神さま、倒す。
人の性格というものは、遺伝子の影響が五〇％程あるとされている。
情緒の安定性や協調性、学習能力や忍耐力なんかも、遺伝子によって生まれながらにして、ある程度定められる。
……とは言え、遺伝子という土台が同じでも、その上に積み上げる生育環境と、ソコから得られる経験という建造物が違えば、他者からの評価は大きく変わるものだ。
親がクズだからと言って、子も必ずクズになるとは限らない。
遺伝子的に負けだからと、どクズになる場合もあるしね。
厄介なのは、常日頃から親に似るまいと品行方正を心掛け、普段は全くの別人だと、むしろなんであの親からこの子が生まれるんだと疑問に思う振る舞いをしていたとしよう。
だがふとした瞬間に、遺伝子のなせる技を見せつけられ「あ、この人達やっぱり血縁関係にあるな」と思い知らされる事が、どうしてもある。
遺伝子のしがらみからは逃れられないのだと、思いしらされる瞬間は、必ずある。
トンビがタカを産むことは無い。
カエルの子はオタマジャクシだったとしても、成長すればカエルになるように、違うように見えても、親子はどうやったって似るものなのだ。
非常に哀しく悔しい現実だけどね。
イヤ、どちらかと言うと腹立たしいか。
クサっても仕方ない。
現実を叩きつけられ、遺伝という名の呪縛からは逃れられはしないのだと諦め、遺伝なんて自分を構成する一要素に過ぎないのだと受け入れた時。
初めて気にせずに生きられるようになり、やがて親や兄弟は関係なく、自分は自分なのだと思えるようになる。
少なくとも俺はそう思うし、あのクソみたいな父親を、拒否出来るようになった。
親なんだから受け入れ許さなければならない、なんて思い込みの呪縛からは逃れられた。
どうでもいい、とはまだ思えないが。
好かなければならないと思わずに居られるようになっただけ、気持ち的には軽くなっている。
そのうち、どうでもいいと思えるようになったら、もっと楽になれるだろうな、と思う。
だが現実は、そう優しくはない。
イージーモード希望なんだけどな。
親に対して無関心にはなかなかさせて貰えないようだ。
癪に障るレベルで、目の前の燼霊は俺によく似ていた。
自分の生い立ちや、犠牲になった自分と同等の遺伝子を持ちながら生まれる事なく死んでいった実験の犠牲者達を、嫌でも思い出させる顔だ。
造形はかなり似ていても、アッチは表情を動かさない為、能面のように見えるが。
ただでさえ作り物のような顔立ちが、より一層人工物に見えて、正直、気持ちが悪い。
視線も虚ろで、攻撃が読みにくいのも腹立たしい。
見た目の話は昨日の時点で分かりきっている。
攻撃も何とか避けられて居るし。
どうでも良いか。
問題なのは、性格だ。
遺伝によるものに、なるのだろうか。
「スキル」も俺と同じか、少なくとも、似た能力を持っていると思われる。
髪の毛が自由自在に伸び縮みしたり、石柱すらも穿つような強度になったりするのは、恐らく「スキル」でタンパク質をイジっているからだろう。
タンパク質は主に水素・炭素・窒素・酸素から構成されている。
鎖状連結したアミノ酸は、遺伝子情報に基づき働きの異なるタンパク質を作り上げる。
本来ならば。
しかし「スキル」によって毛髪の炭素の割合を増やし、構造を少しイジれば、ダイヤモンド並の硬さに変える事も出来る。
「万物創造」はその名の通り、何でも創れる「スキル」だ。
無から有を生み出す、唯一無二の能力が特出しているため、着目されるのはその点ばかりになる。
実際、俺が「スキル」を使うのも、思い描いた物を自由に創りたい時が多い。
しかし‘’天地万物の全てを創造する能力‘’であるからして、既にあるモノの形を変える事も、当然出来る。
アルベルトの装備を壊してしまった時、修復したり原子や分子の配列を変えて強度を増したりしたのも、「万物創造」の力である。
今目の前で燼霊がやっているのも、肉体の構造をイジって強度を上げて攻撃しているのだろう。
なかなかに器用である。
手間は一段掛かるが、廊下の石材や、身にまとっている衣服をイジった方が、結果的に楽な気がする。
ぶっちゃけ、俺は元に戻せる自信がないから、自分の身体を改造するなんて、やりたくない。
髪の毛だって、あんな一気に伸ばしたら、毛根にダメージ与えそうじゃん！？
ハゲになるのはイヤだ！！
髪色をイジるだけでも、抵抗があるのに。
あんな負荷が掛かる事、したくないよ。
スキンヘッドは似合わないから、絶対ダメって言われているし。
燼霊は器を取っかえ引っ変え出来るから、そういう些末な事を気にしなくて良いんだろうね。
避けて地面に突き刺さった髪は、回収される事は無い。
ある程度の長さでハラハラと千切れて、瞬時に伸びてまたコチラを狙って来る。
エコじゃねぇなぁ。
限りある資源は、有効活用しろよ。
尖端は二〇cm程は硬いが、半ばで切ると髪の毛を切った時の感触が、そのまま手に伝わって来る。
切り落とされ自分の肉体から離れた髪は、操る事は出来ないようだ。
猛攻が続くが、燼霊はその場から一歩も動かない。
スキを見て、アリア達を追いかけるような、素振りさえ見せない。
燼霊ならば、アイツと同じように、「スキル」と魔力を併用出来るだろうに、魔力による攻撃もして来ない。
何らかの意図があって、時間稼ぎさえ出来れば良いと思っているのだろうか。
そう思ったが、多分、違うのだ。
コイツ、俺と同じで滅茶苦茶面倒臭がり屋で、他人に全く興味がないだけだ！
アクビを噛み殺したり、攻撃に使っていない毛束に枝毛がないか探したりして、手持ち無沙汰だとアピールしている。
イヤ、そんな主張はしていないのだろうけど。
バカにしているように見える。
水の精霊が俺に腹立つ理由が、ちょっと分かった。
舐め腐ってるように見えるわ、コレは。
タンパク質には窒素も含まれている為、火をつけてもすぐに消されるのがオチだ。
吸水率を上げる事も可能だから水による攻撃は無意味。
風の刃で切っても、今より互いの手数が増えるだけだ。
石材を加工して攻撃されないように縫い止めようとしても、一瞬でも肉体をOFFの状態にすれば、すぐにすり抜けられる。
油断してくれている間に、ケリをつけてしまいたい所だ。
燼霊を無力化する方法は、顕現し続ける為の肉体を破壊する事。
燼霊として存在する為の魔力を根こそぎ奪う事のふたつがある。
前者は「スキル」が俺と同等のレベルなら難しい。
肉体改造で幾らでも硬質化出来るし、俺はそんな博打をしたいとは思わないが、武器が肉体に触れた途端に、例えば刃物が皮膚を貫き肉を抉る、その刹那の間に分解してしまえば、肉体は損傷しない。
多少傷を負っても、身体が修復不可能なレベルにさえならなければ、顕現し続けられる。
もし損傷しても、燼霊は幾らでも肉体の替えが利くのだ。
何も恐れる事は無い。
そうなると、空の霊玉を突っ込んで魔力を吸収させるか、満タンの霊玉を押し付けて魔力を中和・相殺させるかの方法になるな。
手持ちの霊玉で足りるかな。
あんまり質の良いヤツは、持ち歩いてねぇぞ。
普段は人の目もあるからと、時の精霊から与えられた領域を、持ち歩いているポシェットに繋げている。
その時その場限りで見れば、容量がポシェットの見た目よりも多いのかな？ 程度にしか見えないだろう。
実際はほぼ無限、時間の流れからも断絶されている亜空間に繋がっている。
水色タヌキの、半月型のポケットみたいな物だね。
生命は入れられないので、中がどうなっているか覗き見る事は出来ないが。
やはり、万華鏡のような風景が広がっているのだろうか。
その亜空間だが、俺は時の精霊から使用の全面的な権限を貰っている。
なのでいつでもどこでも出入り口を喚び出し、過去亜空間に押し込んで置いた物なら、想像した物を任意で取り出す事が出来る。
「スキル」で創るのとは違って、収納した物を取り出すだけなので、タイムラグも創造力も必要無い。
そもそも、霊玉のような地球の理では説明出来ない物は、俺が理解出来て居ないので創れない。
創れてもどきだな。
その時その時で、必要な要素にのみ特化したようなヤツ。
今なら魔力を吸収・中和・無効化する霊玉っぽいナニカが出来るだけ。
それなら、霊力を温存しておきたいし、亜空間に入れて置いた霊玉を使うべきだろう。
髪の毛の攻撃を避けるように、距離を一旦大きく置く。
スリングショットを「創造」し、小型の魔物から取れる、利用のし所が何か無いかと思い拾っておいた、クズ石を燼霊に投擲する。
この大きさでは霊玉とは呼ばれないが、俺が手ずから偏った属性や不純物の一切を取り除いた物だ。
小さいながらも、そこら辺で汲んだバケツの水を浄化する位の霊力は篭っている。
強度はほぼ無いので、中の霊力を使い切ったら、砕けるか砂になるかする程度のものだ。
手間の掛かり方と効果を比較した時に、コスパが悪過ぎた為に、利用される事なく、ずっと亜空間の中に放置されていた代物である。
だって俺、水なら自分で浄化出来るし。
そもそも、水の精霊に言って聖水すら出して貰えるし。
案の定、投げ付けられたクズ石を、硬化させた髪で貫き、払い、次々に砕いていく。
粉々になった石は、最初こそ燼霊のまとう瘴気や魔力によって、蒸発するように直ぐに消えた。
しかし次第に中和されるスピードは遅くなり、大きめの粒はスパンコールでも散らしたかのように、陽光を受けて燼霊の髪にくっつき、キラキラと輝いていた。
その姿は、場違いな程に美しく見える。
強襲者じゃなければ、そして今まさに戦闘をしている最中でなければ、見蕩れて呆けていたかもしれない。
イヤ、そんな感想を持ったら、俺がナルシストみたいじゃないか。
決してそんな事は無い。
断じて無い。
美醜で言えば美しい顔立ちをしている自覚はあるが、俺は決して、水面に浮かんだ自分の顔にキスをしたいなんて思わないもの。
小さかろうが、砕かれようが、霊玉としての力はシッカリとあるクズ石の粉を、ずっと浴び続けた燼霊は、徐々にその動きを鈍くしていく。
戦闘の経験が、全然無いのかな。
不容易に霊玉を砕いたし、今の状況に陥っても尚、戦闘スタイルを変えない。
よろけて、自分の身体を支える事すらままならなくなり始めている。
自分と酷似した顔の相手を執拗にいたぶる趣味は無い。
ここまで弱体化したのなら、抵抗される事も無いだろう。
靴に付与した加速の効果によって、五〇m近く離れた距離を一気に縮め、肉薄する。
左手で燼霊の右肩を押し、左足が僅かに浮いた隙に、体重を支えている右足を小外刈の要領で払った。
「きゃあっ！」と自分と同じ顔をしている生き物が、まるで女の子のような高い悲鳴を上げると、とても微妙な感じ気持ちになる。
正直、気持ち悪いな。
体勢を崩した所で馬乗りになり、首にピッタリと刀を当てた。
動けば首が落ち、顕現し続けられなくなるだろう。
燼霊ならば、その肉体はタダの器でしかない。
肉に食い込んでも、血が出る事は無い。
……ハズ、だったのだが。
何せ魔物をスパっと一刀両断出来てしまう程に斬れ味の良い、我が愛刀である。
軽く押し付けただけで肉に食い込み、プツリと皮膚が浅く切れた。
ソコからは、何故か、血が滲んでいた。
俺が見た事のある燼霊は三体しか居ない。
けれどそのどれもが、血の一滴たりとも流れず、肉体が破損すれば、砂のように崩れるだけだった。
燼霊とは皆、そういうものだと思っていたのだが……
それとも実はコイツ、燼霊じゃないとか言う？
鑑定眼でシッカリと、意識と霊力を集中して視てみる。
辛うじて読める説明書きを見る分には、燼霊を見た時と同じように、バグった表示の羅列の中、種族名に‘’燼霊‘’と書かれて居るのだが。
「その、かお……」
ボーッとしていたワケではない。
なのに、スッ……と、おもむろに頬に伸ばされた手に、反応が出来なかった。
「試験体一号……？」
