ランニングに行くだけ
なんだかんだ、シーダとのひとときは楽しかった気がする。
彼女もそう思ってくれているといいんだけど。
その後も祠で、俺たちはしばらく語り合った。なぜか精霊まで話に割り込んできたから驚いたけど、なかなかに有意義だった気がする。
しかも彼女は公爵令嬢だというのに、俺がタメ口を利くことすら許してくれた。
いつの間にか陽が落ちてきた。楽しい時間はもう終わり。
俺は彼女を抱き上げて、両家のもとまで飛ぶ。
「気持ちいい。まるで鳥になったみたい!」
未来の勇者は嬉しそうに笑っている。
「君もパワーを上げて、筋トレさえすればできるようになるよ」
「じゃあ、今度教えてくれる?」
「もちろん」
今度? 今度があるんだろうか。
とりあえずプラテスの広場に到着すると、みんなが落下してきた俺たちにビックリしていた。
「が、ガイー!?」
ファティマ兄さんなんて転んでしまった。またメガネがずれ落ちてる。
両親もグローヴァ家の皆さんも驚きまくっていたが、シーダが説明してくれたので、どうにか落ち着いたようだ。
「ガイ……今日は会ってくれて、本当にありがとう」
「俺のほうこそ、楽しい時間だったよ」
「うん。じゃあ、またね」
「ああ。また会おう」
お互いに小さく礼をして、俺たちの初対面は終わりを告げた。
またね、とは言ってくれたけれど、ほとんどの場合二度目なんてない。
彼女は多分、ほんの一時の気まぐれで、俺に興味を持っただけじゃないかなぁ。そんな風に思っていた。
だから、お別れで馬車が去っていく時も、あんまり気にしないように努めていたんだ。
でもこれが良くなかった。もっとちゃんと見ていれば気づいたかもしれない。
彼女の側に、えげつない何かが迫っていたことに。
◇
バルドール家の屋敷に帰ってきて、俺はゴロリとベッドに寝そべっていた。
めちゃくちゃ疲れた。気疲れっていうか、普段はああいう集いには参加しないからだろう。
兄上からはけっこう小言を言われたし、母上からもジャンプして戻ってきたことを怒られてしまったけど、結果的には上手くいったんじゃないか。
そう思って、どうにか自分を満足させようとしていた。
まあ、頑張っても頑張らなくても、普通に考えて進展があるわけない。
でも父上だけは「勝った! これでワシも公爵家の親戚だ」なんて浮かれていたっけ。
そろそろ夕ご飯の時間だ。後少ししたら、カタリナが部屋にやってきて呼んでくれるはず。
メイドが来るまで寝よう……なんて思ったんだが、ここで不思議な感覚があった。
疲れてはいるが、目は冴えている。そしてなぜだか無性に、シーダのことが気になってしまう。
まさかあんな娘に、世界の命運がかかってしまうなんて。運命ってやつはあまりに厳しすぎやしないだろうか。
それだけじゃなくて、なんとなく。彼女の笑顔が忘れられずにいた。
さらには窓から夜空を眺めちゃったりして。らしくない自分に戸惑うばかり。
ただ、様子が変なのは俺だけじゃなかったらしい。外の景色を眺めていたら、一人佇む黒髪メイドを見つけた。カタリナだ。
あんな所で何をしているんだろう。気になった俺はすぐに彼女の側に向かってみた。
「どうした? こんな所で空を見上げてるなんて、珍しいじゃん」
「……ぼっちゃま。実は、気になることがあるのです」
そう返事をした後、カタリナはまた夜空の向こうに目をやった。どこか同じところをずっと見ている気がする。
「何が気になるんだ?」
「グローヴァ家の皆様についてです。馬車で去られた後ですが、何やら奇妙な気配を感じました。あの馬車の後を、隠れながら何かが追跡しているような……」
カタリナはメイドでありながら、いくつかの有能なスキルを有している。
一つは何かの気配を感じ取る力だ。これは言うなればレーダー的な機能で、有害な存在を早めに認識することができるというもの。
その力が反応しているのかもしれない。
彼女はグローヴァ家に危険が迫っているかもしれない、ということを気にしていたようだ。
「つまり悪い奴らがいるかもしれない、っていうことか」
「はい。しかし、確証はありません。私の気のせいかもしれないのです」
「いや。カタリナが言うなら、きっとそうだと思う。じゃ行ってみるか」
「……行く、とはどういうことでしょうか」
ちょっとだけ準備運動を始める。しゃがんだりアキレス腱を伸ばしたり。大した運動じゃないから、多少で大丈夫だ。
「そういえば俺、今日ランニングしてなかったんだよ。カタリナ、手伝ってくれない?」
「手伝——はぃい!?」
こんな声を上げられるとは思ってなかった。俺はカタリナを抱き上げ、そのまま走り出した。
どうして彼女を連れて行くのかというと、正確にシーダ達の現在地を知りたかったからだ。
領地の地図なら持っているけど、グローヴァ家一行が進むルートは正確には分からない。
マップやレーダー的スキルに優れたカタリナに、ここは案内してもらったほうが確実だと思った。
ちなみに、まだ本人は自分の能力に気づいてないらしい。原作知識がある俺だけが、彼女の力を理解していた。
夜の草原を走り続ける。それにしても、お昼は公爵令嬢をお姫様抱っこして、夜は家のメイドを抱っこしている貴族なんて、俺くらいかも。
カタリナは最初こそ戸惑っていたが、しばらくすると慣れたのか、ギュッと抱きついていた。
「グローヴァ家の馬車は感知できた?」
「はああ……ぼっちゃま、ぼっちゃま」
「か、カタリナ!? どうした? 大丈夫か」
なんか様子がおかしいんですが。
「ハッ!? 私としたことが。このまま真っ直ぐです。気配が強くなっています。もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「……襲われている、かもしれません」
「分かった! もうちょっと飛ばすぞ」
俺はギアを上げることにした。ずっと筋トレして走り込みもしていたので、かなり足は速くなっている。
馬と競争しても勝ったし、この世界でもまずまず速いほうじゃないかと思っていた。というのは、ちょっと思い上がり過ぎか。
ひたすら夜の草原を駆け抜け、森を進んで山を越えて。いつしか俺とメイドは辿り着いていた。
危険な匂いが立ち込める、高貴な馬車の集団に。




