神さま、穴を開ける。
「力抜いて〜……はい、おしまい」
「え、もう終わったのですか?」
「うん。
あとは開けたこの穴に、その棒の部分を通して、後ろをキャッチで止めて……
うんうん、似合うじゃん。
ホレ、可愛いだろ?
開けて良かっただろ??」
ピアスが通る程度のごくごく小さい穴を、風精霊術で耳たぶに開けた。
ソレとほぼ同時に、穴が塞がらない程度の治癒術を施す。
良い具合に皮膚が張るように微調節をしたつもりだったが、上手くいったようだ。
言葉から、痛みが無かった事が伺える。
血も出ていないし、シッカリと穴は皮膚で覆われ上皮化しただろう。
一瞬の事なので、耳元でパチンと小さな破裂音が響いた以外は、穴を開けたと自覚出来るような現象は、起きていない。
そのふたつだって、不快感を感じる程のモノではない。
カノンが睨んで来るが、どう見てもケガっぽくないだろ!?
小さい、赤い窪みがある程度のものだ。
寝不足によりおデコに出来ているニキビの方が、余程目立つ。
先程のアリアのセリフからも分かる通り、苦痛のくの字すら与えなかった。
だから、睨むなってぇの!!
ピアスを開ける時、冷やすと痛みが減ると言うが、実際はそんな事はない。
痛覚が無くなる程に冷やすとなると、凍傷を起こしてしまいかねないので、辞めた方が良い。
しかも、肉が固くなって針が通りにくくなり、失敗する恐れもある。
また時間経過によって血流が良くなったら、傷口から勢い良く血が流れ出してしまう。
ジンジンどくどくと脈打つ度に、痛みが強くなるような錯覚をする人も居る。
何より、服が汚れる。
なのでピアッサーで開ける時なんかは、消毒を含めたケアにだけ気を付けて、ある程度の痛みや手間は仕方が無いと、受け入れるしかないね。
ゆっくり穴を開けるより、思い切って一気に開けた方が真っ直ぐ針が入るから、その分傷が小さくなって痛みも少なくなるし。
微々たる差だけど。
ソレを考えると、治癒術は便利だな。
イメージした通り、穴を塞ぐのではなく、ファーストピアスで固定せずとも、ピアスホールが出来上がる。
穴の消毒を毎日チマチマしなくて良いし、経過観察も必要無い。
チタン処理したスタッドを使わなくても、金属アレルギーの心配が要らない。
素晴らしいね。
金属アレルギーの原理は、他のアレルギーと同様、免疫機能のアレルゲンへの過剰反応だ。
腸に主にあるという免疫グロブリンの一種であるlgAのお仲間である、lgEが関係している。
アレルゲンが体内に入ってくると、マスト細胞からヒスタミンやロイコトリエンのような化学物質を放出する役割を担っているタンパク質だ。
イオン化しやすい金属が汗をかいた状態の皮膚と接触し、タンパク質と結合する。
皮膚表面の無害なタンパク質は、アレルゲンとなるタンパク質へと変質する。
するとlgEが免疫反応を起こして、皮膚炎なんかを起こしてしまう。
水銀、ニッケル、コバルト、クロム、パラジウム、スズ、亜鉛、銅なんかが、原因金属としては有名かな。
イオン化しにくい、チタン・プラチナ・金・銀のような金属を使用すれば、その心配は減る。
減るだけで、純度一〇〇%の金属は存在しないので、リスクはゼロには出来ない。
イヤ、「スキル」でなら純度一〇〇%の金属も作れるよ。
だが結局、装飾品には向かない。
純度が高過ぎると、柔らくなってしまうからね。
そして硬度を出す為に混ぜられる主な金属は、イオン化しやすい金属が多いんだよね。
ままならないものだ。
メッキと違い、純度の高い金は高貴な気品が感じられる輝きを放つ。
王族のアリアとカノンには、さぞかし似合うだろう。
そう思いピアスの金属部分をゴールドにしたのだが、やはりピッタリだったね。
髪色の黒と金の組み合わせだと、仏壇を彷彿とさせる色味ではあるが、そのネタが通じるのは俺だけだし。
誰も気にしない。
アリアは銅を混ぜたピンクゴールド。
カノンは銀を混ぜたグリーンゴールドが似合うだろうと思い、それぞれ用意した。
俺とアルベルトは無難に、白色化させたホワイトゴールドだ。
精霊石の色味がどんな物でもケンカしないからね。
全て十八Kにしてある。
硬さと美しさのバランスが良いのは、十八Kだからね。
面倒臭いので‘’金の割合を七五%程度にした硬い合金。アレルギー反応を起こさないと嬉しいな‘’と指定した金属を「スキル」で創り出した。
この世界では、具体的に示せない部分を霊力が適当に補ってくれるから、楽で良いね。
金や銀は霊力の通りが良いそうだ。
今の杖は聖木が主体となっているが、杖や紋様具を作る時の部品なんかに使うと良いかもな。
だが銀はくすみやすく、手入れが定期的に必要になる。
結構な割合で混ぜ物をしないといけないし。
そういう意味でも、今回は金にしておいたのだ。
時の精霊との相性も良いそうだし。
精霊や精霊石によっては、銀の方が相性が良い場合があるんだって。
もし作り直す機会があれば、アルベルトの得意属性である地の精霊は、金よりも銀との相性が良いそうだから、精霊石の土台に銀を使おう。
今回は「スキル」で創ったが、手先が器用な人なら、地金に術式を刻む事も出来るだろう。
冒険者の実力底上げに、装飾品を活用しても良いかもしれない。
一般化すれば、今は物珍しそうに見られる事もあるだろうが、そのうちソレが普通になり、皆慣れる。
職人はまだ育たないかな。
工房の区域がどうなっているのか、今度覗いてみよう。
限りなく純度の高い銀をブリタニアシルバーと称し特別扱いしていたが、やはりコチラも硬度が低い。
一般流通をさせるのであれば、金よりも銀の方が産出量が多いそうだし、重宝される水の精霊も銀との相性が良い。
銀の含有率が九二.五%の、スターリングシルバーを基本にしておくのが無難だろう。
銀の割り金素材としてよく選ばれるのは銅になる。
しけし銅は金属アレルギーを起こしやすい素材だ。
鉛だと脆くなるし、アルミニウムでは柔らかすぎる。
この世界にしかない金属もあるのだし、適切な割り金探しは職人に丸投げかな。
長い事アリアが霊力を込め続けていた方陣に溜まっていた霊力は、今回の騒動でアリアの即死回避に一回、カノンの即死回避と延命に大半が消費されてしまった。
最下層の方陣は壊れて居ないので、再利用しようと思えば出来る。
だが即死回避出来るだけの霊力は、残っていない。
アリアから可能ならば王都の位置を変えたいと希望を聞いていたので、時の精霊と相談して、俺が「スキル」て即死回避効果のあるピアスを作り、ソコに方陣に残っていた霊力と、オマケで俺の霊力を込めた。
コレで今この瞬間死んだとしても、自動で復活出来る。
肉体に埋め込んで、霊力を込め続ければ、残機が増える仕様になっている。
……ハズ。
巻き戻る時間の幅が広くなるのか、回数が増えるのかが、実験のしようがないのでちょっと分からないんだよね。
俺の耳に付いているピアスが試作品で、三人のピアスは後から創ったものだ。
想像した効果がより反映されているのは、後から創ったモノになるので、三人のピアスは回数が増える仕様だと思いたい。
一番良いのは当然、死なない事だけどね。
常に身に付けて置けて、肉体を貫通させておける、となったらピアスが一番楽じゃない?
目立たないようにボディピアスにする事も考えたけど、へそピにして、今回のアリアみたいに胴体に風穴を開けられてしまったら、ピアスの効果が発動出来ないし。
人間、頭を本能的に守ろうとするから、首から上に装着するのが望ましい。
そうなった時、瞼では視界の妨げになる恐れがあるし、鼻は風邪をひいたら外す必要が出てくる。
唇や舌は食事の際に邪魔になる。
無難なのが、耳たぶになるのだよ。
軟骨はキャッチが外れやすいからね。
そう説明しても、頑なにカノンは首を縦に降らなかった。
アリアは身体に穴を開ける事を、特に問題視して居ないのに。
なので、違う方からアプローチをしてみた。
「きっとこのピアス、アリアに似合うよ。
可愛いよ〜、魅力がアップするよ〜」
そう訴えて、ようやく許可が出た。
デザイン性のある仕様にしておいて良かったと、心底思った。
アリアのは中心に黒水晶を置き、コーラルやレッドアンバーのような、活力を与える赤い精霊石を花弁に見立てたデザインにした。
因みに、本当はガーネットのように透明度の高い、紅色の精霊石を使う予定だったのだが、『いい加減姪孫を拝みたい』と言う、地の精霊の希望によって子孫繁栄・子宝成就の意味を持つ石に変更された。
ヘタをしたら、ハラスメント認定されるぞ。
本人はデザインも色合いも気に入ったようで、鏡を覗いてはニコニコといい笑顔になっている。
遥か歳上の女性に言う事では無いかもしれないが、確かに可愛い。
思った瞬間、背筋に悪寒が走ったので、その感情は蓋を閉めて鎖でグルグル巻にした上、鍵を何十個と掛けて厳重に心の奥底へと沈めた。
そもそも、カノンと義兄弟になるつもりも、かつての親友を義両親にするつもりも毛頭ない。
だから呪われそうな視線を、俺に送るな。
このシスコンめ。
俺含め野郎共は、そんなデザインに凝る必要は無いだろう。
シンプルに、中央にそれぞれの属性石、その周囲に小さな精霊石をあしらった物になる。
カノンなら緑のマラカイト。
アルベルトは橙のルチルクォーツ。
俺は特別得手不得手が無いので虹色のオパールだ。
小さな精霊石は、増幅効果のある水晶ね。
「俺も……もらって、いいのか?」
カノンは刻まれている術式の解読に忙しそうなので、先にアルベルトの耳に穴を開けるかと言う話をしたら、そう返された。
何故わざわざ聞く?
ダメだったら、そもそも用意してないって話である。
旅をしている間も今回も、ずっと足でまといになっている事を気にしているようだ。
自分には受け取る資格が無い。
そう思っているみたい。
今回もカノンに助けられているんだもんね。
クサるなよ、と言ってもムリだよなぁ。
男のプライドの話だろうし。
「むしろ、アルベルトにこそ受け取って欲しいんだけど。
この中で、一番死ぬ確率高いのって、お前じゃん」
「う”っ」
許可を得ずに開けるのはどうかとも思うが、ウジウジしているヤツに構っている、時間が惜しい。
パチンっと軽い音を立てピアスホールを作ると同時に、プスリとピアスを通してしまった。
ホイ、コレでお前のモンだぞ。
「霊力吸い上げられる感覚はする?」
「……しない」
「んじゃ、少なくともそのピアスを着けるに値するだけの霊力はあるって事だよ。
悔しいなら、実力を付けな。
俺やカノンは生まれながらのチート要素はあるにしても、今の強さを手に入れる為の、相応の努力はしている。
んで、凡人がその領域に辿り着くには、並大抵の鍛錬じゃ足りない。
ソレを覚悟した上で、俺らに付いてくるって言ったんじゃなかったのか?」
「…………」
えぇい、黙るな!
沈黙は金とは言うけれど、ソレは時と場合によるぞ!!
不貞腐れているようにしか見えなければ、相手の反感を買う。
ヘタな御託を並べられるよりは幾分かマシかもしれないが、そんなもん、目くそ鼻くそでしかない。
「少なくとも、俺はアルベルトのような顔の広さを持っていない。
この世界の常識が無いし、助けられた事は多い。
旅は道連れ世は情けって言葉が、俺が居た星にはある。
旅をするなら、相互扶助は基本だろ。
気にするなと言われても、お前が気になるなら仕方が無い。
心の折り合いは自分で付けるしかないからな。
でも、アルベルトが思っている以上に、俺はお前に助けられたと思っているし、お前を足でまといだと感じた事は無い」
実際、俺やカノンと単純な強さを比較するなら、アルベルトの実力は、俺達に遠く及ばない。
増えた霊力を持て余しているし、若返った肉体にまだ戸惑っている。
だが少しでも早く慣れる為に、努力をしている事を知っている。
まだ、追い付いていないだけだ。
モチロン、アルベルトが努力している最中も、俺やカノンは先に進む。
強くなる事に貪欲なワケではないが、それぞれ生きる理由と目的がある。
そしてその為に、より強くなるべきだと考えている。
差を少しでも縮ませたいと考えていて、今以上に開かせたくないのなら、アルベルトには落ち込んで堕落しているヒマは無い。
諦めるのなら、早い方が精神衛生上良いとは思う。
ソレが今日、この時だとしても、ピアスは餞別に渡す。
まぁ、そうなったら……少し、残念ではある、かな。
俺の隣に並んでくれようとしてくれる人が、また減ったな。
その程度にしか思わないが。
とは言え、今迄のその手の最初だけ大見得張っていた有象無象と違って、アルベルトには命を救われた大恩がある。
また、霊力を爆増させてしまった影響で、彼は恐らく他の人達よりも、かなりの長命になっている。
その責任を取る為に、何年かに一度は顔を見せるべきだろう。
縁を切る程の事はしていないのだ。
それ位はしてやらなければ、恐らく、永い時間を過ごす事が辛くなる。
孤独は、辛いからね。
独りでは無いのだと、分からせてやる位は、してやらねば。




