あなたが必要です
ジャンプはわりと飛距離が出ている。
ただ、みんながいる場所まではちょっと足りない。
でも別に構わなかった。実はシーダに見せたいものがあったから。
「ちょっとだけ、寄り道してもいいですか」
「……はい。構いませんが、どちらに?」
「少しばかり、今後の手伝いができればと」
彼女はハッとしてこちらを見つめた。
ちょっと誤解させちゃってたら申し訳ないが、俺は仲間になろうとしたわけじゃない。
ただ、パワーファンタジーと全く同じこの世界で、役立つ情報を可能な限り教えておきたかったんだ。
ようやく地上に着地した俺は、草原の上でシーダを下ろした。なんだかポカンとしている。
「ほ、本当に……無傷なのですね」
「ええ。丈夫なことが取り柄なんで。はっはっは!」
暇さえあれば筋トレとモンスター退治を繰り返しているので、防御力もだいぶ上がっている。だからこのくらいのジャンプはなんてことない。
草原を少しだけ進むと、小さな祠がある。後ろについていた彼女が、ハッとして前に出た。
「これは……精霊の祠! もしかして、ガイ様はすでに星の振り分けを!?」
「はい。この夏の間、ずっとやってました。最初は全然効果を感じなかったんですが、今はけっこう効いてます」
この世界で戦いに生きる者にとって、星の振り分けは欠かすことができない重要なもの。
さっき話していた限り、すでにシーダは振り分けをしているだろうと思っていた。
実際のところ、どうなのだろうかと気になっている。
「シーダ様は、何度か祠を利用されていますか」
「はい。まだ少ししか、振り分けていないのですが」
「なるほど。俺は二十回くらい振り分けているので、経験論と言いますか、多少の助言ならできると思います。それで、ここに寄り道したんです」
もしかしたら、余計なおせっかいもいいところかも。
でも、こっちよりずっと身分が高い令嬢は、嫌な顔一つしていなかった。
……いや、なんか驚いてるな。
「二十回!? そ、それは……今年の夏だけではなく、以前から続けられていたということですか」
「いえ。この一ヶ月です」
「え!?」
めっちゃ驚いてる。まあ、けっこうハイペースで飛ばしちゃったところはあるけど、そんなにビックリすることかなぁ。
「信じられません。あの、宜しければ……私の振り分けをお見せするので、ガイ様のも見せていただけますか」
「はい。大丈夫です。元々そのつもりです」
まあ、彼女はまだこの世界の仕組みに慣れていないようだから、ビックリするのも無理はないのかも。
すぐに俺たちは、それぞれのステータスを見せ合うことになった。幾分興奮しているシーダ嬢が、ちょっと慌てつつ祠に手をかざす。
すると、淡い光と共に落ち着いた声が響いた。
『見ない顔だな。汝、何を求めるか』
「成長率を確認させてください」
『よろしい』
直後、精霊の声と共に、彼女の成長率の割り振り画面が表示される。以下のような内容となっていた。
============
シーダ・フォン・グローヴァ
光を継ぐ者
HP:☆☆
MP:☆☆
パワー:☆☆
マジック:☆☆
タフネス:☆☆
スピード:☆☆
クレバー:☆
ラック:☆
============
なるほど、こういう割り振りか。
スターについてだが、MPとマジックについては適正がある人だけ振り分けが可能だが、他は基本的には最初から一つは必ずついているものだ。
そう考えると、現在のところシーダはスターを六個手に入れ、パワーから均等に分配しているらしい。
多分次にスターが手に入ったらクレバーを上げて、その次はラックの成長率を上げるつもりでいるのだろう。
俺はホッとした。今のタイミングで気がついて良かった。
ハッキリ言おう。彼女はこの世界の罠にハマっている。
『な、何? 光を継ぐ者だと!?』
「きゃ!?」
俺が考え事をしている間に、精霊が彼女のステータスを見て騒いでる。うるさいなもう。
「シーダ様。スターボードをお見せいただき、ありがとうございます。今後も全ての能力値を均等に割り振っていかれる予定、ということで合ってますか?」
「はい。バランス良く上げていければ、この先困らないと考えてます」
いけない。この発想はいけない。
このままでいけば、彼女は必ず詰み状態に陥ってしまうこと間違いなし。
俺がなんとか軌道修正をしなくては、世界が大変だ。
その前に一つコホンと咳払い。まずは息を整えた。
「実は俺、スターボードについては有識者なんです。いくつも文献を漁ったり、とにかくひたすら調べました」
「そうなのですね」
「なので、どういった割り振りが正しいか、知見があるつもりです。いいですかシーダ様、成長率を均等に振っていたら、今後敵が強くなるにつれてどんどん苦しくなりますよ」
「え?」
目を丸くする金髪少女。なんとも可愛い反応をされるので、ちょっと楽しくなってくる。
「成長率というものは、尖っていれば尖っているほど役立つのです。つまりこのステータス! と決めたらそれをひたすら高める。それこそが強者への近道となります」
「で、でも……そうしたらバランスが悪くなっちゃう」
おっと。やはりバランスにこだわる人だ。
しかし、ここで熱弁を止めるわけにはいかない。彼女のために。
「ステータスによってはそうなります。しかし、ある一つのステータスを高めまくってしまえば、もう何の問題も要らなくなるのです。あなたはたった一つを、極限まで高めればそれで万々歳です!」
「そのたった一つのステータスって」
『お、おい。お前……まさか』
ん? どうした精霊。っていうか普通に喋れたのが地味に驚きなんだけど。
「精霊よ、今度は俺のスターボードを見せてくれ」
『……承知した』
精霊の声がいつになく重いのは気のせいだろうか。
スッとシーダの板は消え、続いて俺のスターボードが草原に映し出される。わずか三秒の出来事である。
「これは……!」
陽光に輝く金髪を揺らしながら、令嬢が驚きで固まっている。
「とても……大胆……ですね」
ん? なんか引いてない?
「ええ。一見すると極端な振り分けに見えるでしょう。しかしながら、この振り分けこそ、この世界で強くなる最適解なんです」
「最適解……」
「そうです。成長率というものは、均等に上げようとすればするほど、あまり効果が望めない状況になってしまうんです。この話は冒険者ギルドに行けば誰もが納得しますよ。だから彼らも、多少は偏った振り分けをしています。しかし、まだ足りない。まだ全然足りない偏りなんです。あれじゃ勝てない!」
パワーファンタジーに登場する魔物は、後半になるほどエゲツない。平均的な伸ばし方をした仲間ほど、後々役に立たなくなってしまう。
「一つを極めることが大事です。ですが、タフネスを上げても敵が倒せなくジリ貧になるばかり。スピードを上げても、やはり力が足りず決定打に欠ける。HPやMPなどもはや論外。クレバーやラックもまた、極振りすればひ弱な存在になってしまう」
俺は彼女の周りを歩きながら熱弁する。ここで意を決してもらわないと、これから大変な苦労をすることになるからだ。
「マジックはパワーの次に良いかもしれませんが、これだけ上げていくのは極めて難しい。結局のところ、パワーしかありません。パワーさえ上げ続けていけば、後半になるほど爆発的な強さを手に入れられるんです!」
よし。これだけ語ればきっと、シーダ嬢にもパワーの素晴らしさが伝わっただろう。そう思い振り返ると、彼女は呆然としていた。
「で、でも。パワーだけを上げてしまったら、他の能力値の成長が遅れてしまいますよね?」
「はい。ですから最初は苦労します。というか何度も死にかけます。でも最後に笑うのはパワーですよ。シーダ様、あなたも今日から、パワーに全振りしましょう」
「……そうなの…ですね。ご教授ありがとうございます。考えておきます」
むう……あまり響いてないな。これはどうしたことか。
もしかしてただドン引きされてしまったのだろうか。そう心配した俺だったが、どうやら杞憂だったらしい。
「私のために、いろいろと教えてくれるのですね。あなたの熱意が伝わりました。ガイ様……私にはやっぱり、あなたが必要です」
えええ……それはちょっと。俺としては、ご遠慮したい決意を感じてしまう。
爽やかな風で金髪が揺れ、自然に包まれた笑顔が眩しく輝いていた。




