神さま、驚く。
燼霊の元へ向かうにあたり、万が一があってはいけない。
身を守る術を持たない人は、下がっているべきだ。
忠告に素直に下がったのは、アリアと宰相閣下。
迷ったのはアルベルト。
好奇心の赴くままに、前に出ようとしたのがレイラで、ソレを止めようとしているのがフィブレスだ。
自己肯定も、行き過ぎると自分の身を破滅に導く。
過ぎたるは及ばざるが如しとは、よく言ったモノだ。
何事もソコソコ程度で留めておいた方が良いと体現してくれる、見本みたいなヤツだな。
そもそも、王家からお願い事をされたとは言え、二人は今はまだ、国王暗殺未遂に関与している容疑者である。
無罪なり減刑なりを申し渡しされるまでは、精霊教会王都支店所属の教徒は皆、被疑者だ。
あまり勝手な行動を取ってしまうと、更生の余地無しとして、そのまま死刑台に送られてしまうぞ。
そして無事にフィブレスの説得によってレイラが落ち着いた頃、死の淵から生還し上半身を起こしたのが、カノンである。
治癒術によって、酷く体力を消耗しているだろうに。
大人しく寝ておけば良いのに、好奇心に負けたか。
レイラと同類かよ。
「スキル」で血液も創ったから、貧血になっている事は無さそうだ。
顔色も良いし、傷跡部分がハゲてる事もない。
すっかり元通りだ。
「具合はどう?」
「……顔の、右半分の感覚がおかしい」
「ありゃ、治しそびれた所でもあった?」
元々の筋繊維の太さが分からなかったから、左の表情筋を参考に形成したのだけれど。
それではやはりダメだったか。
左右で全く同じ筋肉の使い方をするなんて事は、有り得ないもんね。
慣れるまでは、違和感を覚えるんだろうなぁ。
普段から片眉だけ上げたり、片方の口の端をニヒルに上げたりしているのが悪い。
皮膚の定着が上手くいかなかった可能性も、一応はあるか。
どれどれと、顔を覗き込んでみる。
「…………アリア〜……」
「……っ!?
どうかなさったので……あはははははは!」
呼ばれて慌てて駆け寄り、俺と同じようにカノンの顔を窺い見たアリアは、戸惑うではなく笑い出した。
しかも指をさして。
目尻に涙まで浮かべて。
さっきまでの緊張感が漂う空気では、予断は許されず、気を抜けばどうなるか分からない。
そんな雰囲気に場が支配されていた為、心身共に強ばっていた。
それが想像して居なかった事象が目の前に現れて、緊張の糸がプツリと切れてしまったのだろう。
まさかソレが、笑いという形になって現れるとは、思わなかったが
いつもなら、花をも恥じらう儚げな雰囲気をまとう最愛の妹が、自分の顔を見て大爆笑をかますなんて、夢にも思わなかったのだろう。
カノンが過去一で、ダメージを被っている。
ド頭に風穴が相手も復活を遂げた賢者様が、妹の笑い声によって殺されかけている。
とってもシュールだね。
自分の顔をペタペタと触るも、なぜ笑われて居るのかの疑問が解けないせいで、更なる混乱を極めている。
ココまでテンパってるカノンを見るのは、初めてだ。
なかなかに良いものを見させて貰った。
このままにしておいたら、病み上がり……ではないな。
病気じゃないし。
まぁ、一度死んだ身体に障るだろう。
鏡を創って、手渡した。
訝しげに顔を歪ませたままソレを受け取ったカノンは、鏡を見て、ピシリと音を立てそうな勢いで硬直した。
うん、まぁ、そうなるよな。
あまり鏡を見る習慣が無いとは言え、街の風呂場や洗面台には、俺の先入観から鏡が設置されている。
目を覚ます為に顔を洗う度、歯を磨けばその都度、注目をしなかったとしても、視界に自分の姿が写った事だろう。
玄関にも、姿見が置いてあるし。
ふとした瞬間に、自分の顔を見る機会は幾度もあったハズだ。
特に街に帰ってからは、家に篭もりっぱなしだったし。
記憶の中の容姿と変貌している部分があるあれば、脳の処理が追いつかずに思考が停止するのは、止むを得ない。
「………………どうして、こうなった?」
再起動をして、辛うじて出てきた言葉が、コレか。
これでは、脳の再生が上手くいったのか、イマイチ判断が出来ないな。
日常会話は問題無く出来るだろう。
滑舌も悪くない。
シスコンも健在だ。
口調がおかしいと言う事も無いし、概ねカノンらしさが損なわれてしまっている気配は見られない。
問いに答えず、こうして分析している間も、癇癪を起こさず待っている。
表情筋の使い方も、少々大袈裟な感じに見えるけれど、誤差みたいなもの。
今の所、外野から見た分には、大きな違和感は感じない。
目の色以外は。
「何と言うか……似合ってるし、良いんじゃね?」
「あなたとおそろい、ですね」
アリアはお腹を抱えながらも、何とか笑いに耐えて、俺とカノンの顔を交互に見て言った。
その直後、また堪えきれずに笑い出したが。
さすがにそこまでの笑いを誘い出す現象が起きているとは思えないのだけど。
アリアって実は、笑い上戸なのかな。
酒が入っているとしか思えない程、狂ったように笑い転げている。
コレが橋が転んでもおかしい歳頃ってヤツか。
十代後半なんて、もう遥か昔の話だろうに。
カノンの再生させた右目だが……ソコに納まっている眼球が、俺の目の色と同じになってしまっていたのだ。
「スキル」で過去に創り出した人体が、自分のコピーだった為に、感覚が引きずられてしまったのだろう。
楽な方に流されやすい性分が、こんな形で現れるとは。
「どうする?
抉り出して創り治す事も出来るケド」
手をワキワキしながら迫れば、手のひらで押し返さして拒否られた。
なんだよ。
視力回復の為に潰す事は出来ても、抉るのは無理だってか。
確かに自分でやるにはハードルが高いだろうが、暴れないように四肢を拘束するのも、ほじくり出すのも、全部責任もって俺がしてやろう。
怖がる事は無い。
他人の身体でも、今の俺ならゼロから創れるのだと証明されたのだ。
ちょっとした手違いで虹彩の色が変わってしまったが、次は気を付ければ良いだけだ。
任せとけ。
右目だけ色が薄いと、左右で明るさの感じ方が変わるから不便だろう。
なにせ元の目の色が、とても日本人らしいかなり濃い茶色をしているから。
紫外線にも弱いだろう。
片目だけサングラスをかけていたら、ちょっとダサいじゃん?
片眼鏡は格好良いのに、不思議だね。
「いや……このままでいい」
「あん?」
「お前の目、闇の精霊様の御力が備わっていると聞いていたが……
これは、なかなか便利だな」
「はぁ!?」
慌ててカノンの金色になった右目に、焦点を当てて視てみる。
霊力が俺よりも劣る為、劣化版にはなっている。
だが間違いなく、鑑定眼の機能が備わった目が、はめ込まれているようだ。
そう、書かれている。
なんということでしょう。
鑑定眼って「スキル」で再現出来てしまうんだ?
だけどそれなら、わざわざ目ん玉にする必要は無いじゃない。
眼鏡の形にすれば……それこそ、片眼鏡なら脱着も簡単だし。
かつての俺のように、制御が上手く出来ずに、情報の波に飲まれて吐き気や頭痛に悩まされる位なら、装備品で作れば良い。
創るのなんて、「スキル」を使えば一発だもの。
カップ麺が出来上がる頃には、四〇個位は余裕で完成させられる。
だからそんな厨二病満載なお目目は、ポイしなさい!
だがカノンは頑なに首を縦に振ろうとはせず、この眼は自分のものだと言わんばかりに、俺の提案を断固拒否した。
もしかして、眼の他にも俺の手癖に引きずられてしまった箇所があるのだろうか。
ここまで頑ななカノンは、初めて見るぞ。
もしソレが血液だったのなら、かなりヤバい。
俺の血液型は、かなり特殊な分類に入る。
混ざってしまったら、凝集してしまい、血管内で詰まってしまうだろう。
……イヤ、逆だっけ?
俺の血液なら、誰にでも輸血出来るんだったか??
どっちみち、杞憂だったようだ。
立ち上がり身体を動かしてみても、簡単な術を放ってみても、不具合は感じないみたい。
むしろ絶好調だとのたまう彼の霊力は、元の数字の何倍かに膨れあがって居た。
体液の交換や譲渡を行うと、「スキル」やエネルギー――この際は霊力――は受け取った側へと流れる。
その性質によって、アルベルトの霊力は、かなり底上げされた。
カノンの場合は、どうなんだろうな。
元の数値と比較した時に、倍は余裕である。
アルベルトに追いつかれないか、結構気にしていたし、カノンにとっては、良い結果になったと言えよう。
この男なら「死んだ甲斐があった」とすら言いそうだ。
「さすがに思考は個人の情報ではないから、表示されないのか。
……お前は、何をしようとしている?」
どこからどこまで会話を聞いていたのか。
俺の企みを看破出来ないカノンは、説明を求めて来た。
「別に、悪巧みはしてないよ。
ただあの燼霊を、精霊にしようとしてるだけだ」
俺の言葉にカノンは、いつも通り眉間に皺を寄せ、深い、深い溜息を吐いた。




