神さま、困惑する。
多重人格障害、もしくは解離性同一性障害と呼ばれる、精神障害。
辛い経験をした感情や記憶を、全く別の人間の身に起きた出来事であると認識し、自分の心へのダメージを回避しようとする、脳の働きによって引き起こされる。
その時の感情や記憶は、モヤがかかったように思い出す事が困難になったり、完全に自己から切り離され、無かった事にされる。
その切り離された感情は、成長と共に‘’別の人格‘’となって表に現れる。
その為、病名を多重人格と呼ばれていた。
だけどその名称では、病気なのか、詐病なのかがイマイチ分からないよね。
「解離によって、自己を同一の人格に統合出来なくなる障害」だなんて言われても、診断を下された本人ですら「それは一体何の病気?」って疑問に思ってしまう。
分かりやすい病名の方が良い気もするけれど、統合失調症との誤診を防ぐため。
また離人症、解離性健忘症等の病状から、更に重く深刻な症状になっていると分かりやすくするために、表記が改められた。
また似てはいるが治療方針が全く異なってくる、精神疾患か、精神障害かを、区別しやすくする為に、心理的症候群の表記が改められた、なんて話もある。
解離自体は、誰にでもある心の働きだ。
端的に言うと「俺は悪くねぇ!」ってヤツ。
ちょっと違うか。
詳細を述べるのならば、知覚や記憶、意識に隔たりが生じる事。
後からある出来事を思い出した時、自分はその時、何をしていたか、何を思ったか、どう感じたかを思い出せない事がある。
それ自体は、何も不思議な事ではない。
日常生活を送った送るにあたって、多少の不便を感じる事こそあっても、些細な事だと、気にも止めない。
病名がつくレベルになると、その欠落するモノの規模が変わってくる。
記憶、知覚、思考、感情、行動等の情報が、ゴッソリと抜け落ちる。
数時間どころの話ではなく、数日、ヘタをしたら、年単位で。
当然、そんなにも長期間の記憶が欠落すれば、日常生活に支障をきたす。
しかも自分の記憶にない所で、‘’自分‘’が全く違う‘’己‘’として生活し、コミュニティを確立していたら、周囲も困惑するだろう。
その為病名を付けて、保護をする必要がある。
心的外傷やストレス関連によって発症するからね。
カウンセリングで根本原因を解決したり、投薬で症状を和らげたりする。
重度の他責思考の人間が居るとしよう。
その人が実は解離をしているとしたら、とても大変だと思うよ。
そういう思考に至った経緯があったとしても、周囲はモチロン、自分も解離している自覚なんて無いじゃない。
中身が違ったとしても、見た目は同じなんだもの。
失敗をしたら、責められるのが怖くて、その事実を忘れる=記憶が欠落=解離してしまうとするでしょ。
それはつまり、周囲が責めている理由の発端が自分にあるのに、その事実を忘れてしまうって事。
何で周りが揃いも揃って、自分を悪者にするのかが、分からない。
「私はやっていないのに」と傷付いて、心の傷が増えれば増える程、精神疾患は重くなる。
解離は意識的に行われる事じゃない。
自己防衛の一種だ。
大抵は幼少期の虐待なんかが引き金になっている。
つまりその他責思考だと判断されてしまうに至る経緯では、確かに被害者だった。
だが周囲はそう受け取ってはくれない。
そんな背景、理解してくれようともしない。
「やったのバレバレなのに、また嘘をついてる」とか言って責められてしまう。
本人は、失敗した事を覚えていないのに。
そのせいで周りが離れていっても、理由が分からない。
本気で忘れてしまうから。
そして人間関係を構築出来ず、社会から孤立してしまう。
負のループにハマって出てこられなくなる。
非常にタチが悪い。
精神障害って、脳のバグだと思う。
もっと周囲を巻き込まない、本人を不幸にしない方向で、どうにかならなかったのかな、と思わずにはいられない。
トラウマを植え付けた加害側を殴り飛ばしても、罪悪感を抱かなくなるようアドレナリンが大放出されるとか、辛い感情を切り離す位なら、幸せな感情に上書きするとか。
なんで自分を傷付ける方向にいってしまうのか。
物理的に傷付けられそうになると、全力で避けて逃げて、逸らして往なすのに。
脳ミソは自ら窮地に向かって爆走するよね。
燼霊の攻撃を全てどうにか出来たと思ったら、また追加の刃が宙に現れた。
本能に従って、シッカリと全て対処をしたのに。
なんてこったい。
アレ、どうなってんの?
ちょっとでも触れたら、刀も防具も腐食されてしまったんだけど。
大事な相棒達なので、気付いて直ぐに該当箇所だ時間を巻き戻して修復したけど、「スキル」を使う際の抵抗が大きかった。
回避行動を取った為に、黒い刃が突き刺さった壁や床は、瘴気を放ちながら変質して、大きな穴が空いてしまっている。
直すにしても、時間が掛かるのは明白なので、後回しだ。
床の穴に足を引っ掛けないと良いのだけれど。
精霊術で撃ち落とす事は叶わなかったが、「完全破壊」のスキルを使うと相殺出来た。
この燼霊の「スキル」は「完全破壊」に準じるものなのだろう。
さっきまで表面に出ていたプロトストリアは、「絶対再生」のような能力を発露させていたよな。
……となると、目の前の燼霊がプロトスニカスかプロトスヴィニーのどちらかは不明だが、残るもう一人が「万物創造」のスキルが使えるのだろうか。
神々の名を冠した「スキル」持ちを量産する実験を施設でしていたけれど、ひとつの肉体に複数の人格を詰め込むような計画ってあったっけ?
そんな事、人為的には出来ないだろう。
可能なのは‘’全くの他人の思考や人格をひとつの肉体に宿らせる事‘’ではなく、‘’一人の人間の人格を分裂させる事‘’だけだ。
そしてソレは人の尊厳を無視した結果、耐え難い苦痛から逃れる為に、主人格が作り出す虚像でしかない。
それにとてもじゃないが、人格ごとに全く別の「スキル」が発現するとは思えないのだが……
神経伝達物質が拡散される量や、受容体との結合時に発せられる微弱な電気信号等、ニューロンの刺激によって「スキル」の発現精度は変わる。
解離性同一性障害の場合、人格が変わると脳の電気信号パターンも変わると言うし、「スキル」の強弱程度なら変わるだろうが……
それとも俺の知らない所で、人格の移植が可能になったとでも言うのだろうか。
確かに脳ミソをイジられる手術は、俺もされてるけれども。
ソレはあくまで「知識」の情報を自在に引き出せるようにするための処置で、人格のような、完全なる‘’個‘’の領域には手を出されて居ない。
……ハズ。
イヤ、もしそんな事までしているとしたら、あまりのゲスっぷりに、改めて責任者だった闇の精霊を軽蔑しなければならなくなるよね。
あのオッサンの罪状が、とてもじゃないが一回死んだくらいじゃ、チャラには出来なくなるぞ。
燼霊は躍起になって「スキル」を連発してくるが、どんどんその精度は落ちていく。
どれだけのエネルギーを内包しているかは知る由もないが、どれだけ過剰なエネルギーを持っていても、アレだけ短時間で連発をしていれば、俺だって疲れる。
前腕程の長さがあった刃は、その半分の長さに。
柱に突き刺されば上下を分断させていた威力も、今では一部を抉るのみ。
それでも当てればタダでは済まない威力だから、避けるなり「破壊」なりはするけどね。
燼霊は見るからに疲弊している。
息が上がって来ているし、上体は前のめり気味。
ただでさえ白い肌は更に色を無くして青くなっているし、目も虚ろだ。
「スキル」をコレ以上連発し続けたら、そのうち倒れるぞ。
イヤ、無茶を続ければ、最悪死ぬ。
あくまで、人間の場合は、だけれど。
燼霊はどうなのだろう。
精霊と同じ、精神体でしょ。
身体が人間と同じように機能をしてくれるのであれば、限界を迎える前に、肉体が吐き気や眩暈のような諸症状で、コレ以上は無理だと報せてくれる。
だけど、あくまで器でしかないのなら、その時は、突如訪れるだろう。
プロトストリアは、血こそ出たけれど、痛覚がないのか、首が切れても何も構わずにグイグイ迫って来たものね。
器だから神経というものが、通って居ないのだと思う。
あ、でもそうだった。
燼霊なのに血が出るんだったな、コイツ。
「遣り合ってもムダだと、分かってるだろ?
このままだと、死ぬぞ」
俺の言葉が癇に障ったのか、射殺さんばかりの鋭い視線を、ギロリと寄越す燼霊。
整った顔で睨まれると、怖さが倍増するって散々言われて来たけれど、確かにコレは怖いわ。
「お黙りなさい!」と怒鳴り、今迄で最大級の刃を投げつけて来る。
当然「スキル」で全て破壊する。
痛いのヤダし。
ムキになって攻撃してくる、ということは後がないのか。
精神的なものなのか、肉体的なものなのかと言えば……両方だろう。
伝わってくる焦燥感は、かなりのものだ。
立場としても、退く事が許されていないのかもしれない。
精霊教会の裏番長的存在だと思っていたのだが、教帝とやらの方が、立場は上なのか?
燼霊が人に使われるなんて、有り得ない。
……そう言い切れないのは、実際地の精霊は俺にいいように使われている現状があるからで。
だが慈悲深い性質を持つ精霊と、無慈悲で残虐性の強い燼霊と同列に考えるのは、精霊に対して失礼か。
しかし俺と比較した時に能力が劣るだけで、この燼霊とて、弱くはない。
むしろ力だけなら、かなり強いと思う。
見た目が自分に近いからと、手加減や遠慮をしてしまうような繊細さは、俺には無い。
だから難無く余裕で対処が出来ているだけで、カノンでも苦戦を強いられる程度には強い。
アイツには劣るが。
……もしアイツが今、目の前に現れたとしても、コレだけ燼霊相手に善戦出来て居るのだ。
精霊術と「スキル」の両方を使いこなせるようになってきて居るからだろう。
次はしくじる事なく、確実に息の根を止められる。
……たぶん。
イヤ、心持ちとしては「やったるぜ!」と思えるけれど、実力としてね!
勝てるかどうか分からないじゃない??
とは言え誰よりも強くなっていると自負しているし、状況さえ整っていれば、勝つ自信は、あるよ。
建物を破壊しないようにと思うと、目一杯攻撃出来ないのがもどかしいけれど、今だって、攻撃に慣れてしまえば、どうってことない。
命の取り合いなら、誰にも負ける気はしない。
ココまで弱らせれば、「スキル」で創った檻に閉じ込めるのも、容易だろう。
イヤ、ジビットや磔刑轆は流石に誰かに見られた時に、誰の趣味かと問われそうで怖い。
社会的に俺が死ぬ。
だからといって自由度の高い、ただの檻では暴れられるのがオチだ。
なので魔力や「スキル」を使えなくなる縄を創り、後ろ手に梯縛りをして拘束を試みる。
諸手挙げにはしなかったよ!
当然、前面を菱形縛りにもしなかった。
社会的に(以下略)
ただ拘束するだけでは、火事場の馬鹿力で俺の「創造」の力をコイツが上回ってしまった時に、逃げられてしまう。
万が一ご出荷程度なら有り得ない話ではない。
その為恥辱を与える事で抵抗する心を折り、複雑な縛り方をする事で物理的にも逃れ難くしておいた。
見た目がハデな縄術は、ちゃんと理由があるのだよ。
縛師による芸術的な拘束は流石に出来ないが、早縄で捕縛した割には、結構上手に出来たのではなかろうか。
良い仕事をしたぜ。
……縛っているのが自分とソックリさんというのが、少々どころか、かなりイヤだけどね。
視覚的にキツイ。
縄で拘束され跪かせている状況が、完全にくっ殺案件である。
俺、オークじゃないんだけどな。
だが見る人によっては、燼霊を縛っている縄の行先は俺の手の中だし、完全に俺が悪役だよね。
囚われの美少女が悪役だなんて、誰も思わないだろう。
誰も見ていませんように。
社会(以下略)
燼霊はどうにか解けないかと身動ぎするが、その度になまっ白い肌に縄がくい込んで、とても痛そうである。
縄目を荒縄で想像しなくて良かった。
もし表面が毛羽立った縄だったら、きっと今頃出血していたに違いない。
地の精霊が肉体をOFFにする時に、どんな原理でやっているのか、説明なら受けた。
だがしかし、この世界特有――というよりは、霊力の働きによる独特な現象によって確立されている法則が働いているそうで、全然理解が出来なかった。
ようは杖と同じで、一時的に目に見えない細かな粒子にしている、ということらしい。
再現は出来るが、理屈が分からない。
なので粒子化して逃げようとした場合に対処する為の術式は、拘束縄に組み込まれていない。
何となく、こんな感じ、というイメージで創り上げた物になるので、肉体を完全にOFFにされたら、逃げられる。
魂なんて‘’個‘’と定義するには、余りにも曖昧で不確かな物を、拘束するイメージが俺には出来ないからだ。
だが燼霊は、縄に囚われたままだ。
コチラの出方を伺っていて、本当は逃げる気が無い、なんて事は無い。
動きが制限されている中で、何とかこの場から逃げられないかともがいている最中に、バランスを崩して倒れた肩は強打して赤くなっているし、今の人格はプロトストリアと違い痛覚があるのか、目は涙で滲んでいる。
口調的にプライド高そうだし、惨めな現状が辛くてないたのかもしれないが。
……弱い者イジメをしている気持ちになってきた。
燼霊にだって、力の序列位あるだろうが、余りにも弱過ぎる。
鑑定眼を通して見る分には、昨日の燼霊と同じだ。
しかし教会でサブイボが出るレベルで恐怖した、同じ相手とはどうしても思えない。
「お前、燼霊で間違い無いんだよな?」
「私たちを棄てた、あなたがそれを仰るの!?」
「……は?
捨てた??」
惚れた腫れたの振り振られって類の話じゃないよな。
何度も言うが、俺はナルシストでは決してない。
鏡でも見ているかのように似ている、目の前のコイツを恋愛対象に見ようとしたって、到底無理だ。
そもそもこうして面と向かって会うのは初めてなのだ。
関係性なんて、無いも同然。
拾った事も会得した事もないモノは、捨てようが無いのだが。
一体、どういう意味だ??




