神さま、手を伸ばす。
「いやぁぁああぁぁぁっっ…………かはっ……っ」
アリアの絶叫は、燼霊の追撃によって途中で絶えた。
背後から胴体を貫かれ、喀血しながらゆっくりと倒れた。
彼女に放った「スキル」の反動で立ち上がった燼霊は、そのままフワリと宙へ浮かび上がる。
「ふっフフフ……ハハハハハッッ!!!」
何がそんなにおかしいと言うのか。
一瞬で地獄と化した惨状を前に、燼霊は心底楽しそうに恍惚とした笑みを浮かべ、狂ったように高笑いを上げている。
そして一番近くに倒れている、アリアの長い髪を無造作に鷲掴む。
小柄で軽いとは言え、自分の全体重を支えられる程、強靭な頭皮をしている人なんて世の中には居ない。
キレイな黒髪が何本もブチブチと音を立てて千切れ、頭からは幾つも血の筋が流れた。
「ぁ、ぐ……っ」
良かった、まだ、生きてる……。
苦悶の表情に歪んだ顔を見て、少し安心してしまった事は、後で謝ろう。
アリアは治癒術が得意だと、カノンが随分前に言っていたな。
本能の為せる技なのか、詠唱もしていないのに、霊力が貫かれた胴体に集中していく。
風穴が開いていたのに、みるみるうちに骨から内臓まで修復されていく。
傷口が塞がるスピードが、早い。
躁状態のまま、周囲に目もくれず一人ゲラゲラ笑って居てくれたら良かったのに。
目敏くその様子に気付いた燼霊は、忌々しそうに再び「破壊」の力を手に込める。
アリアの髪を掴んでいる方の手に。
侵食するタイプの「スキル」だったらヤバい。
頭を破壊されては、流石に治癒も出来ないだろう。
髪は女の生命とも言うのに、大変申し訳ない。
そうは思うけれど、実際の命には変えられない。
後でカノンに罵られながら、土下座でも何でもすれば良いのだ。
持っていた杖を放り捨て、刀を鞘から抜く勢いそのままに、横一閃に薙ぎ払う。
髪を伝って侵食していた「破壊」の力は、斬撃によって行き場を失い、黒い焔となって燼霊の手を包む。
自分の「スキル」によるものだからか、痛みを感じないようだ。
燼霊はその手をそのまま、おもむろにアリアへと振り下ろした。
だがその手は、下から飛んで来た一撃によって、腕の中頃から切られて、鮮血を撒き散らすに留まった。
切り飛ばされたと思ったが、少しの肉と皮とで、辛うじて繋ぎ止められている。
無防備な状態で床に落ちたものの、アリアには「スキル」は届かなかったようだ。
ナイス、飛び道具。
視線を動かせば、致命傷を辛うじて避けられたアルベルトが、上半身を起こし、腕を振り抜いた形で気絶をしていた。
大剣使いの彼だが、小回りのきく攻撃手段も無いと弱いままだぞと言って、無理矢理短剣を持たせていた。
ソレを投擲したのだろう。
よくあの怪我で、使い慣れない道具を投げられたものだと、感心する。
お陰でアリアが助かった。
心臓を撃ち抜かれたと思ったのだが、間一髪の所で避けたらしい。
すぐに気絶をしてしまってる時点で、タイムリミット迄は時間の問題だろうが。
そのアルベルトも大概なのだが……彼を視界に収めた時、その隅に映った、カノンがヤバい。
アレは……頭を貫通している。
心停止ならアルベルトを含めて、何人か蘇生に成功している。
だがどう見ても即死の状態だ。
治癒術は、果たして効くのだろうか?
被術者の生命力と周囲の霊力を消費して、傷を治す術だろ??
実際アリアも、致命傷を治した弊害か、呼吸が荒い。
普段の彼女の行動から、傷が癒えたのならば、真っ先にカノンに駆け寄るだろうに。
イヤ、治せるか否かはこの際置いておこう。
とにかく、三人から燼霊を離さなければ。
傷を負わせられなくても良い。
牽制にしかならなくても、とにかく攻撃をしまくった。
当たればラッキー程度にしか思って居なかったけれど、微塵も当たらない。
血が流れたり破壊衝動以外の感情を表に出したり、燼霊らしからぬヤツだとは思っていたが、重力を感じさせない動きをして避けるあたり、物質界の理からは外れている存在なのだと、痛感させられる。
やけにアッサリと後退するなと思ったが、十分に距離が開いたタイミングで、取れかけている腕を忌々しそうに、無造作に引き千切った。
何でもないといった雰囲気で、先の無い腕を振ると、振り切る頃には新しい手が生えていた。
何その超再生能力。
肌色緑に変えた方が、良いんじゃないの。
外部出力する防護壁が、どれだけの時間、効力を含めて保てるのか分からない。
だけど、何もしないよりはマシだと信じたい。
直接迫って来られると、恐らく先程と同様、俺と勘違いするバグが生じて、防護壁は燼霊を通してしまうだろう。
「スキル」も三神のものだと、俺の「スキル」と判断されて貫通してしまいそうだ。
だが戦いの余波からは確実に守れる。
今は少しの衝撃でも、与えたくない。
「アリア。
すぐに終わらせるから。
……待ってて」
この中で最も負傷者の生存率を左右するアリアの近くに、手持ちの回復薬を全て置いた。
彼女の体力・霊力共に回復すれば、アルベルトは確実に治せる。
カノンも、満身創痍な今は難しくても、もしかしたら、全快した後なら治せるかもしれない。
シスコンの過大評価もあるだろうが、世界中で最も治癒術に秀でていると、賢者に言わしめたのだ。
きっと治ると、信じなければやってられない。
三人を、いつも以上に強固に作った球体で包む。
王都から住民の避難は終わっているのだ。
最悪周辺の建物が全て崩れたとしても、問題ない。
元通りには出来なかったとしても、新たに建てる事は出来る。
だが生命は損なわれたら、取り戻せない。
今はココから離れるのが先決だ。
燼霊はカノンとアルベルトを狙っているが、優先させているのは、俺だ。
三人一気に仕留められればラッキー位には、思っているだろうが。
二人を優先させるのならば、先程開けた時空の裂け目を通して、三人をコチラに招くのではなく、燼霊は向こうに行くべきだった。
その方が、確実に仕留められるからだ。
俺との戦闘で消耗していても、少なくともアルベルトは確実に殺せた。
今みたいに、仕損じる事は無かった。
それにアリアや宰相閣下を人質に取れば、カノンは反撃に出られなくなる。
アッサリと、首を取れただろう。
ソレをしなかった事。
欲をかいた事を、後悔させてやる。
さっきは燼霊も俺と距離を取る必要があったから、誘導されるまま後退してくれた。
しかし腕の再生を終えた今、息のあるアルベルトを確実に仕留める為、また蘇生の可能性を消す為に、アリアも含めた全員を殺そうと動く。
退く選択肢は、燼霊には無い。
ならば、強制的に後ろに下がらせるのみ。
抜刀しても斬撃を飛ばすだけ。
精霊術による遠距離攻撃しかしていなかった俺が、走って間合いを詰めて来た事に驚いたようだ。
身体を強ばらせた燼霊が身構える前に、靴に施した付与へと霊力を込める。
重心を前に傾け、一気に加速をし、燼霊の無防備な頬を殴り飛ばした。
まさかそんな原始的な方法を取るなんて、思ってもみなかったのだろう。
まともに喰らって、吹っ飛んで行った。
「破壊」の力を込めたし、このまま絶命してくれれば言う事は無いのだが。
……残念ながら、そう簡単には倒れてはくれないようだ。
衝撃で外れたのか、下顎がズレて随分マヌケな顔になっていた。
自分の顔と同じだから戦い辛いと感じて居たけれど、今となっては、丁度良いとすら思う。
自分の顔だからこそ、遠慮なくブッ飛ばせる。
つくづく思うよ。
自分の甘さや欲深さのせいで、どれだけ他人を巻き込めば、俺は学習出来るのだろう。
ホント、嫌になる。
完全な八つ当たりだ。
みっともないと分かっていても、やらずには居られない。
一撃毎に殺意をもって、確実に仕留める為の霊力を注いでは、殴る。
その度に面白いように吹っ飛ぶ燼霊は、心折れる事なく変形した顔を幾度も治す。
そしてまた歪ませる。
繰り返してどれ程の時間が経過したのか、俺には分からない。
抵抗される力が徐々に弱まり、次第に傷の治りが遅くなっていくのを見るに、燼霊の魔力が尽きる程度の時間は経ったのだと思う。
俺の手は血まみれになっていた。
燼霊のなのか、俺自身のものなのかは不明だ。
拳の皮が破れて、一部骨が露出してしまっているので、双方の血が混ざっていると思う。
輸血後移植片対宿主病の可能性が頭をよぎるが、燼霊は俺のクローン体だ。
一卵性双生児の間では、双胎間輸血が行われる位だし、問題は無いだろう。
多少異物が混ざった程度なら、勝手に治るし。
今は攻撃に全振りしているから血みどろになっているが、少し休んだら、すぐに治る。
対して燼霊の方は、もう、治らない。
馴染みの良い肉体を得ると、コチラの世界に留まる事が可能になるが、その分制約も生じると言う事か。
適合率の低い身体ならば、傷付いても内包される魔力を消費し、肉体は再生され続ける。
その負傷の種類は、燼霊の魔力によって内部破壊される傷も、当然含まれる。
宿主の限界が来た時、寄生者の意志とは関係なく身体は崩れて無くなり、燼霊はニブルヘイムへ強制送還される。
だが目の前の燼霊は、中身と外身が完全に合体している。
これ以上ない適合率の高さを誇る肉体だろう。
そうなると、精神体と肉体が混ざり合ってしまい、肉体の死が、そのまま精神体の消滅にってしまう。
不便なものだな。
世界を破滅させる事に執着しなければ、精神体という病気も怪我も知らない、自由の利く身体で、永遠を手に入れられるのに。
「……なん、で……」
「あぁ?」
「なんで……アンタばっかり!
私だって、同じ‘’明夜‘’なのに!
なんでアンタばかりアノ人に愛されて、周りに人がいて、大切にされるの!?
なんで私じゃダメなの!?
なんでばっかこんな目に遭わなきゃいけないの!?
同じ位の力があるのに、生まれた意味さえ与えられず、求められることもない!
アンタが私たちを生みさえしなければ、こんな思いすることもなかったのに……!」
この状況で喚きはしても、泣きはしないあたり、どれだけ女々しかろうが俺なんだなと思う。
生きる意味を押し付けられて、雁字搦めの状況に反吐が出ていた俺から生まれたとは、到底思えないセリフではあるが。
……そうか。
結局、無いものねだりなんだな。
やる事を強要されれば自由を望み、抑圧のない奔放とした日々が日常となれば、束縛された窮屈な毎日を欲するのか。
俺もいつか、この燼霊みたいになるのだろうか。
このお気楽な、自由気ままに過ごせる毎日を煩わしく思い、生きる理由を自分以外の誰かに求めるのか。
……ソレは、イヤだなぁ。
「意味を持って生まれてくるヤツなんて、居ないんだよ。
‘’明夜‘’が……少し、他と違って、特殊だっただけだ。
普通はな、どうにか自分が生きた証を残そうと、もがいて、必死に今を生きて、未来を夢見て行動しているんだ。
その姿に共感してくれる人が集まって、コミュニティってのは形成されるんだよ。
過去に囚われて執着して、自分の不幸に酔いしれて、何でもかんでも周りのせいにしているお前に、賛同者や協力者が、現れるワケねぇだろ。
……お前が俺の一部だったなんて、思いたくもない」
軽蔑では済まない、侮蔑の目で見下ろす。
燼霊は俺と己を、ずっと同一視して見ている。
そのせいで、俺にはあって自分には無いモノを、求めてしまうのだろう。
元は俺から分離したモノだったのだとしても、今は全く別の存在だ。
別れる瞬間までは同じだったとしても、俺が経験していない事を、今日この日まで燼霊は積み重ねて来た。
その時に感じた事、学んだ事は、燼霊だけのモノだ。
俺は関係ない。
俺はソレらを知らないのだから。
だって燼霊は、俺ではない。
その事に気付いて、俺と自分は違うのだと受け入れる事が出来ていれば、こうはならなかっただろうに。
暁に執着し続けなければ。
俺と同一である事にこだわり続けなければ。
もっと、別の生き方が出来ただろうに。
ホント、憐れだな。
この愚かさは、俺とソックリだと、認めざるを得ない。
「アンタが……っ!
……そんな目で、見るなーっ!」
どこにそんな余力を残していたのか。
全身の傷を癒さないままにも関わらず、燼霊は髪を大きく振り乱し、周囲を無差別に切り刻み破壊し始めた。
そのうちの一刃が、後方の防護壁へと向かって行く。
燼霊の直接攻撃は、防護壁では防げない。
かといってこの角度だと、撃ち落とそうとすれば、中の三人に当たってしまう。
どうにか止められないかと髪を切り落とすが、慣性の法則に従って、刃と化した髪束は、そのまま三人の方へと飛んで行ってしまう。
だが掴めれば、止められる!
必死に手を伸ばすが、掴み損ねてしまった。
キレて後先考えずに、体力を消耗し過ぎた。
燼霊の心を折る事には成功したかもしれないが、この程度の距離を瞬間移動する事すら、ままならなくなっている。
このままでは、三人が……!




