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神さま、取り決める。

 声を失う程の感動を覚えたのは、いつだったかな。


 死を受け入れて、でもこの世界で目覚めて。


 初めて見た、遥か水平線まで伸びる太陽の光が水面を反射する輝きとか、手を伸ばしても掴む事の出来ない星が瞬く空の高さとか。


 そう言った話には聞いていた、本の中の世界にしか無かった、しかしこの世界には当たり前にあるものに、涙が滲む程に感激した。


 あと、魔物や精霊術みたいな、地球では想像物でしか無かった物に触れた時も、いたく感動した。



 自分の中にはない体験をした時に、人は心を動かすのだろう。



 サンドイッチ(オッフラ)ベイクドチーズケーキ(セルニック)のようなものだと言ったのが、逆に良くなかったかな。

 全く未知の物を食えと勧められるより、どんなものか、概要だけでも分かっていた方が手に取りやすいと思って気を利かせたつもりだったのだが。


 この場にいる、並んでいるケーキを既に食べた事がある面々以外、全員が固まっている。


 不味かったのではない。

 涙を流して震えているので、表情を見ても、単に感動しているのだと思う。



 恐る恐ると言った感じで一口、口に運び、目を見開き、口を抑え、でもキチンと咀嚼だけはシッカリして、飲み下した後から、動かない。


 感動しすぎると、脳の処理能力って落ちるよね。


 もしくは自分の知っているサンドイッチ(オッフラ)ベイクドチーズケーキ(セルニック)じゃない! ってなってしまったのかも。

 そのせいで、ある種の混乱状況に陥ってしまったのだろう。



 ある程度の美味しさへの感動なら、もっと欲しいと欲求が勝って暴食に走るだろう。

 だが、誰一人としてそうしない。


 今飲み込んだ、味わった事のないケーキの、その全てを理解しようと、処理落ちした脳ミソが、再起動してフル回転しているんだろうな。



 最初に復活したのは、フリアンくんだ。


「なに、これ……

 すっごく美味しくって、濃くって、甘いのに酸っぱくて、パンが柔らかくて……」



 彼が食べたのは、いちご(フラーグ)のフルーツサンドだ。


 確かに苺の甘酸っぱさと、クリームチーズも少し入れた生クリームの濃厚さ。

 ソレを挟んだ食パンの滑らかな柔らかさって、初めて食べると衝撃的だよね。


 特にこの世界では、パンは保存のために固く焼かれるし、保存が効かないから生クリーム、しかもホイップされた状態で食べる機会なんて無かっただろう。


 いちご(フラーグ)も酸味が強く小さい物しか出回っていない。


 何より、お砂糖がたんまり入っているからね。

 脳汁出まくりだろうねぇ。



 そんな中、少ない語彙力で解説してくれてありがとう。

 どこに感動したか聞きたかったけど、とりあえず全部が気に入ったのね。



 次に何を食べようか悩んでいるのか、両手が机の上をウロいている。


 同じいちご(フラーグ)のフルーツサンドを食べるか、別の果物が挟まっているものにしようか。

 はたまた全く別のケーキにしようか……


 目の輝き方からして、山とあるケーキに興奮しているのが分かる。



 口を開けるのが勿体ない、と言わんばかりに、他の大人連中は首を縦に振って、フリアンくんの言葉を肯定する。


 そして同じように次に何を食べるか、悩んでコアリクイの威嚇ポーズを皆してしている。


 ……全部食べられないように、一種類も食べ逃さないように、お互いを牽制しているのだと思えば、間違っちゃいないか。



「作り手冥利に尽きるね」


「――本当にね」


 そう肯定するのは、ケーキ作りを手伝ってくれた……訂正。

 メインで作ってくれた地の精霊(テルモ)だ。


 彼もこの場に同席している。


 正体は混乱させるといけないので、明かしていない。

 当たり前のように座っているので、誰もツッコミが入れられないまま、進行している。



 創った素体が馴染んで、肉体アリかナシか自由に切り替えられるようになったようで、今は任意のタイミングで顕現出来る。


 料理好きな上、食堂を任されていた彼なら、施設で滅多に作られることのなかった、ケーキや菓子類でも作った経験があると思って相談したのだ。


 シロウトが簡単に作れるような物では無いと思ったし。

 実際、そうだったし。



 施設内でデータ化された書籍を管理したり、施設の統括を担っていたマザーコンピュータを『知識』と読んでいるのだが、俺はいつでも、そこにアクセス出来る。

 脳にちょっと特殊な手術を施されたのと、俺の「スキル」の併せ技によるものなのだが……仕組みはどうでもいい。


 マザーコンピュータもこの世界に来ているようで、今も地球にいた頃と変わらず『知識』を利用出来る。



 その管理されていた書籍には、当然、レシピ本なんかもあるワケだ。

 書き起すことなんて簡単だし、なんなら「スキル」で本そのものを創り出す事も出来る。



 ただその手のレシピ本ってさ、例えばスポンジケーキを焼く時に使うスポンジ型があること前提で書かれているじゃない。

 その上持っているのが五号のサイズなのに、レシピに書いてあるのが六号用の材料でした。

 な〜んて言ったらムキーッ! ってなるじゃん。


 や、一号違うってことは、直径で三cm違うという事だ。

 型の高さはほぼ同じなのだから、元の材料を一.四四倍にすれば良いってことは、アタマでは分かるよ。


 だけどさ、初めて作るのに意気込んでるいたのに、そんな道具を用意する時点で躓いたら、やる気なんて一気に無くなるって。



 その上、どこから湯煎するためのお湯が沸いて出てきたんだよ、とか。

 オーブン予熱しておけってどこに書いてあったよ、とか。


 そう言う細々とした事を言い出したら、ホントキリがない。



 ストレスと怨念の篭ったケーキなんて、食べたくないじゃないか。

 俺は食いたくない。


 ……というワケで、助っ人として呼んだら、ほぼ全部してくれた。


 俺だってちゃんと手伝ったよ。

 味見は大事だろ。



 幸せで作られたような味だと大絶賛され、綻んだ顔を見て、地の精霊(テルモ)も満更ではないようだし、助けを求めて良かった。


 俺の最大の功績は、サッサと自力で作るのを諦めて、料理上手な地の精霊(テルモ)に助けを求めた事だね!

 グッジョブ!!

 俺!!!



 〇.〇一gでも誤差があると、仕上がりにムラが出来てしまうような世界だそうで、適当が服着て歩いているような俺では、最初から作るのは無謀な挑戦だった、という事だ。



 というワケで、この量を一人で作るのは流石に大変だと言うので、アシスタントに呼んだのが、カノンだ。

 意外でもなんでも無いけれど、カノンもスイーツ作りが上手なんだよね。


 回復薬を作るのだって、それぞれの薬品の量の誤差が、限りなく〇に近くなければいけないからさ。

 そういうの、得意なんだよね。



 しかもその上神経質だし。

 ケーキを作るために生まれてきたようなヤツなのだ。


 だって薄力粉振るってる時にクシャミしたら、キッチンから追い出されたもん。

 そりゃそうか。



 卵白と卵黄を一緒に泡立てる共立てには、ハンドミキサーが不可欠だろうと、ソレをワイロに入室の許可を得た。


 ボウルを押さえたり、オーブンの扉を開閉したり、直接食材を触らない・近付かないようなお手伝いはなら、俺もやったよ。



 地の精霊(テルモ)とカノンは、伯父と甥の関係だ。


 身内で存命な人物が少ないのだから、こういう形でも交流を持つ機会があるのは良い事だろう。

 そう思って俺は大人しく、初心者に陥りがちなミスがどこに転がっているか、レシピ本に注釈を入れながら、温かい目で見守ったよ。


 いい歳した野郎二人の馴れ合い方法が、お菓子作りと言うのがなんともしょっぱい気持ちになるが。

 しょっぱい通り越して、薄ら寒い光景を何度か見せ付けられたが。



 ハンドミキサーを使った事が無い上、加減が分からないカノンがビーター――食材を混ぜ合わせる羽の部分――をボウルの底に押し付けてしまって、生クリームが飛び散ってしまったのだ。


 大変だと言って、顔に飛んだクリームを、両手が塞がっているからって舐めとったんだぞ。

 地の精霊(テルモ)の野郎。


 赤面すんなよ、カノンもさぁ!



 その上アイシングクッキーを作るのに、キャッキャウフフと「失敗しちゃったぁ」とか「愛情がこもっていれば問題ないよ!」なんて会話が繰り広げられるんだぞ。


 約三〇〇歳と余裕で(いい)ソレを超えた年齢(歳した)のオッサン二人の間で。



 お菓子をキレイに形成するために切り取られた端っこの部分を、味見と称して食べてたんだけどさ。

 味覚は美味しいと感じるのに、視界に映る光景が美味しくなかった。


 俺、腐ってたら空気ごと味わえたのに。

 誠に残念でありました。



 そんな精神的な苦労も知らずに、お茶を大量消費しつつ、並べたケーキを皆で全部食べ切っちゃったよ。

 すんげぇね。


 総カロリー数を計算するのが怖い。



 ゴルカさんは、途中から胃もたれが気になったのか、お茶しか飲んでいなかったけれど。

 生クリームもカスタードも、歳を重ねていると重いようだ。


 そうじゃなくても、甘いものが得意じゃないと、いくら美味しいと思っても、少量しか入らない場合もある。

 カノンはそのタイプ。

 

 甘いものも好きだけれど、量は入らない、なんてパターンもあるようだ。

 アルベルトがそのタイプだった。



 ヌリアさんとフリアンくんは、途中から半分こにしてお互いに交換して食べていた。


 全種類食べたいけれど、お腹の容量的に厳しいから、とヌリアさんが残念そうに言っていた。


 フリアンくんは全種食べたあと、気に入った物をまた追加で食べていた。

 最終的に皿に残ったケーキを食べ切ったのも、彼である。


 若者って凄い。



 当日雨が降らないのは、方陣のお陰で確定した。

 そのため公園のような開けた場所で、参加も退席も自由な、立食形式にする事が決定した。


 ならば色んな料理を一口サイズで用意するのが無難だろう。

 料理人は大変だけれど、そう言うおもてなしをする機会はコレから増える事が予想される。


 今回なら、カノンや地の精霊(テルモ)のような臨時の助っ人が呼べる。

 今のうちに、大変な事は経験しておくべきだろう。


 俺も給仕位なら手伝えるし。



 フィンガーフードと言えば、やはりカナッペやピンチョスだろうか。


 ピンチョスの方が見栄えが良いし、手が汚れずに済むが、その分串の部分のゴミが問題か。

 ポイ捨てされた所に、運悪く子供が転んでケガでもしたら大変だ。


 民度が分からない以上、今回は食事はカナッペやサンドイッチだけにしておくべきかな。


 デザートは人気の高かったフルーツサンドとベイクドチーズケーキだね。

 やはり食べ慣れ見慣れている物に近いと、食が進むらしい。


 スフレは、あの口の中で解ける頼りない感じが男性陣に不人気だった。

 美味しいけれど、他の物に比べたらやや劣る感じだった。

 なので今回は辞めておく。



 量が多くて食べ切れなかったり、手に取ったは良いけれど好みの味じゃなかったりして、捨てられてしまったら大変だからね。

 そういう意味で、立食形式なのは有難い。


 食品廃棄のリスクは減らしたいもの。



 スライムが処理してくれるとは言え、参加の見込み人数が多いのだから、会場も相応の広さになる。

 スライム一匹だけでは、量も範囲も対応するのは難しい。



 フリアンくんの報告書に、一匹での警邏は、揉め事が複数件あった時に対処しきれなくなる場合があるとあった。

 コレを機に、もう一匹増やしても良いかもしれない。


 人工的に創り出した魔物がどんなものか、経過観察をしていた部分もあるのだが、野生のスライムと違って、どれだけ食べても分裂しないようだし。

 うん、色違いで創るか。


 一号が水色だから、二号は反対色にしたら見分けが付きやすくて良いよね。

 ピンクかオレンジがいいかな。


 ゼリーを作った時に、美味しそうと言われないような色味にしなくちゃ。

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