二学期の始まりと転校生
とうとう夏休みが終わった。
俺は自分が夏休み前とはまるで変わったことを自覚しつつ、ダッシュで学園に向かう。
いっけなーい、遅刻遅刻ーとパンを咥えて走っているわけではない。
ダッシュしたほうが、馬よりずっと早いんだよね。うちの家からリューク学園は案外近い。
まあ、大体の人は寮生活をしているし、夏休み前までは馬車通い派だったけれど、馬より速くなったのでダッシュしたほうがいい。
というわけで長閑な道を駆け抜けたところ、十分もしないうちに校門前に到着した。すぐに一階にある教室へ入ると、もう大抵の人はやってきていた。
俺が通っているクラスは1ーC。ちなみにクラスはKまであり、生徒数という面でもスケールが大きい気がする。
おはよー、おはよーと挨拶しつつ窓際から三番目の席に座る。なかなかいいポジションで、グラウンドがよく見渡せるのが好きだ。
後は後ろにいる人が休みだったりすると、個人的には気が楽なのだが。
「ご機嫌よう。あらシェリルさん、今日もお美しいわね。ご機嫌よう」
ダメだった。HRがもうすぐというタイミングで、彼女は現れてしまう。
紫の縦ロールな長髪と、切長の瞳が印象的な悪役令嬢が現れてしまった。
「モニカ様だわ」
「今日もお綺麗でいらっしゃるのね」
「モニカ様……素敵」
甘い女子達の囁きが聞こえてくる。俺に聞こえてるんだから、本人の耳にもしっかり入っている。こういう声を浴びるのが好きな娘だった。
このいかにもな令嬢の名前は、モニカ・フォン・ガースフィールド。
入学してからいろいろと親交があるというか、俺のほうから接点を求めて近づいていた少女だった。
記憶が戻るまでの俺はにわか気質全開だったので、みんなからキャーキャー言われてる人に擦り寄っていたのだ。
彼女はなかなかに優雅な雰囲気を纏う公爵令嬢だが、原作でもいろいろと主人公たちと敵対することになり、最終的には派手な討ち死にをするのである。
ってか、そういう流れであることを知らない俺は、夏休みまで彼女の仲間Aみたいになっていた。
「あら、ガイ……今日は意外と早いのね」
「ああ。まあ始業式だし」
「んー……ん? ちょっとお待ちなさい。どうしたの、あなた」
「え? 何が」
この先何が起こるか分からないし、渦中となる人物には、あまり親しくしないほうが良さそうだ。というわけで、そっけなく接してみる。
「何が……ではないでしょう。まるで別人だわ! どうしたの、その大きな体」
おっと。一ヶ月で得た筋トレの成果が滲み出てしまったか。ここでいろいろと語りたい衝動をグッと堪える。
「そうかな? ちょっと食い過ぎちゃったかもしれん」
「食べ過ぎでそんなに盛り上がらないでしょう。何をしたの?」
「え? いや別に」
「何をしたの? 言いなさい。わたくしに隠し事は許しません」
「別に隠してないけど。ちょっと鍛えただけ」
「鍛え……た?」
モニカは気になったことは、はっきりさせないと気がすまないタチである。おまけにプライドも高いし気も強いので、俺のそっけなさが逆効果になっちゃったかも。
「まあいいわ。休み時間に聞かせてもらうとしましょう」
そう呟いた後、彼女は俺の後ろの席に座った。多少食い下がった程度で終わったのは、まだ良かったほうだと言える。
しかし、これからどう接していこうかは考えものだ。さっきの反応を見るに、急に態度を変えすぎても、逆に火をつけてしまう場合がある。
というか、この先に起こることが分からなくなってる以上、むやみに動くことはしないほうがいいだろう。
俺は原作の流れを知っている。でもそれは、ラオスという主人公が存命だった場合の世界戦だ。
実は今、この世界は大変イレギュラーな状況になっていると思う。
本当なら今日、未来の勇者であり主人公のラオスが転校してくるイベントがあるはずだった。
でも妹であるシーダから、ラオスはもう亡くなってしまったことを聞いた。つまり、主人公が交代している世界ということになる。
本来あった世界線では、転校してきたラオスは同じく転校してきた悪役と、後ろにいる紫縦ロールの二人を相手にして、戦いの日々を始めることになるんだが。
ちなみに俺は、その戦いでモニカ派として駆り出され、見事な三下らしい死に様を見せつける運命だった。
でも、案外そんな心配はいらないかも。
もしかしたら主人公が亡くなったことで、その悪役は転校してこない可能性もある。そうなると、マジで平和な学園ライフがやってきたのかもしれない。
命の危機がなくなれば、俺は別に鍛える必要もなかった話になるが、これはこれで楽しいから良し。そして今後も続けようと思ってる。
とにかく今日の動向次第で、運命がいかに変わったかが判断できる気がする。
俺はドキドキしながら待っていた。数分後に先生がやってきて、いよいよHRが始まった時、廊下を歩く音が一つだけではないことに気づいていた。
担任と副担任が入ってくる。しかし、その他にも気配を感じた。
最初はこれまでどおり、何も変わらない先生と生徒の挨拶から始まったことを覚えている。
続いて先生が夏休みのこと、これからのこと、今日のことなどいろいろと語り続ける。これも始業式の朝ともなれば、まあ普通。
少しして、先生はチラリと目を教室の外に向けてから、
「はい。実は今日、このクラスに新しい仲間が加わることになりました。ノエル先生」
「はい。では、どうぞ」
「失礼します」
教室のドアが開かれる。担任と副担任に導かれ、その男は堂々としたオーラを纏いながらクラスに足を踏み入れた。
(マジかよ。あいつはしっかり転校してくるのか)
その姿を目にして、正直嫌な予感しかなかった。
後ろにいるモニカとタッグを組むことになる悪役王子がそこにいた。
「アーソンだ。他に説明はいらぬだろう。よろしく頼む」
「まあ!」
モニカの驚く声が聞こえる。頼むからあいつと親密にならないでほしい。まあ無理か。
アーソン王子のことを知らない者は、さすがにこの辺境にだっていないだろう。
俺たちの暮らしている地区は、みんな元を辿ればイルザーク王国の領土。ちなみにアーソンは第四王子という、王族としては苦しい立ち位置にある。
この王子としての立ち位置が、ごく近い将来に彼を狂わせることになるのが原作の流れ。あーヤダヤダ。
ちなみにアーソンは、教師に対してはちゃんと敬語を使っている。一応は卒業するまでは、社会的地位に関係なく接するのが学園のルールだからだ。
ってか、ラオスがいない今……こいつが暗躍を始めちゃったら誰が止めるんだろう。
まさか俺が動かなきゃいけない、とかはないよな?
嫌な予感が膨らまざるを得ない展開となり、担任の話が耳に入ってこないわ。
「さて、では二人の転校生を紹介します。お入りなさい」
「失礼します」
え? 二人目? ま、まさか死んだと思われていたラオスか!?
俺は突然の展開に席を立ち上がりかけた程だ。
しかし違った。でも、ちょっと違う衝撃が俺を襲う。
夏休みに出会って以来、文通を続けていた少女が、なんとうちのクラスに足を踏み入れたのだ。
「シーダ・フォン・グローヴァです。よろしくお願い……します」




