仲間になって
「困惑させてしまいましたね……ごめんなさい。でも私、どうしても貴方が欲しいのです」
その一言で、ますます困惑しちゃう俺。思わずそわそわして、もうデート感は皆無だった。
「ビックリだなぁ。でも、どうしてあなたが魔物と戦うんですか? それは他の誰かの仕事であって、公爵家のシーダ様がすることじゃないでしょう」
そういう仕事って、貴族中の貴族がやることじゃない。
この世界に生きる人間なら、誰もがそう思う常識だ。
「私には、戦う義務があります。兄から力を譲り受けたのですから」
彼女はそう呟き、右掌を上にしてこちらに差し出してきた。
なんもなくね? と思っていた矢先だった。何か暖かい光を感じる。
続いて静かに黄金の輝きが浮かび上がり、光で描かれた紋章が空中に現れた。
俺はあっと声を漏らしてしまう。
「な、なんで貴方が、その紋章を?」
そしてつい、知識があること前提の言い方で尋ねてしまった。本当に知らなければ、こんな表現にはならない。
この光の紋章は、代々凶悪な魔族を打ち払うため、主人公たる勇者に与えられる紋章だ。
パワーファンタジーのタイトル画面にも出てくるし、パッケージにも描かれている。
この紋章の力により、勇者は特別な力を幾つも手に入れることができる仕組み。
ちなみに光の紋章は所有者が、相応しいと思う人間に継承させることができる。
「本当は、私が手にするべき力ではありませんでした。でも兄が……ラオスが死の間際に、私に託してくれたのです」
「ラ、ラオスですって……」
声が震えてしまった。だってラオスは本作の主人公であり、パワーファンタジーのラストまでプレイヤーが操作し続ける男だ。
それが死んだって? そして彼女は、ラオスの妹だという。
待てよ、ラオスって平民だったはずだけど。
「グローヴァ家に、ラオスという方がいたというのは、初耳ですが……」
「いいえ。兄はグローヴァ家ではありません。実は私も、本当は貴族の娘ではないのです」
「え、えええ」
この後、またも驚きの事実が俺を襲う。
もうそろそろライフが尽きそうなので、やめてほしいですと言っても止まりそうにない。
「私は元々、グローヴァ領の民に過ぎませんでした。でも、ある時魔物に襲われて……家族は皆、目の前で殺されました」
言葉が出なかった。
そういえば原作では、ラオスが勇者として覚醒し、襲撃してきた魔物を倒すところからゲームスタートだったんだが。
つまりこの世界は、主人公が最初の戦いで死んじゃったパターンってこと?
「私だけは生き延びましたが、それから一人ぼっちになり、ボロボロの姿で歩いているところを、カイフォン様とマリシア様——今の両親が見つけたのです」
俺はまたも喋れない。ただ絶句していた。
「お二人は子供に恵まれず、とてもありがたいことに……私をグローヴァ家の子にしてくださいました」
そうだったのか。っていうか、目の前で両親や兄を殺されるっていうのは、どれほどのトラウマだろう。
目前にいる少女の瞳に、涙が浮かんできたのが分かる。
きっとこれまで、その辛い気持ちを胸にしまって生きてきたのかもしれない。
「私は今、確かに貴族の娘です。本当なら戦う必要はありません。でも、紋章の力を継いだ以上、果たさなくてはいけない使命があることも事実です」
「あの、紋章を誰かに……同じように渡すというのは?」
光の紋章については、原作でも謎が多い。
特に継承については、ゲーム内でも資料集でも詳細な説明がなかった。
でも原作の二作目で、ラオスが新しい主人公に力を託すシーンがある。
「実は今のお父様、お母様に説得されて、一度試したことがあります。ここユーガスト大陸でも名を馳せる、素晴らしい方々に。でも、受け継がせることはできませんでした。紋章は私から離れようとしないのです」
「そ、そうなんですね」
なんて大変な運命だろうか。
実はこの世界では古い言い伝えがあって、闇の紋章を持つ存在が現れた時、光の紋章を持つ者が生まれるらしい。
そして闇の紋章を持つ者は、決まって世界を破滅に導こうとする。止めることができるのは、光の紋章を持つ者だけ。
そういう伝承があるわけだけど……何というか、当人からすればひたすらにしんどい話だ。
ふと考え事をしていたんだけど、気がつくとシーダが決意を固めたような顔でじっと見つめていた。なんか嫌な予感!
「私はこれから、戦いに向かう運命にあります。その為には、早くから準備をしなくてはいけません。ガイ様……今日お会いしていただきたかったのは、どうしても貴方に協力をお願いしたかったからです」
げげ! やっぱりかよ。嫌な予感っていうのは大抵当たるね!
今回の見合い的なものは、この為だったってことか。
そして彼女は、スッと立ち上がり、決意ガン決まりな視線を真っ直ぐに向けてくる。
思わず目を逸らしちゃった。
「紋章の疼きが強くなっています。これは、ごく近い将来に魔族や魔物との戦いが近いことを示しているそうです。ガイ様、よろしければ私と一緒に、戦ってはいただけませんでしょうか」
言い終えると同時に、深々と頭を下げてくる。俺は慌てて両手を前に出した。
「待ってください。とにかく、顔をあげてください。どうして俺なんかを誘うんです? だってただの、田舎の小倅ですよ」
すると、シーダは姿勢を戻し、天使みたいな微笑を浮かべる。
「ご謙遜を。貴方の活躍は、すでに聞き及んでいますよ。ゴーレムや凶化グリズリー、悪魔導師、巨大クワガタ……これらの魔物を、素手で討伐したのですよね」
だ、誰だ。いらん噂を流した奴は。っていうか事実だけど。
「そして今日、お会いして確信しました。貴方はこれ以上ないほど、優秀な戦士に違いありません」
「買い被っていますよ。こんなひ弱な男に……そんな芸当ができるわけが」
「あら? それは、何をなさっているのです?」
「え、あ、これは」
なんてことだ。この食事中にも自然と空気椅子をしていたようだ。
変に言い訳すると変態と思われかねないので、正直に説明してみた。
すると、どういうわけか、彼女の顔がぱあっと明るくなる。
「凄い! どんな時でも体を鍛えているのね!」
「あ、あはは。なんか癖で」
まずい。実にまずい。
それからも熱心に協力を頼まれたが、俺はついに首を縦には降らなかった。
危なかった。マジでゲーム本編最後まで強制参加させられるところだわ。
でも、その後にシーダ嬢は分かりやすくシュンとしてしまい、罪悪感が募ってしまう。
カフェから出たところで、俺はとりあえず頭を下げた。
「申し訳ございません。ご期待に添えず」
「い、いえ! とんでもないです。私が勝手にお願いしただけですから……」
彼女は食事中とは違う、無理をした笑顔になっている。だがこの後、もっとその表情が曇ることがあった。
ふと俺たちの隣を、ごく普通の家族がすれ違った。
お父さんとお母さん、それから小さな子供たちが二人。
楽しそうな団欒の一部を垣間見て、明らかに彼女は寂しげな目つきに変わっている。
シーダという女の子は、まだ自らに起きた悲劇を受け止めきれていない。
それでも兄の使命を引き継ごうと必死なのだ。
俺もまた悲しい気持ちになった。せめて今だけでも、忘れさせてあげることはできないだろうか。
そう思った時、ふと青空が目に入った。これだ!
「シーダ様。今回ご希望に添えなかったせめてものお詫びとして、面白いものをお見せしたいのです。良いでしょうか」
「……どういったものでしょうか」
「はい! 帰り道を少しばかり、近くするだけです」
そう言いながら、俺はスッと彼女の側によって抱き抱えた。
「きゃあ!?」
「じゃあ、行きますよー!」
「え、え、な、ななな。きゃああーー!?」
俺はそのまま、力一杯にジャンプした。ずっと鍛え続けていたパワーが爆発する。
下半身の筋肉が思った以上に強く大地を蹴り、お姫様抱っこをした俺は予想よりもずっと高く飛んだ。
そして、空の上——雲の近くまで飛んでいたのである。
「どうです? いい景色でしょう」
「ひ……ひゃあああ!? 嘘、嘘ぉ!?」
「本当ですよ。見てください、この景色」
「あ、あの! わ、私達着地の時に死んじゃったり、」
「大丈夫です! 俺鍛えてるんで! この前猫と遊んだ時に試してるんで、大丈夫です!」
めちゃくちゃな奴だ、と思われるのは覚悟の上。俺はどうしても、この光景を彼女に見せたかった。
最初はビビりまくっていたけれど、少ししたらシーダ嬢は、空や街の景色に吸い込まれていた。
「……素敵」
そしてようやく、お日様みたいに暖かそうな笑顔になってくれた。




