神さま、諭す。
素直とワガママの境界線は、あやふやで難しい。
同じ願い事でも、相手によって、状況によって、捉え方が変わってしまう。
甘えるのって、難しいな。
ソレならいっその事、何も期待しない方が良いのではないか?
そう思ってしまう。
周りの要望に応えるだけの、誰かにとって都合の良い存在で居れば、何も考えなくて良い。
ソレが当然になれば、煩わしさなんて、感じない。
施設では、そうやって生きて来たのだ。
昔に戻るだけだ。
簡単な事だ。
そう、頭では理解している。
だが、他者に己のワガママを乞い願い、応えてくれた時の、あの言いようのない多幸感は、何モノにも替え難い。
また応えられるのが当然とばかりに命令してくるのではなく、心を許し頼ってくれた時の、心地の良い、ある種の重圧。
そして得られる達成感と、ソレを仲間と共有する快感。
その充足感を一度知ってしまうと、機械のように命じられるまま無感動に日々を過ごすのは、酷く困難のように思える。
旅は道連れだとアルベルトに言ったが、正直、俺の口からそんな言葉が出た事に、俺自身が驚いた。
魔物に襲われるリスクや一人で野宿をする厄介さではなく、気心の知れた‘’仲間‘’と呼べる人達と旅をする事の楽しさや、感情を共有する幸せを、知ってしまったから出た言葉だったのだと思う。
情ではあるが、憐憫や、同情ではない。
カノンやアルベルトが、俺に劣っているだなんて、思っていないもの。
霊力の総量や、手札は多いと自負をしている。
だが、それだけだ。
専門的な知識も無ければ、経験なんてゼロに等しい程に、とにかく無い。
施設の経験なんて活用出来ないし、地球の常識なんて通用しない。
長く生きている彼等に、敵うハズなど無いのだ。
自分が出来ない事を、たまたま俺が出来てしまうからと、アルベルトは気にし過ぎだ。
孤軍奮闘した所で、人一人が出来る事も範囲も、たかが知れている。
三人で旅をして来たからこそ、得られた経験は数多い。
アルベルトが居なければ出来なかった事だって、勿論ある。
俺の中でどれだけ大きな存在になっているのか、アルベルトは理解していないのだろう。
仲間として、友人として、大切に思っている。
……今回は俺の考えが足らなさ過ぎて、傷付けてしまったが。
関係の修復がはかれるのならば、もう一度話をさせて貰いたい。
カノンに対してなら、よりかけがえのない存在だと認識している。
なにせ、親友の子供だもの。
本当なら、蝶よ花よと可愛がり、掌中の珠として、大事に大事に育てたい。
何に怯える事も無く、害される心配も不用な、優しい世界に閉じ込めて置きたいとすら思う。
不自由が無い代わりに自由もない世界の窮屈さは、よく知っているから、しないけどね。
だってアリアもカノンも、そんな事を望んで居ないもの。
二人共、歳上としての矜恃があるしね。
ソコは大人を立てねばなるまい。
だが俺にも、譲りたくない物がある。
俺が‘’親友の子供‘’を甘やかしたいと思うように、特にカノンは保護をした子供である俺を、拾った大人の責任として甘やかしたいと思っている節がある。
その態度に救われた部分は確かにあるが、ソレではダメだと感じた。
何せ俺は、今まで失敗をして来なかった。
イヤ、全くして来なかったとは言えないよ。
直近で言うなら、アルベルトに対する態度なんかは、人間関係における気遣いの失敗例と言える。
このまま関係が俺の望む通りに修復が叶わないのであれば、失敗のまま終わり、俺の人生で初の取り返しのつかない失敗となるだろう。
周囲の気遣いと運の良さで、途中までは失敗と思えた事も、最終的にはどうにかこうにか形になって、振り返ってみれば良い思い出になっている。
俺の人生、そんな事ばかりなのだ。
豪運にも程がある。
人の縁に、凄く恵まれていると思う。
俺の気付かない所で、なんとかしてくれる人が居るんだもの。
最たるものは、‘’地球再生計画‘’だ。
この世界の神様が地球を拾い上げてくれなければ、カノンもアリアもこの世に生まれて来る事なく、両親揃って地球ごと消滅していた。
その神様の協力を得るため、時の精霊が奔走してくれていたそうだし。
有難い話だ。
お陰でこうして、俺もこの世界で生きている。
旅の道中でカノンとアルベルトに助けられた事は、数知れない。
街に入る時に、チップを渡す習慣があるか否かの区別は、未だにつかない。
買い物ひとつするにしても、暗黙の了解が分からない。
倒すべき魔物と、保全すべき魔物の分別がつかない。
自分の力がどれだけ並から外れているのか、その都度教えて貰ってようやく最近、理解し始めた。
だが甘やかされるが故に、先回りをして教えられては、身に付きにくいのが本音だ。
失敗しそうになっても、どうせ呆れながらも、また教えて貰えるだろうと自分で覚える事を放棄している部分が少なからずある。
ソレは、非常にマズイ。
自立出来ない大人の行く末なんて、ロクなものではない。
他者が居なければ、善悪の判断すら出来ない、道徳心の欠落した愚者が出来上がる。
施設では別に良いかと、自覚した上で享受していた。
なにせ俺には将来が無かったから。
終わりの日が、あらかじめ決められて居た。
その日その時楽しく楽して暮らせれば、ソレで良かった。
だが、この世界では違う。
生きる事を強要される日数は不確かで、死ななければならない日が定められていない。
未来があるのだ。
終わりが見えない将来が、俺にも訪れるのだ。
そうなると、生きるも死ぬも、その理由も意義も、他人任せにしていてはいけない。
モチロン、精霊の皆の為、自分の罪滅ぼしの為に生きると決めた誓いを、違える気は無い。
ただ、自由気ままにセカンドライフを楽しむにしても、自分勝手に行動するのではなく、ちゃんとこの世界のルールを学び、この世界に生きる人達を尊重し、迷惑をかけないようにしなければならない。
そんな当たり前の事に、やっと気付けた。
現御神が自分の願いを叶えるべく、自分本位に周囲を巻き込み暴走している姿を見て、ようやく気付いたのだ。
俺の行いは、たまたま運良く周囲に感謝される方向に向いただけで、現御神とやっている事と大して変わらんのではないか、と思ったのだ。
白樺の森の奥にある洞窟に、オーバーテクノロジーも甚だしい電磁マッサージ器を創ったり。
国が自然保護をしているデアの泉に、勝手に温泉宿を併設してしまったり。
天然の地下水路の流れを変えたりもしたな。
立ち入り禁止とされていた古代遺跡を、強引に解放させももした。
……まぁ、色々と暴走をしまくっているワケだ。
そりゃカノンも頭を抱え、アリアが日々対応に追われる事にもさ。
世界の理を変えるレベルの事も、してのけている。
そこら辺に転がっている、石ころ同然と思われている精霊石に価値を持たせようとしたり。
燼霊の力になる瘴気を中和する為に、ダンジョンの仕組みそのものを作り変えたりね。
精霊の皆からは許可を貰っているけれど、元人間とはいえ、精霊の皆は当然の話だが、今は人間では無い。
やはり感覚がズレている所がある。
彼等の良しは、人間にとって良くない事が、稀によくある。
誰かが許可をしたから。
誰も止めなかったから。
そんな言い訳を並べて、責任から逃れるのは、辞めにしなければならない。
アルベルトに大人の役割を押し付けたけれど、この世界では俺だってもう、立派な大人に該当する年齢なのだ。
施設で出来なかった甘える行為が許されるからと言って、寄りかかってばかり居たら、ソレは単なる依存にしかならない。
いずれ相手が潰れるか、逃げるか。
はたまた共依存の関係になって破綻するか。
満足のいく、誰に恥じる事もない人生を送りたいと願うのならば、そんな人間関係は構築するべきではない。
せっかく自分の人生を取り戻す、やり直しの機会が与えられたのだ。
自分に恥じるような生き方は、したくない。
身を呈して最善を尽くそうと動いていた、カノンやアリア、アルベルトに宰相閣下達を見ていて、つくづくそう思った。
だから、俺はこの世界で、周りの大人におんぶに抱っこ状態で過ごしていては、ダメだと思う。
同様に、俺の「スキル」に頼り過ぎられるような状態にするのも、良くない。
王都と合併する事で、いよいよ街は俺の手から離れる。
今までのように、街を創った責任があるからと、住民を甘やかし過ぎるような設備を整え過ぎてしまうのは、良くない。
皆がマジメだから、仕事が少ない、もっと仕事を寄越せと、せっつかれている状態になっているだけで、現状に慣れてしまい、当たり前になった時、今まで当然のようにして来た手間が面倒に感じてしまう。
楽な方に流されやすいのは、人間の性だもの。
堕落してしまえば、這い上がるのは難しい。
キッカケが与えられたのだ。
そうなる前に、産業における俺からの過度の恩恵は無くすべきだ。
嫌味に聞こえないように、また俺の考えが不足なく伝わるように、カノンやアルベルトと離れるべきだと思った理由を説明をした。
精霊の守護する土地の目印になる楔を打ち込む為の旅は、どれだけの危険が伴うか分からないので、ソコははぐらかせて貰った。
なにせまず、楔の材料となる素材の採集からしなければならない。
火の精霊の場合なら、火山の中に行く必要がある。
無事に採取したら、霊力を込めまくってから、移動先の地脈点に設置する。
各属性、全てその繰り返しだ。
世界中を回る事になるから、時の精霊の力を借りてパッと移動を使ったとしても、年単位の時間がかかる。
そんな長期間、やりたい事や、やらなければならない事がある人達を、俺の都合で拘束するのは心苦しい。
ちょっと前なら、結果として世界の為になるんだから、お前等の都合なんざ知ったこっちゃねぇ! とも言えたのだが。
個人を尊重しようと思えるようになったのは、俺なりの進歩だと思う。
相変わらず、どうでも良い相手に対してならそう思うが。
出来れば、俺の意思を尊重して欲しいし、同時にカノン達には、自分を大切にして欲しい。
「……俺は…………」
目を瞑って、静かに俺の話を聞いていたカノンは、通りの良い声で、結論を口にした。




