神さま、手土産を広げる。
手土産のケーキをお供に、お茶でもしばきながら報告をしよう。
そう思ったのだが、想定していたよりもケーキへの食い付きが良すぎて、それ所では無くなった。
俺の中でメインのお話は、あくまで街全体を覆う雨傘方陣の設置についてだったんだけどな。
イヤ、スイーツも大事だけどね。
大切だけれども、ソッチに視線が釘付けになってて、誰一人として一切コッチを見ないんだが?
基本食に無頓着なカノンですら、そうなのだ。
この世界にもお菓子はあるのに、何でや。
この世界で結婚と言えば、神前式や教会式と呼ばれる類のものではなく、親類縁者を自宅に招く人前式になるらしい。
贅沢をして、ソレだ。
戸籍制度まで細かいものは無いようだが、人頭税の関係もあり、「この人との間に子供が産まれました」の報告は義務としてあるらしい。
その上法律がこの世界にも一応存在してはいるので、婚姻関係を結ぶと、しがらみが増える。
不貞はダメとか、子供の扶養義務とか。
だからおモテになる人が相手だと、周囲へ知らしめるために届出をサッサと出そうとする傾向にあるみたい。
所帯を持ったから、手出し厳禁だと周囲に牽制するんだね。
なので一般的には子供が出来るまで「この人と家庭を持ちます」と伝えるのは、完全に身内だけになる事が多い。
聞かれれば答えはするだろうけれど。
なにせ平均寿命の短い世界だ。
いつ未亡人や‘やもめ’になるかも分からない。
周知しても披露しても、早く届出をしたとしても、無意味になる事は少なくない。
ならば義務になるその寸前までは、気軽な関係でいましょう、となるのも頷ける。
ただ今回は、街で初めて結ばれるカップルが誕生する。
しかも参事会のNo.二に、冒険者ギルドの長という、街の中枢を任されている二人だ。
冬になって面白いイベントも騒動も無い中、向き合うのが雪ばかり、となれば、自然と鬱憤も溜まるというもの。
ココはひとつ街をあげてのお祭りにしてしまおうじゃないか。
そう考えての、半強制的な催しらしい。
イヤ、おかしいとは思ったんだよね。
わざわざそんな面倒臭いことをするなんて、酔狂なと思ったのだ。
正直、ガルバはガサツでモテるタイプではないし、ヌリアさんは言葉は悪いが、既に薹の立っているコブ付きというヤツになる。
盗られる心配なんて要らないだろうに、なぜお披露目をする?
恋は盲目と言うし、余程お互いが魅力的に見えているのかな??
それとも、意外と目立ちたがり屋だったのか???
そう思っていたのだけど、街を盛り上げるための道具にさせられるのね。
大変だ。
マリッジブルーになっているのか、お茶を淹れてくれたヌリアさんの顔色は、あまり良くない。
俺が留守にしている間に、どんな事があったのか、どんな事が出来るようになったのか、シツコイくらいに報告してくるフリアンくんの元気の良さを分けてあげて欲しい。
まぁ、でも、主張してくるだけあって、フリアンくんはマジで凄いよ。
命の恩人である俺の役に立ちたいと言って、率先してアレやコレやと知識を身につけ、自主勉強に励んでいる。
その上、街のパトロールを衛兵やゴミ処理係等を兼任させている俺が創り出したスライムと共に、それらを日常的に行い、問題提起を積極的にしてくれているらしい。
俺でしか対応出来ない物もあるからと、まとめられた資料も全てフリアンくんがまとめてくれたそうだ。
文字も完璧に書けるようになったんだな。
すっげぇ。
学校が創設出来ないかと、そのプロトタイプとして青空教室をしているのに、フリアンくんは出席していなかったから、何でなのかなぁと思っていた。
とうに学校で教える範囲を全て終わっているからだった。
飛び級的な感じになるのだろうか。
霊力も随分と増え、そこら辺の冒険者並……イヤ、それ以上の霊力を持っている。
生まれながらに霊力を宿しているのなら、この伸び率も理解出来るが、彼はそうじゃない。
元々〇の所、後発的に出現し、日々増やしている。
無茶をしていないと良いのだけれど。
出来過ぎてて、無理矢理急いで大人になろうとして、子供時代を蔑ろにしてしまっていないかが心配だ。
放っておいたって、身体は大きくなるし、イヤでも歳を重ねれば周囲は大人である事を求めて来る。
職業・子供でいられるのは、幼い頃だけなのだ。
背伸びをしなくていいのに。
それこそ、男の子だから「お母さんを守らなきゃ!」と意気込んでいた部分もあったのだろう。
しかしその役目は、夫になるガルバに渡る。
守られるだけの立場に戻れれば良いのだけれど。
……手元の資料を見る限りだと、完全に参事会の主戦力になっている。
余程良い後任が決まらない事には、状況がソレを許してくないかも。
フリアンくんのためにも、ゴルカさんがオーバーワークで寝込まないためにも、周囲の大人はもっとガンバレよ。
「ねぇねぇ、ジューダス様。
これは何て食べ物だすか?」
「‘’何て食べものですか?‘’ね。
もっと丁寧に言うなら、‘’伺っても宜しいでしょうか? コチラ、何と言う名前の食べ物でしょうか?‘’かな」
「とたんに長くなるますね。
……詠唱ですか?」
「‘’長くなりますね‘’、ね。
婉曲した物言いになるともっと長くなるし、言葉の裏に隠れた意味も複雑化していく。
この程度で呪文やら詠唱やら言っていたら、エラい人の前には立てないよ」
フリアンくんはゴルカさんの次に街の代表になることが、余程の事が無い限り内定している。
単に俺が信用出来る人間が少ないから、消去法でこの子が候補に上がっているだけだ。
カノンが運営してくれるならソレに越したことはないし、他に適材が居ればその人を推す。
ただ、やる気も能力もある人、そしてこの街を大切にしてくれる人、となると、次世代メンバーだとフリアンくん位しか居ないんだよね。
だってフリアンくんと同年代の子供達は、只今絶賛勉強中なのだもの。
使い物になると判断出来るようなレベルになるまで、まだまだ掛かる。
そのせいで早く大人になろうとしているのなら、申し訳ない事この上ない。
プレッシャーだったら辞退しても良いとは言ってあるけどね。
「がんばる!」と言われたら「じゃぁ、ガンバレ」と返すしかないじゃない。
報われると良いんだけど。
俺が出来るのは、サポートメンバーを選り好み出来るように、街の住民を増やすこと位だ。
そのせいで仕事も増えてしまうんだけどね。
本末転倒になっていたら、ゴメンよ。
大規模なイベントをすると、冒険者や商人にお金を握らせてまで、街の宣伝に力を入れているそうで、どうやら王都からもお偉いさんが来る予定のようだ。
流石に国王は出てこないだろうが。
そのため、フリアンくん含めた主催者側は、急いで失礼のないよう、丁寧語をマスターしなければならなくなった。
出来れば、尊敬語や謙譲語まで身に付けられると良いんだけどね。
教えられる人が居ないせいで、なかなか勉強が滞っているそうだ。
文字は書けても、報告書が言い切りの形で箇条書きだったり、文章が所々怪しいのは、そのせいか。
赤ペンで添削をして置く位は出来るけど、結婚披露式まで一週間を切っている。
流石に、この短期間じゃムリだよね。
「コッチはチーズケーキ。
セルニックは知っているだろ?
ソレと似たようなお菓子。
ソッチはフルーツサンド。
サンドイッチの具を、果物とクリームにしたもの。
んで、アッチはショートケーキ。
……サンドイッチに近いけど、もっと甘いのって考えてくれればいいと思う。
あと、一階に居た人達にクッキーとスコーンって言う焼菓子を渡したし、後で貰いな」
「サージさんがケーキのレシピが欲しいと言ってましたが……
こちらは全てケーキに分類されるのですか?
私が知っているケーキとは、その、随分と違うのですが……」
手前にあった蜜柑のフルーツサンドをしげしげと眺めながら、ゴルカさんが眉をひそめて言った。
手に取ったなら、潰したり、クリームが溶けてしまう前に食べてくれよ。
「コッチのケーキって、パンケーキっぽいもんね。
俺はお披露目会がどんなもんなのか、分からないからさ。
規模や状況によっては、俺が知ってるケーキを作ると、食べにくいかもしれないなって思って、色々持ってきたんだよ」
チーズケーキもベイクドチーズケーキ・スフレチーズケーキ・ニューヨークチーズケーキ・バスクチーズケーキ・レアチーズケーキ・クレームダンジュの六種類を作った。
酪農が盛んな地域で作られているセルニックは、ベイクドチーズケーキみたいなものだ。
だから地球のレシピで作ったベイクドチーズケーキは受け入れられるだろう。
ただ、せっかく街でも鎧牛の畜産を始めたのだ。
特産品のひとつになればと、色々な種類を作ろうと思ったのがひとつ。
食べ慣れないものだと、食感や味で忌避感を覚えるかなと思って、食の好みの傾向を探るために作ったのがひとつ。
あとは単に俺が食べたかった。
だって、施設ではお菓子って超がつく程の贅沢品だったし。
せっかく植えた砂糖大根が、倉庫で眠っていたんだよ?
使わなきゃ勿体ないじゃん!
使い方を教えなかった俺が悪いんだけどね!!
ゴメンね!!!
大根や蕪に似ているからと、そのまま食べたらエグ味で酷い目にあった人達が、若干名居たそうだ。
マジでゴメン。
煮汁の毒々しさと、余りのマズさに「コレは家畜の飼料なのだろうか?」「魔物の忌避剤の一種かも」と議論にまでなったそうだ。
他の収穫物が美味しかったから、余計に人間の食いもんじゃねぇってなったのね。
アク抜きの仕方とか、教えておけば良かったね。
そのせいでこの街の甘味は、他の街と同様、蜂蜜に頼りっぱなしになっている。
そのため高級品だし、今回のようなお祝いの席にはうってつけだ。
サージはガルバと一緒に冒険をしていたメンバーの一人だ。
今では冒険者ギルド横の食堂で、立派に料理長を務めている。
やはり元仲間、今では一応同僚になるのかな。
親しい友人の門出となれば、奮発した高級料理のひとつでも用意したくなるというものなのだろう。
街に戻って来てすぐに呼び出されたのだ。
俺が彼に渡した料理本には、スイーツの類は載って居なかったからね。
イヤだって、料理の’り‘の字程度しかした事がないような――料理イコール具材を適当に切って煮込んだ鍋! みたいな人だったんだよ?
スイーツなんて繊細さと緻密さが必要なもの、作れると思えなかったんだもの。
あと単純に、この世界のお菓子事情が分からなかったから。
どこまでやらかして良いものか、判断出来なかったんだよね。
ホラ、お菓子って結局砂糖と油の塊じゃない。
糖質依存って、ヘタなお薬依存よりも怖いって言われているし、ダイレクトにカロリーだから。
いくらこの世界の人達が機械がないから全て手作業、肉体労働でどうにかしているって言ったって、糖尿病や肥満のリスクを高める原因になったらイヤだなって思っちゃったのだよ。
だって、俺が自由気ままに楽しむための街なのに、目に映る人達が皆肥満体型になったら楽しくないじゃん!
住民の病気を心配しながら過ごすセカンドライフなんてイヤだよ!!
……と言うワケだったけど、蜂蜜を使ったお菓子なら、贅沢品ではあるけれど、意外と世に溢れていたし、俺が想像していたケーキとは違うけれど、ちゃんとあったし。
皆食べる物に困らない生活をしているから、最初に会った頃よりは肉が付いたけれど、労働をシッカリしているためか、まだまだ細い人が多い。
今回を機に、たまの贅沢やご褒美に食べれるお菓子を一気に普及しようかなと思って、沢山作ったのだ。
アルベルトに言って、サージもこの場に呼んで貰っている。
そのうち来るだろうし、試食会をして、何を当日作るか決めようかなと。
主役の一人であるヌリアさんには、秘密裏にした方が、当日の楽しみが増えるかなとも思ったんだけどさ。
むしろ主役なんだから、予めどんな味か知っておいて、むしろ好きな物のリクエストを受けて当日たんまり作るべきだろうと思って、同席して貰っている。
そして味覚の傾向を掴んで、更なるサプライズもする予定だ。
あ、ガルバは基本口に入れば何でも一緒。
美味いか不味いかでしか判断しない人だから、ど〜でも良い。
冒険者ギルドは毎日盛況なようだし、責任者が居なくなったらマズイでしょ。
だから今回は除け者です!