよその目。」

 ふいに、政孝と目が合った。備は慌てて目をそらすが、時は既に遅かった。政孝は激昂し、備に大股で歩み寄った。

「お前、遺言書の内容知ってたのか!?」

「貴方、止めて……」

「お前は黙ってろ!!」

 愛未を怒鳴りつけると、政孝は備の胸ぐらをつかむ。

「お前、こうなること分かってたのか?なあ、はっきり言え!!」

「……し、知るわけないじゃないですか。」

「じゃあなんだよさっきの目は。俺のこと馬鹿にしてるのか?どこまでも他人なんだなお前は!!」

 乱暴に手を離され、備はよろけた。

「やめろ、マサ兄。」

「雄輔……お前腹立たないのか!?」

「立つさ。腸が煮えくり返ってる。親父にも、こいつにも。違うな、一族全員に腹が立ってる。」

「……それは八つ当たりというものです。」

 昭子が言うが、雄輔は耳を貸さなかった。

「別に遺言した後はどうにだってなる。一旦相続しちまえば、あとはこっちでどうしようと自由だ。備には、家に帰ってからじっくり話を聴こうじゃないか。」

 雄輔の目は、どこまでも不気味だった。

「……」

 政孝は備が座っていた椅子を蹴飛ばすと、部屋を出ようと出口に向かった。その時だった。


 会議室のドアが開いた。


「遅くなりました」と、彼は一族に頭を下げる。

 一族は見慣れぬ男の登場に戸惑う。

「私、弁護士の綾間煌大と申します。福留直孝様の顧問弁護士をしておりました。」

 綾間は一族に名刺を配っていく。備の前に置く時、打ち合わせ通り、二枚置いた。

「よろしくお願いしますね」と小さな声で呟いた綾間に、備は会釈で答えた。

「親父の顧問弁護士は江越先生だろ。」

「江越とは担当が異なります。」

「先生、あとはよろしくお願いします。」

「分かった。サポート頼むな。」

 江越が綾間に頭を下げる。

「お、おい、ちょっと待て、二人って……」

「ご存知ありませんでしたか。江越は、私の部下なんです。」

 備は一族に倣ってさも驚いた顔をするが、先日綾間と話した時に、すでにその事は知っていた。

「……ひょっとして、あんたが入れ知恵したのか?」

「何のことですか?」

「あんたが、親父に入れ知恵して、愛未と紗耶香さんにファイナンスの株式相続させたのかって訊いてんだよ!」

「私は何も。相続の内容と分配は遺言者が決めますし、私が手を出すことはありません。責任能力があることは、担当医の関口先生が保証されています。」

 政孝は押し黙る。きっと、「うるせえ!!」とか、「ふざけるな!!」程度の反論しか思いつかなかったのだろう。

 と、室内が暗くなった。女性陣が一瞬ビクッとしたように肩を震わせる。

 同時に、亡き父の顔が、スクリーンにでかでかと映った。

「親父……?」

「これは、福留直孝氏が生前に残された動画です。遺言書の作成が9月25日。この動画が撮影されたのが9月28日。この動画を記録したUSBは、つい先程まで東京地方裁判所に保管されており、遺言書と同等の効力を持ちます。よって、万が一遺言書の内容と、この動画の内容が相反する場合、この動画の内容が優先されることになります。」

 綾間が大きな声で一族に告げる。

「どういうことだよさっきから!」

「綾間先生、でしたね。この動画、本物なんですか?」

「加工、編集は一切しておりません。福留直孝氏本人の意思により撮影されたものです。」

「私たちには知らされていないんですが。」

「告知の有無は依頼人が決定することです。」

「動画での遺言だなんて法的な拘束力を持つんですか?」

「今年度より民法が改正され、弁護士の立ち会いなどの条件を満たせばデジタルで遺言を残すことが認められています。」

「綾間先生は立ち会われたんですか?」

「もちろん。」

 未織の粗探しのような問いにも、綾間はきっぱり答えた。

「未織、もう止めろ。相手は法律のプロだ。」

「……備くんに言われる筋合いないわよ。」

「さっき雄輔兄さんが言ってたじゃないか。遺言した後はどうにだってなる。一旦相続すればあとは自由だって。見た後で判断すればいいだけの話だろ。」

「……」

 未織は押し黙る。

「みんなも、それでいいですよね。」

 一族は黙ったまま何も言わない。ただ一言政孝が、「何でお前が仕切ってるんだよ」と毒づいた。

「綾間先生。再生して構いませんよ。」

「ご理解いただき感謝します。」

 綾間は頭を下げる。脇に立つ江越がパソコンをプロジェクターに接続し、一同を見回し、「それでは再生します」と言って再生ボタンを押す。

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