神さま、死にかける。
目に映る全ての物に興味が無いような、据わった目付き。
生気もない。
人間味の欠片すらない。
温かみを感じさせないその視線は、決して交差する事は無い。
虚ろで、何も映してない。
しかし、感情が無いワケではない。
遠く……決して手を伸ばしても届かない、月や星でも見上げるような、ある種の熱が瞳の奥に感じ取れた。
そのせいで、目の前のモノには一切、関心が寄せられないのだろう。
社交性が無ければ、集団生活において排除されやすい。
施設は狭く、人数も限られた小さな社会だ。
どれだけ有能な「スキル」を持っていようが、集団でハブられたら処分対象に名前が上がる。
虚偽の申告だろうが、半数以上の人間が肯定すれば、事実を捏造出来てしまうのだから。
民主主義よ、クソ喰らえ。
だから排他的な感情は、内に隠していた。
興味が無いモノにも好意的なセリフを吐き、関心が無い事柄にも肯定的な態度を取った。
そしてただ一人の為に、命をかけた行動をするなんて酔狂な考え、バレたら矯正という名の洗脳措置をされそうだったから、本心は常に隠した。
闇の精霊なんかは光の精霊への愛故に行動していたクセに、ソレを俺には禁じるって、一体どういう事だよ。
棚上げしてんじゃねぇぞ。
今ならそう思えるし、理不尽さに腹も立つ。
しかしソレもコレも、俺が不要だと判断した感情と、それに付随する記憶の一部を放棄したが故なのだろう。
虐待なんて言葉じゃ生ぬるい、実験も拷問も、された覚えはあるんだけどなぁ……
俺は、何を手放したのだろう。
こんなに冷たい表情をする自分を、想像する事が出来ない。
おもむろに、その赤い瞳の持ち主は、コチラに向かって手のひらを向ける。
その手の中では、色とりどりの光が、小さな爆発を起こしていた。
「スキル」を使う時、自分の中にあるエネルギーを消費する。
精霊術を使う時に、霊力が消耗されるのと同じだね。
ただ霊力は世界中に存在するので、上手く活用をすれば、
自分の霊力を温存しながら、精霊術を使用する事も可能である。
「スキル」に使うエネルギーは、ソレが出来ない。
他人に譲渡する事は一応出来るが、一〇渡そうとして一受け取れるかどうか、みたいな非効率的なやり取りしか出来ない。
それ以外になると、俺が皆にしたように、体液のやり取りの際に奪う形になる。
「スキル」を奪う時に、エネルギーも一緒に強奪したので、間違いない。
この世界に元々無いエネルギーだから、周囲に馴染む事がなく、反発するのだろうか。
高出力のエネルギーを要する「スキル」を発動させる時、電流のようなモノが走るのが可視化される。
パチパチと火花が散るように、閃光が弾ける。
スっと、何を喋るでもなく、俺の方へ差し伸べられた手から伸びるのは、正しくそのスパークだった。
認識した時には、もう遅い。
同じように手を伸ばし、空気を、壁を、猛り駆けて行くエネルギーを片っ端からキャンセルして行く。
視線が動かないから、何処を狙っているのかが分からない。
そのせいで、一部追い付かずに「スキル」が発動してしまった。
闇色の光は「完全破壊」特有の光だ。
弾けた瞬間、先程の人格が放った刃とは比べ物にならない程に、柱が、天井が、壊されていく。
満水のダムに亀裂が走った時のように、崩れた先から、次々とその崩壊現象が連鎖し広がっていく。
その広がる先を示すように伸びる光は、「万物創造」の七色の光だ。
時折、新緑を思わせる光が混ざるのは、「絶対再生」の光だろう。
「破壊」の効力を俺が打ち消してしまうものだから、「創造」でその打ち消しの力を無効化して、「再生」で俺が消した「破壊」の力を復活させているのだ。
コイツ、俺よりも余程みっつの「スキル」を使いこなして居やがる。
思わず、顔が引き攣る。
「創造」の力は万能だが、壊す事に関しては「破壊」が、回復させる事に関しては「再生」が特化している。
俺の持っている「スキル」の方が基本的な能力は高いが、ココまで戦闘に重点を置いた使い方は、した事が無い。
なにせ俺の「スキル」の全てが‘’地球再生計画‘’に使用される為のモノだった。
自分の好きなように使える範囲は極僅かで、「破壊」と「再生」なんて、手に入れて数分の後に、初めて使用すると同時に死んでいる。
この世界に来て、何度使ったか思い返しても、確実に両手で足りる回数しか使っていない。
精霊術を使いこなせるようになった方が手数が増えると思ったし、この世界に溶け込むには「スキル」をなるべく使わない方が良いと思ったからだ。
地球人が死ぬと肉体が崩れ落ちて消える理由に、「スキル」の乱用が関わって居ないとは限らなかったし。
施設では寿命で亡くなる人は少ない。
大抵が「スキル」の使い過ぎで、生産性が落ちて処分対象となり、安楽死させられる。
「スキル」を限界まで使った事がある人を、俺は自分以外には知らない。
そして俺は死の間際、自分の身体が指先から崩れて行くような感覚を、一度味わっている。
死ぬ直前の全ての人間が味わうものなのか、それとも、実際に崩壊したからこそ感じたものなのかは、分からない。
確認のしようがないのだ。
仕方がない。
ただ霊力もそうだが、使い過ぎると吐き気や目眩等の不調が現れる。
あの症状が肉体からの警告だとしたら、有り得ない話ではない。
「スキル」の使い過ぎによる、エネルギー枯渇によって肉体が崩れてしまうのかもしれない。
その仮説が立った時、なるべく「スキル」は使わないでおくべきなのではないか、と思ったのだ。
俺がこの先、どれだけの人間と関わり、その人達の中に、どれだけの足跡を残せるのかは分からない。
それでも、一人でも俺の死を惜しんでくれる人が居てくれるのなら、その時に、墓のひとつも無いのは、きっと辛い。
基未達の墓が無いと聞いた時に、俺がそう感じたように。
だから何も残さず消える可能性が否定出来ない以上、なるべく「スキル」は使わないでおこう。
少なくとも、地球最期の時のように、無茶な使い方はするべきではない。
……そう思ったのが、仇になった。
この燼霊、別人格と違って「スキル」を使う事に、一切の迷いが無い。
「スキル」を使用する時は、何が出来て、何が出来ないのかを見極める事が大切だ。
特に三神スキルは前例が無い為、手探りで使用者が実験を重ねて把握する他、術が無い。
俺ですら、綿密に想像出来るものならば「スキル」は過不足なく発動出来る。
しかし感覚的で朧気な想像では、どの程度「スキル」が補完してくれるのかが、未だに不透明だ。
だから「スキル」を使用するのに多少の迷いが生じる。
だがコイツは、腹が立つ程に使い慣れている。
燼霊となって、この世界に誕生してから、随分長い時間が経過しているようだ。
元が俺で、元々俺の「スキル」だったのに、オリジナルである俺よりも全てにおいて上位互換になっているのは、どういう事だ!?
……あ、オリジナルだのなんだの、さっき表面に出ていた人格が言っていたのは、コイツ等の大元って意味で言っていたのか。
藍より出でて藍より青しなんて言葉は確かにあるけれど、オリジナルである俺よりも、その派生である燼霊の方が強いって、何か癪だな。
他の二人なら、問題なく倒せたのに。
この人格が表面に出ていると、鳥肌は立ったままだし、背中の所がザワついて、気が散ってしまう。
どうにかならないものか。
視界の端に、燼霊の「スキル」によって破壊され尽くした王宮だったモノを捉える。
見るも無惨と言うか、とっても風通しと見晴らしが良いね。
宰相閣下殿が号泣する姿が、目に浮かぶ。
周囲の気配を探ってみる。
幸い、王宮内に居た人達の地上からの避難は、既に済んでいるようだ。
元々あまり人が居なかったし、混乱少なく移動出来たのだろう。
あとは地下の避難所から、街へと移動をするだけだな。
たが囚人の移動は、まだのようだ。
アルベルトともう一人知らない気配が、監獄塔からなかなか動かない。
今回捕らえた教会関係者はまだしも、他の元々牢屋で過ごして居た連中は、逃げ出さないと限らない。
だからシッカリと手順を踏んで、拘束してからじゃないと、避難させられない。
燼霊の相手を終えた後、避難の必要性が無くなったら、また監獄塔へ戻される。
ソレを了承し、大人しくすると誓約で縛らなければ、移動させるリスクが大きいからね。
少なくともその手続きを一五〇人しなければならない。
そりゃ時間も掛かって当然だ。
理解しているが、もっと早く避難出来ないものか……!?
結構、時間稼ぎが辛くなっている。
好き勝手に暴れて壊すのは大得意だが、そうしている相手から守りを貫くのは、中々に大変だ。
燼霊が無遠慮に破壊しようとするモノを、後手に回って阻止するのた。
神経も使うし、正直疲れる。
「――アノ人が……」
初めて言葉を発した燼霊と、目が合った。
何も見ていなかったハズの、その瞳が放つ殺気が、鋭く俺を射抜く。
「……私ではなく、アナタを選ぶ理由が、分からない」
赤い双眸は俺を捉え、その瞳を通して、燃えるような力を、直接脳に送り込んで来た。
くはっ……
脳が、グチャグチャに掻き回されてる感じがする。
生命に関わる攻撃だったのだろうか。
本能的に、自動で「再生」スキルが発動した感覚がする。
何だ、今の攻撃。
五徹した時以上に、脳ミソ痺れてるぞ。
まとわりついて離れない気色悪さを、振り払うように頭を振る。
目を瞑ったのは、ほんの一秒にも満たない時間だ。
だが次の瞬間には、燼霊が目の前に居た。
全てがどうでも良いとでも言いたそうな雰囲気がガラッと変わり、憎悪なんて言葉では生ぬるい程の、近付いただけでそのまとっている雰囲気で呪われそうな殺意が込められた目が、吐息が掛かりそうな距離まで詰められていた。
……テルモもそうだが、肉体を得た燼霊も、呼吸が必要ないのだなと、頭の片隅で呑気に考えた。




