神さま、完食する。
意を決してレンゲを模したサジで濁ったスープをすくい、口に含む。
意外な事に、魚介や鶏ガラから取ったダシのお陰か、思っていたよりも、クドさを感じさせない。
やはり、魚介ダシも入れて良かった。
豚骨から溶け出したゼラチンによる、濃厚でまろやかな味わい。
豚骨ダシだけでは、下処理をしたとしても獣臭くコッテリとし過ぎてしまい、苦手な人が出た事だろう。
更に焦がしニンニクの香ばしさによって、獣脂の臭いへの嫌悪感は薄れている。
むしろ複雑化した芳醇な香りは、ヨダレによって溺れそうになる程に、唾液で口をいっぱいにしてくる。
梅干しなんて、目じゃないね。
メインとなる麺を食べる前から、匂いの暴力に打ちのめされそうになる。
食欲をそそるネギや生姜のような香味野菜によって、風味豊かに仕上げられたスープは、最初のとりあえずで口した分だけでは満足出来ず、グビグビと、つい飲み干したくなってしまう。
それ程に、旨味が凝縮されている。
脳内麻薬でも出てるんじゃないかと、疑うレベルの多幸感。
醤油の熟成が進んでいれば、もっと旨み成分が増えて、更に美味しかったのかと思うと、悔やまれる。
醤油の醸造所、増やそうかな。
醤油も味噌も、発酵して熟成されればされる程、アミノ酸が増えて旨味が増すからね。
かつて日本で造られていたお醤油は、もろみの状態で寝かせて麹菌が時間をかけてゆっくりと成熟され、物によっては三〇〇種類を超える旨み成分が含まれていたとか。
年単位の時間をかけて造るのだもの。
凄い手間暇が掛かっていただろうね。
そんな醤油を知ってしまった日には、情報を処理しきれなくて、脳ミソの機能が停止してしまいそうだ。
そんなお醤油にしても味噌にしても、江戸の時代でも出来たそうだ。
なら、この世界でも出来ると思うんだよね。
街を拡張しなければならないのだから、コレを機に、酒や調味料の醸造所のエリアを造ろう。
大規模なヤツ。
せっかく良質な果物が穫れるのに、自分達でそのまま消費するか、干すかしか出来ないなんて、勿体ないじゃない。
蒸留酒を造ってフルーツリキュールを作れば、デザートの種類も増えるし。
あぁ、砂糖の安定生産が出来るようになれば、ジャムにも加工したいな。
製糖過程で出来る廃糖蜜を使ってホワイトリカーを作れば、果実酒も簡単に作れるようになる。
出来てまだ半年の街だ。
そんなアレもコレも取り掛かれないのは分かっている。
まぁ、人手不足の解消は、王都からの避難者達のお陰で解消出来そうだし。
何事も少しずつ、だよな。
俺が二十歳になるまで出来たら良いな、位の気持ちでいよう。
とりあえず今は麺が伸びないうちに、人生初のラーメンを堪能しなければ。
素材に失礼だからね。
コレがラーメンとして正解なのかは分からないけど、美味しいから料理としては大正解だ。
パスタやピッツォッケリみたいにフォークで食べるのではなく、箸で持ち、行儀悪く音を出して啜って食べると言う新感覚。
ズズっと啜る事で、重曹で茹でる事によってモチモチとした食感に変わったスパゲッティが、冷める事なくダイレクトに口の中に入ってくる。
しかも勢いがあるから、麺に絡んだスープは器に落ちる間もなく重力に抵抗し、味蕾を無遠慮にこれでもかって位に刺激してくる。
トロトロのチャーシューは脂と豚の赤身肉、二つの違うベクトルの旨味と甘さが凝縮されている。
噛まなくても口の中で解けて混ざり合い、この時間には重いハズの塊肉を、秒で消費してしまう。
ザクザク食感の野菜は舌休めだ。
野菜本来の甘さが、暴力的な塩味と旨味で疲弊した口の中を、優しく癒してくれる。
その後にスープ! 麺!! 肉!!! と続くと、もう、永久機関の完成である。
追加のパスタを誰か持って来い。
替え玉が欲しい。
やっぱ一人でコッソリ食べるべきだったか……
イヤ、作っている途中の匂いでバレたのだ。
コッソリはムリだな。
でも、せめて自分の量を多く確保しておけば良かった。
お腹はいっぱいなのに、まだ食べたい。
鍋に入っていたスープは全部使い果たしたし、器の分も最後の一滴まで飲んでしまったので、食べようが無いのだが。
やべぇ、コレ絶対クセになる。
糖尿病まっしぐらじゃん。
……明日以降は、絶対腹が減る前に寝るぞ。
糖尿病は合併症が怖いからな。
目が見えなくなったり、足が無くなったりしたら、せっかくのセカンドライフを、心から楽しめなくなってしまう。
健康は大事。
ラジオ体操でも始めるべきだろうか。
「すごい……
これ、しゅごい……」
「まずいね……
ううん、ちがうの、おいしいのよ。
なんだけど、まずいのよ……」
「これは……素晴らしい」
「確かに美味いな」
「パスタにこんな食べ方があったんだな。
おいしい」
「………………」
皆、語彙力が消失してる。
もしくは言葉そのものが失せている。
特に清貧という名のケチを強要されていた教会組二人は、なんと、泣きながら食べている。
涙と鼻水で、更に濃い味になってしまいそうだ。
ばっちいから辞めてくれ。
カノンやアルベルトは、俺やテルモが作った料理を食べている分、旨味に慣れている。
街に住んでる人達も、サージが作った食事なり、学校で振る舞われる食事に慣れただろう。
なのでゴルカさんも含め、三人は和気あいあいと感想を言いながら食べている。
すするのはコツがいるからか、カノンはサジの中にミニラーメンを作って食べていた。
几帳面な性格が、ラーメン食べるだけで現れるってスゲェな。
下茹して旨味から栄養から溶け出てしまった材料を使った食事を当たり前のように食べていた人達には、刺激が強過ぎるのだろう。
箸やフォークを落としたまま固まった後、再起動した順にガッつくように貪り始めた。
アリアと宰相閣下は、お上品にカノンをマネて、ミニラーメンを忙しなく作っては口に運んでいる。
夢中になって、美味しそうに食べてる様子を見るのは嬉しい。
けどさ。
感想を……感想を頂戴……っ!
もっとこうして欲しいとか、ああだったら好みだとか、そういう意見が無いと、改善のしようが無いじゃない!!
ご意見・ご感想をプリーズ!!!
少量のスープを残す程度はあったものの、全員が野菜の欠片すら残さず完食してくれた。
お粗末様でした。
地の精霊が料理を好きな理由のひとつに、この光景を見るのが快感だからだと言っていたが、確かにコレはクセになりそうだ。
自己肯定感が爆上がる。
「この料理をもう一度食べられるなら、どんな困難でもしてみせようって気になりますね……」
「邪神に魂を売って手に入れたのではありませんか?
こんな美味しいものがこの世にあるだなんて、今でも信じられません」
「集団幻覚でも見せられたのではないかと、疑いたくなりますよね……」
余韻に浸りながら、褒め言葉なのかなんなのか、イマイチ判断し辛い感想を述べられた。
それ位なら、もっと素直に「美味しい」の一言だけで良かったよ。
「今朝のお食事もそうでしたが、明……ジューダス様が作られたお料理は、とても美味ですね。
お兄様が作られた料理こそ至上だと思っておりましたが……馥郁たる芳醇な香りといい、味覚を楽しませる舌触りといい、全てにおいて極上でした。
ご馳走様です」
アリアは途中、俺の名を言い直した時こそ冷静だったが、その後は夢見心地に浸ってしまったようだ。
ほぅ、と頬を上気させて、瞳を潤ませ感想と共に感嘆の溜息を吐いた。
言葉を聞かずに仕草だけ見れば、その様子はまるで恋する乙女のようだ。
満足していただけたなら、何よりだ。
何より、なのだけど……
あの〜?
もしもし??
カノンさん???
能面みたいな顔から、どキツイ歯ぎしりが聞こえるんだけど。
歯欠けてない?????




