神さま、奮い立つ。
偉そうに高説を垂れた所で、所詮俺程度が出来る事なんて、余りにも少ない。
神々の名前を宛てた「スキル」を使えようと、世界に与えられる影響なんて、ちっぽけだ。
入念な準備をしても、結局、地球だって再生出来なかったし。
手を伸ばしても、届かない。
誰も、救えないない。
そんな現実が、眼前に突き付けられる。
呼んだ所で、返事をしてくれる人も、助けてくれる人も居ない。
分かっていても、それでも、叫ばずには居られなかった。
「カノン……!
アルベルト……!!」
二人の名前を呼んだ所で、返事は返って来ない。
分かってる。
それでも、いつしか言ってくれたじゃないか。
甘えても良いのだと。
「……〜〜〜助けて……っ!!」
心からの、悲痛な願いだった。
他者に判断を委ねる言い方ではない。
命令形でもない。
駄々をこねるような、他力本願もいい所なワガママ。
泣いた所で、都合良く目を覚ます事は無い。
声を張り上げた所で、死者は戻らない。
寄辺もないのにすがるような言葉を言った所で、意味なんて無いのかもしれない。
だけど世の中には、言霊なんて言葉があるのだ。
誰かのもとに、届くかもしれない。
誰でもいいから助けて欲しい。
そんな自分勝手が過ぎる、周囲の人に失礼な言葉。
誰かに届けと願う反面、聞き届けてくれる人なんて、いるワケがない。
目を逸らしたくなるその現実を、受け入れなければならない。
遠ざかって行く刃を見つめながら、どこか他人事のように思った。
諦めなければならない。
大切な人達は、助からない。
……その、ハズだった。
「待たせました!」
呼吸を荒らげながらも、刃を弾き飛ばしつつこの場に飛び込んで来たのは、まさかの宰相閣下だった。
余りの予想外っぷりに、ビックリして涙が引っ込んだ。
しかも「いつまで寝ているんですか」と言って、倒れているカノンの頭を蹴り飛ばした。
死体に鞭打つなんてもんじゃない。
酷過ぎやしないか。
更に動けるようになったら使ってくれれば良いと思っていた回復薬の瓶を次々開け、三人の傷口――アリアの腹部、アルベルトの左小胸筋付近、そしてカノンの右目を貫通している頭部――に迷う事なくぶっかける。
アリアとアルベルトはまだしも、カノンにも掛けるってどういう事?
と言うか、さっき何で蹴った??
思考が追い付かず呆気に取られていると、側面から刃が襲ってくる。
何とか避けたが、次々に猛攻が襲って来る。
弾き返し、「スキル」で破壊するが、数が多過ぎて捌き切れない。
幾つか俺をすり抜け、四人の方へと向かって行ってしまった。
宰相閣下は拳銃のような道具を使って、幾つかの刃を撃ち落とすものの、数が多過ぎて全ての刃に対応出来なかった。
残りの落とすための、装填が間に合わない。
ひとつの刃が、アリアの背中を抉る。
……かと思ったが、そのほんの一瞬前に、あらぬ方向からの衝撃が複数。
アリアに届く前に、刃が砕け散った。
「ひ、との、妹に……何して、ンだ、おまぇ……」
血の海に沈んでいたハズのカノンが、死の淵から蘇った!
何!!?
お前って蹴られると地獄から舞い戻って来るの!!!??
……なんて、喜んでいる場合じゃない。
宰相閣下がかけた回復薬は、効いたのか効いていないのか、イマイチ分からない。
なにせ後頭部から「スキル」で撃ち抜かれた傷は、右目を貫通している。
その上ソコに本来収まっているべきモノが、見当たらない。
絶対安静では済まない。
三角巾を頭に巻いて、棺桶の中に横になって居なければおかしいレベルのケガである。
しかも頭部を貫いたのは、侵食するタイプの「破壊」スキルだったようだ。
傷口からはヒビ割れのように、樹状模様が広がっている。
その上裂け目からは、瘴気まで滲み出ている。
回復薬は聖水が主原料だ。
それを原液でかけても十分な効果が得られないとなると、かなりタチが悪い。
混ざり物のない聖水でシッカリと浄化して、ソコから改めて回復薬をかけるなり、治癒術を施すなり……したとして、眼球は、元に戻るのだろうか。
イヤ、そもそも、ど頭撃ち抜かれて、何で生きているんだ?
コイツ??
嬉しいよ???
嬉しいけどさ!!!!!
何故か辛うじてでも生きては居るものの、やはり相当無理をしているようだ。
立ち上がろうとしたが、バランスを崩して杖を支えに、そのままズルズルとうずくまる。
這いつくばったままにじり寄るアリアを、カノンは手で制した。
「ァ……リア、俺はいい……アル、……ト、治せ……」
空虚となっている、無いはずの右目で睨んだのだろう。
本人も辛いハズなのに、他ならぬカノンにそんな命令をされてしまったら、アリアは従うしかない。
カノンが生きてる事にすっかり気を取られてしまったが、アルベルトも目を覚ましていた。
カノンが破壊した刃の他に、精霊術で複数の刃を弾き飛ばしてくれた。
死にかけている状態で強い術を使えば、集中力の低下をカバーしようと、霊力の消耗は激しくなる。
燼霊の攻撃の軌道を変えるような、かなり高位の精霊術を使ったのだ。
出血多量の前に、霊力枯渇で死んでしまう。
さっき宰相閣下がアルベルトにかけたのは、治癒効果のある回復薬だ。
まだ霊力回復用の薬は残っている。
ソレを飲ませる為にも、まずは傷を治さねばならい。
カノンの指示は、理にかなっている。
どう考えても生きているのが不思議な彼が、己ではなく他者の治療を優先させるように言われても、受け入れ難いが。
「陛下、カノン様の手当をしたいのであれば、アルベルト様の治癒を早く終わらせましょう。
狼狽えている時間が、勿体ないです」
身も蓋もないセリフと共に、宰相閣下の周囲がスパークする。
高位の精霊術を使う時の、力の奔流とは違う。
「スキル」を使う時の現象だ。
マズイ回復薬を一気にあおり、口を乱暴に拭うのを宰相閣下に咎められながらも、アルベルトへと身体を向け、アリアは祈りを捧げるように手を組んだ。
「――天地にまします大聖たる神々の化身よ
時辰司りし精霊の抱擁を
光輝司りし精霊の慈悲を
過去と未来交わりし、今この時
祈りを捧げし、我が愚かなる願いを聞き届け、奇跡を与えたまえ
生命の息吹を、再び此処へ
――慈悲の復活」
おぉ!
治癒術の詠唱か。
カノンは後衛なので、ある程度整った言葉を紡ぐけれど、アルベルトなんかは、戦闘において使う詠唱は文章になっていない事が多い。
霊力さえ十分以上に込めれば、単語を繋ぎ合わせただけでも発動するんだもの。
剣を振り回しながら、暗記した普段使わないような言葉を諳んじろと言われても、難しいもんね。
アルベルトの詠唱は近くに居るから結構聞こえるけれど、カノンの場合低い声でボソボソと言うから、イマイチ聞き取れないんだよ。
なのでまともに聞いた事って、実は少ない。
二人とも、治癒術は使えないし。
俺は治癒術と「再生」の区別を付けずに使っているし。
まともな治癒術を見るのは、初めてだ。
こんな状況じゃなければ、見とれていただろう。
イヤ、ダンジョンで精霊教徒も使っていたけどさ。
ショボかったし。
こんな神々しさは、無かったもの。
「重ねます」
宰相閣下が発動した「スキル」の火花が、アリアの治癒術の光とぶつかる。
すると光は何倍にも膨れ上がり、触れた先から傷が瞬時に癒えていく。
アルベルトなんて、腕が千切れ掛けていたんだぞ。
それなのに、骨や筋肉はあっという間に再生し、傷痕すら遺さず完治してしまった。
どういう事!?
‘’じしんつかさどりし‘’精霊とか言っていたのは、時の精霊の事か。
それに‘’こうきつかさどりし‘’精霊は光の精霊の事だろ。
二人の精霊に呼び掛けて、傷口の修復の早送りと、その速度を光の速さ並みに強化させた。
ソコまでは分かる。
だからと言って、コレは早過ぎないか。
アリアの霊力は人並み以上にはある。
しかしこんな治癒速度を出せる程に霊力を込めたら、完治する前に、霊力が枯渇して倒れてしまっていただろう。
しかも致命傷となり得る傷を、そんな超高速で治したら、被術者の体力が尽きてポックリ逝ってしまいそうなものだが。
失われた血液だって多いだろうに、すっかり傷が塞がったアルベルトは、微かに笑みを浮かべる余裕すら見せて、アリアにお礼を述べている。
傷の修復に体力が削られた素振りは無い。
「私のスキルの効果です。
どの系統に当てはまるかが謎なのですが、恐らく、「増幅」だと兄には言われました」
「スキルの強化効果をもたらす体質の人は確かに居たけど……
精霊術にも効果があるんだ?」
「私が周囲の霊力を用いてスキルを発動させているからかと存じます。
……カノン様の傷は、時の精霊様による即死回避の契約にもとづき、辛うじて落命に至っていないだけです。
明夜様も、治癒術を使えるのであれば、行使を」
アルベルトを治し終えたアリアは、そのままカノンに向き直って治癒術を掛け続けている。
しかし損傷が激しい上、複雑な脳を治すのは、酷く困難なのだろう。
アルベルトのように、上手くはいかない。
瘴気が消えても尚、傷が塞がる兆候が見えない。
そもそも脳は損傷したら、神経系統を含め損なわれた脳領域が担っていた機能が、永続的に失われる。
右脳は空間認識や直感的な思考のような、非言語的な能力を担っている。
回復薬を作るのが趣味な男だ。
情報を統合して全体像を理解する能力や、直感や閃きを想起する能力が失われたら、実験をする事が酷く難しくなるだろう。
霊力は、論理だけでは説明出来ない部分が多過ぎる。
右脳の担っている領域を、彼から取り上げてはいけない。
ならば、すべきは時間の早送りではなく、巻き戻しだ。
頭部の損傷は特に治療が難しい。
知識のない素人が、闇雲に治れと念じただけで治るのならば、過去地球で脳外科医は必要無かった。
傷は後頭部から前頭部まで貫通している。
髄液は漏れ出ているし、血だってどえらい量が垂れ流れている。
コレだけ外気にさられていれば、感染症に異物の付着も気になるし、霊力頼りの早送り治療で傷が塞がったとしても、組織は壊死しているし膿瘍形成も恐ろしい。
前頭葉も脳挫傷を起こしているので、治癒術とリハビリで奇跡的に回復したとしても、性格が変わってしまう恐れもある。
コレだけ強大な力も権力も持っている人間が、暴君にでもなったら大変だ。
世界の敵になり得る。
そうなれば、せっかく今治したとしても、カノンを殺さなければならなくなる日が来てしまう。
「アリア、ストップ。
その治療じゃダメだ、変わって。
宰相閣下、増幅のスキル、俺にも使って」
「ご健闘を……いえ。
兄を、助けてください」
「アルベルト様、念の為、陛下の護衛をお願い致します。
明夜様、宜しくお願い致します」
燼霊はタコ殴りにされた上、全ての攻撃を防がれて流石に心が折れたのか、動きは特に、今の所は無い。
正気を取り戻す前に、サッサと治したい。
頭皮は血管に富んでいる。
ちょっとした傷でも大出血のように見えるが、太腿や腹部に比べればその血管は細い。
なので致命傷になる程の、血液の流出は無いと思う。
正直、心臓に近い場所に風穴が開いていたアルベルトの方が、失血死の可能性は高かった。
体重がある分、ソコへ至るまでの失血量も比例して大きくなる。
超加速させた治癒が全身に施された事によって、血液も同時に作られたお陰で、今はケロッとしているのだと思う。
しかしカノンの場合、脳の治療も含めて全身の時間を巻き戻す必要がある。
脳が零れているので、肉体の神経にどれだけの影響が出ているのかなんて、目視で判断出来ないからだ。
だがこの場合、時間の巻き戻しをした所で、体外へ流出した血液や脳脊髄液は、動画を逆再生するように体内へと自動で戻って来る事はない。
弾き飛ばされた眼球も、拾って来て元あった位置に納められれば、神経や血管は繋がってくれるだろうが、探している時間の猶予はない。
そもそも、衝撃で破裂している可能性が高いし。
探すだけ、時間のムダだ。
なので俺が今からするのは、カノンの欠損部位の「創造」と、怪我した部分の高速「再生」のふたつのスキルの併用だ。
正直、初めての事なので、出来る自信はない。
だが、やらなければならないのだ。
宰相閣下の「スキル」による補助だってある。
あとは、俺が自分を信じて、やるだけだ。




