神さま、目を見開く。
最後の避難者である、囚人達とアルベルトが、カノンの気配と合流した。
転移方陣で移動出来る人数は、方陣に乗れるだけ。
足元が乗っていたとしても、方陣の円から肩や腕がはみ出てしまった場合、どうなるのかの実験は、まだしていない。
安全圏を取るならば、方陣の範囲ギリギリまですし詰め状態にはせず、余裕を持たせるだろう。
そうすると、方陣を起動させる回数はどうしても多くなる。
カノンの霊力だけで、王都から街まで全員避難をさせられるだろうか。
夢魔達の力では、あの方陣は動かせない。
アリアや宰相閣下殿、アルベルトの霊力を足すなら大丈夫だけれど……
全員が全員、霊力をスッカラカンにしてしまったら、燼霊に増援が現れた場合の対処をして貰えなくなる。
燼霊の相手は特に問題無いが、複数地点で同時に襲撃をされたら、人手が必要になる。
流石に分裂は出来ないからね。
方陣に霊力を注ぐのにも、時間が掛かる。
なら、全員撤退までは、暫く掛かるな。
まだ、時間稼ぎが必要だ。
「スキル」を使った戦闘訓練なら施設でもやったけど、「破壊」はかなり厄介なスキルだな。
建物の崩れ方を見るに、分解と消去以外にも、破壊に関わる現象を引き起こしているな。
砂塵化する時と、抉れたように「スキル」が当たった箇所の物が消失する場合が多いが、時折、命中した所から樹形状にヒビ割れが広がるパターンもある。
物質を破壊する際に必要なエネルギー量って、かなり多いからね。
石材を塑性変形する間もなく脆性破壊まで持っていくとなると、一体どれだけの負荷を掛けたのだろう。
人間にその力を向けるなんて、殺意が高過ぎやしないだろうか。
ミンチになんて、なりたく無いぞ。
モノクロの絵に修正液でも落としたかのように、存在した事すら忘却させられそうな圧倒される「破壊」に関しては、一発でもモロに喰らったらヤバそうだ。
目測を誤って、腕に少し掠っただけで、周辺の肉がくり抜かれたように円状の穴が空いた。
すぐに治癒をしたけれど、当たる場所が少しでもズレて居たら、上腕と前腕が離れ離れになってしまう所だった。
千切れてしまったら、治すのに時間も集中力も持っていかれる。
あの攻撃は確実に避けなきゃだね。
格好付けて紙一重のギリギリで避けようとしたら、致命傷になりかねない。
稲光のように広がる、あの攻撃は何だろうな。
絶縁体に加わる電場の強さが一定以上になった時、絶縁破壊という現象が起こる。
電気を通しにくい物質が、耐えられる基準値を超えそうになった時、一気に抵抗力が落ちて爆発的な電力が流れる。
その時に絶縁材料の表面や内部に現れるのが、リヒテンベルク図形である。
木の枝のような模様が浮かび上がるのだが、コレが結構格好良い。
破壊にまつわる現象なら何でも起こせる、なんて事は無いと思うので、絶縁破壊では無いだろう。
雷光のような激しい明滅は起きなかったし。
何より「雷」のスキル持ちが泣きそうだ。
それに柱も壁も石材なのだ。
電流が流れたのならジュール熱による膨張で、砕けるなり破裂するなりしそうだ。
こんな風に、ヒビ割れ程度の被害で留まる事はない。
不思議に思っていると、樹形状のヒビから瘴気が滲み出てきた。
高濃度の瘴気に侵され、壁は亀裂から徐々に熱したチーズのように溶けて崩れて落ちる。
おぅ……
コレはもし人間に当たったら、とっても苦しみもがきながら、内臓破壊によって死に至るヤツではないですかね。
おっそろしい攻撃して来んなよ!
殺意が高過ぎる!!
分裂してしまったとしても、燼霊は俺の一部だったものだ。
他人じゃ無いんだし、どうにかこうにか生かしてやりたいなぁ、なんて思っているのに!
何てヤツだ!!
燼霊からしてみれば、俺は生みの親みたいなものじゃないのか!!!??
……だが確かに親でも、心底憎むべきクズはいるしな。
親子だろうが、クローニングの大元だろうが、関係無いか。
俺に成り代わりたいと思っているのだろうけど、俺が死んでも、暁の寵愛が自分に向くとは限らないのに。
逆に怨まれるとは考えないのだろうか。
無関心よりはマシって感じなのかな。
イヤ、そもそも暁の関心が俺にまだ向いてるとも限らない。
俺が生きてようが死んでようが、それこそ微塵も関係無いと思っていて、考えてすら居ないかもしれない。
その可能性の方が高いだろ。
何百年と経っているんだぞ。
関心なんて、とうに他所に向いている。
その可能性すら視野に入れていない燼霊は、いっそ、憐れだな。
囚人の転移まで終えたのだろう。
人間の気配が、四つまで減った。
アリアと宰相閣下も、街に避難すれば良かったのに。
流石に囚人と同じ方陣には乗れないか。
夢魔は囚人と共に転移し、街へ戻ったようだ。
わざわざ戦いに巻き込まれる必要は無いのだから、それで良い。
むしろ実験で王都に一足先に送られた同士を回収したら、即戻っても良かったのに、残ってくれてたのだな。
お陰で街に着いた途端囚人が暴れだしても、対処してくれる人員が確保出来た。
有難い事だ。
カノン達が残ったのは、俺と合流する為なのだろうか。
もしそうだとしたら、阻止したいな。
カノン達が狙われていると分かった以上、この場には来るべきでない。
特にアルベルトなんかは、瞬殺されるだろうし。
隙を見て、手紙でも飛ばそうか。
もう反撃に出ても大丈夫だろう。
なるべく過不足なく「スキル」を無効化していた戦法は辞め、攻撃に転じる。
防戦一方だった相手の戦い方が急に変われば、少なからず戸惑ってくれるハズだ。
困惑しまごついている間に、「コッチ来んな」の一言だけでもカノン達に送りたい。
「破壊」を無効化する為に必要なエネルギー量は大体掴めた。
それに霊力を上乗せして放てば、コチラに向かってくる攻撃を無効化しつつ、相手にダメージを与えられる。
纏っていた杖を具現化させた。
霊力の出力を抑えたい時、杖はとても使い勝手が良い。
一度の術で打ち出せる霊力量に限りを設けられるし、精霊術なんて科学的には説明出来ない事象を引き起こすのに、イメージがとてもしやすいのだ。
それに杖とかコンパクトとか、魔法少女の必須アイテムじゃない?
妄想が捗るよね。
その妄想力が術になるのだ。
素晴らしい。
まぁ、放つのは殺傷能力のエグいレーザービームなので、全然可愛さの欠けらも無いが。
空気を切り裂く甲高い音が二発、三発と重ねる度に、燼霊は攻撃の余裕を失い、防御に徹するようになった。
意外と、体勢が崩れるのは早そうだな。
俺の一部だったワケだろ。
しかも、怒りや悲しみ、恐怖のような負の感情と、愛情となると、結構な割合を締めて居たと思うのだが。
しかも何百年と俺よりも長生きをしている。
正直、もっとタチの悪い強さだと思っていた。
プルチック氏が提示した感情の輪で言うのなら、八つの基本感情のうち、警戒・激怒・憎悪・悲痛・恐怖は燼霊が持って行ってるハズなんだよ。
八つのうち五つって、半分以上じゃん。
イヤ、違うな。
愛情は恍惚と感嘆からの応用感情とされる。
それらもとなれば、俺の中から感情がことごとく失われて居る事になってしまう。
そんなバカな。
愛欲や性愛こそ喪われていたとしても、友愛や愛他的な献身愛なんかは、間違いなく俺の中に、確かにある。
そうじゃなかったら、一本間違えれば自分も死ぬかもしれないのに、時間稼ぎとか考えないって。
逆に死ぬのは怖いし、痛いのも嫌だ。
憤怒まではいかなくても怒り位はするし、憎悪はしなくても虫系の魔物を嫌悪している。
ソレらを統合して考えると、俺から欠落した感情が丸々燼霊になったのではなく、ある程度絞られた一部の記憶とソレに付随する感情の一部が、俺の中から損なわれた。
そしてそれが燼霊になった。
その程度の事になるのか。
どうせなら、闇の精霊の事とかスッパリ記憶から消去してくれれば良かったのにと、思わずには居られない。
見た目が俺そのまんまとはいえ、燼霊はなよっていて乙女的な部分が垣間見える。
そのせいで少々心が痛むが、畳み掛けるように攻撃を放つ。
捌き切れなくなり、勢いに押されて転倒した燼霊の眼前に、杖を突き付ける。
先端には一撃で燼霊を無力化させられるだけのエネルギーを込めた「破壊」のスキルをチャージしてある。
俺の意識ひとつで、すぐに放てる。
「このまま死ぬ?
俺の提案を聞く??」
殺すつもりは毛頭ないが、脅し文句としては必要な言葉だろう。
出来れば折れて欲しいのだが。
そんな本心はおくびにも出さずに、なるべく無感情に燼霊を見下ろす。
「……ゅうね」
「あん?」
「三流ねって言ったの。
無力化さえしていない敵を前に、交渉の余地を与えるなんて」
自分が有利である事は事実でも、みくびったつもりはない。
慢心したつもりもないが、相手が格下であると、どこかで油断はしていたのだろう。
燼霊は俺が訝しんだ一瞬にも満たない隙を掻い潜り、「創造」のスキルを使ってゲートを開いた。
亜空間からクズ霊玉を取り出しているのを、見ていたからだろう。
時の精霊の力を借りずに、「スキル」だけで時空の裂け目を創ってしまった。
なんてポテンシャルだ。
ニブルヘイムにまで繋げる事は出来なかったようだが、この世界の、ごく近い場所にその裂け目を繋いだ。
そしてソコから複数の人間を、手品でも見せるみたいに一気に出現させた。
転移方陣の近くに居たから繋げ易かった、という理由もあるかもしれない。
まだその場に残っていたうちの三人が、一度にこの場へと連れて来られてしまった。
しかも、俺と燼霊の間に。
杖の先に溜めてあるエネルギーに触れてしまったら、俺の意思と関係なく暴発してしまう。
そう思い杖を少し杖に向け、一歩、後退をした。
視界の全てを塞ぐなんて、ヘマはしていない。
だがカノンとアルベルトが、突如転送されたにも関わらず、驚異的な身体能力で倒れる事なくその場に踏み留まり、俺の視界から燼霊が消えたのは、事実。
一瞬。
ほんの僅かな、一秒にも満たない時間の中で、燼霊は「破壊」による攻撃を両手から二発、打ち出した。
ろくに念じなかった為、威力は弱い。
攻撃範囲も狭い。
しかし――人体を壊すには、十分な威力だった。
「いやぁぁああぁぁぁっっ!!!!!」
つんざくようなアリアの悲鳴が、周囲にこだました。




