神さま、反射する。
座標や人物さえ指定すれば、転移した事の無い場所でもパッと移動出来るのは、やはり便利だ。
アリアと宰相閣下殿は、俺が歩いた事のない通路の途中に居た。
街でカノンがしていたように、手紙が飛び立たない現象に、何かイヤな予感がすると表情を曇らせている最中だった。
この様子ならまだ、二人の身に直接何かあったという事は無さそうだ。
一安心だね。
俺の出現に気付いたアリアが、さっき送った手紙の内容に始まり、一体何が起きているのか、矢継ぎ早に聞いてくる。
俺の口、一個しかないから。
そんな一気に聞かれても困るから。
とりあえずカノンの無事を告げると落ち着いた。
ブラコンはこういう時、御しやすくて良いね。
カノンから転移方陣の実験をしている事は、ある程度聞いているそうだ。
じゃあソコの説明は飛ばそう。
段階を踏んで実験をしようと始めた直後、今日の尋問の手伝いをしてくれる夢魔を一人、コチラに設置した転移方陣に送った。
しかし連絡が届かないので何かあったのかと、夢魔独自の連絡方法を取ったら、問題無く繋がった。
だが手紙は王都からも、街からも送れない。
しかし俺だけはアリアに送れた。
状況を鑑みて、もしかしたら昨日に引き続き、アリアが敵襲を受けている、もしくはコレから受けるのではないかと考え、今行動を起こしている最中なのだと説明をした。
精霊教会の連中を根こそぎ監獄塔に押し込めている現状は、教会側からしてみれば、同胞を取り戻すためという、王都に攻め込む為の大義名分を得ている状態になる。
「イヤ、先に国王を弒そうとしたのはソッチやん」なんて事実は、意味を成さない。
勝てばそんなキッカケは、些末な事とされる。
歴史とは、勝者が作り上げていくものだからね。
勝てば官軍負ければ賊軍なんてことわざもある位だし。
社会的な規範や倫理を教える立場の者がソレでどうするのだ、と問いたくなるが、戦争に道理なんて通用しないからね。
俺が見た俺にソックリの燼霊が、まだ王都に居るのか否かの判断すら出来ない。
だが居るものとして行動しなければ、後悔する事になりそうだ。
そう考え、カノンと夢魔が市民を地下の避難所へ移動を促し、俺がアリア達を避難させる運びとなったと、今まさにどう動いているのか、続けて説明する。
俺の話を聞いたアリアは、少し……気のせいかと思う程度だが、表情が微妙に乱れた。
為政者らしい、作り込んだ笑顔が陰ったのは、カノンのせいだろう。
「来たのが俺で、ゴメンね?」
「心得ておりますので、お気になさらず」
あ、やっぱりカノンがコッチに来なかったのを気にしてた。
どうせ守られるなら、兄に守って貰いたかったんだよね。
まぁ、仕方がない。
カノンは人を目印にして、転移術を使えないんだもの。
もしコレから燼霊、もしくは教会関係者による襲撃があるのなら、少しでも早く、王都に居る全員を漏れなく避難させなければならない。
適当に当たりをつけて転移をして、アリアが何処に居るのか気配を読んで、また転移をするか走って、その場所まで行って合流をする。
更に王宮内に設置した転移方陣の場所まで、夢魔達を迎えに行って、住民の避難誘導をする際、どこに各自待機すれば良いのか等も教えなければならない。
正直って、時間のムダだ。
そんな段階を踏んでいる余裕があったら、一刻も早く避難しろ・させろって話だ。
そんな短時間に何度も転移術を使える程、カノンの霊力量は膨大とは言えないし。
「私たちは、どちらへ参れば宜しいのでしょうか」
「時の精霊の方陣と、カノンが設置した転移方陣の場所なら、どっちが近い?
いつでも離脱出来る状態にしておきたい」
「時の精霊様の方陣は、あくまで王都や、世界を守護するためのものですよ?」
「時の精霊から授かったモノには違いないだろ?
時の精霊の力が発動する、キッカケになるような場所であれば、問題ない。
カノンから渡された紋様具は、あくまで街の俺達の家に移動する為の道具なんだ。
もし教会の全教徒が攻め込んで来たら、ココから近い街も戦火に巻き込まれる危険性が高くなる。
そうなると、街に後退する程度じゃ、無意味かもしれないだろ」
燼霊と戦う事になれば、コッチが勝ったとしても、戦闘の余波で王都は最低でも半壊はしてしまう。
その自信ならムダにある。
燼霊が出て来ず、教会の人間が数を揃えて攻め込んで来た場合は、建物の被害こそ少なくて済むが、避難が済んでいないと、逃げ遅れた人間が損なわれる可能性が高い。
「精霊様を信じない罰当たりな連中には鉄槌を!」
……なんて言い方をするかは分からないが、アリアを筆頭に王都の人達を是正しようと、あくまで自分たちの行動を正当化し、加減知らずに攻め込んでくるって事だろ。
大義名分を与えられた人間は、とても残虐な行動に出るのは、地球の歴史でイヤと言う程見てきた。
正直、燼霊一体が出て来るより、教徒が攻め入って来る方が被害は大きくなる。
建物なんて、いくらでも作り直せる。
しかし、人間はそうはいかない。
だからどっちに転んだとしても、アリアも含めた全員が、早めに安全な場所に避難をするに限る。
まぁ、今の所、外部の人間が大量に王都向かっている気配は無い。
なので心配すべきなのは、燼霊の強襲だ。
地下だと戦いの余波で、崩れる心配がある。
手加減する余裕が持てたら、ちゃんと加減はするケドさ。
街まで一旦下がれば、王都の住民は、まず問題あるまい。
何かあれば王都の人間を街に避難させる手筈は整えて来た。
家の鍵は開けてきたし、手紙を受け取ったゴルカさん達は、手分けして避難民の受け入れを始めてくれているだろう。
だが、万が一を想定するのならば、アリアだけは街に避難させるだけでは、実は弱い。
何故かと言えば、王宮にある時の精霊が英雄の血族に与えた方陣が理由だ。
アレは、アリアとカノンの父方の親族である宰相閣下殿でも、母方の親族であるルイーナ街の長にも使えない。
あくまでも、英雄二人の血が流れて居なければ、起動させられない。
無論、俺にもムリである。
現時点で、アリアにもカノンにも子供が居ない以上、二人が喪われれば、守護方陣は効力を無くす。
王都を守ってる程度の物なら別に良かったんだケド、聞けばあの方陣は、世界そのものを護っていると言うじゃない。
方陣自体は作り直せるが、破壊なり破損なりするのは、避けたい所だ。
ココが王宮たる所以だから、なんてそんな気持ちの問題では無く、方陣の効果が世界に及んでいるんだもの。
効力を失った時、どうなるか考えたら恐ろしくて堪らない。
方陣が簡単に移動させられるなら、何の問題もない。
首都の場所が移動するのなんて、さして珍しい事ではないもの。
何千年と同一国家として続いた日本でさえ、何度か場所が移されているのだから。
だが方陣が設置されている場所は、地脈点である。
世界中を流れる霊力の、中心だ。
簡単に移す事は出来ない。
アリアとカノンの二人が戦争の中で死んでしまうのも、いただけない。
別の者が王座に座る事になっても、時の精霊がその人物を気に入らない可能性が高い。
その時は人間だけで統治を頑張ってね、と言うだけだが、ソレだけで話は終わらせられない。
国王の務めの最たるは、時の精霊の方陣に霊力を注ぐ事だ。
その方陣の効力は世界の均衡を保つ為――ニブルヘイムから、燼霊が来ないようにする為のものである。
方陣が破壊されたり、込められた霊力が失われれば、ギンヌンガの裂け目にどんな影響が及ぶのか、俺には判断出来ない。
ゆっくりと徐々に開くのか、塞き止められていた分だけ勢い良くバーンと開くのか。
いずれにせよ、燼霊が自由に行き来出来る世界になれば、人類の生存域は更に狭まる。
なんなら、絶滅の可能性も出てくる。
力が減退し、そのうち衰弱死する事を狙って、不毛の地に追いやられたのだ。
恨み骨髄に入ってる事だろう。
地球を含めた色んな世界から、せっかく拾い上げて貰った命が集まるこの世界そのものを、破壊しようとするに違いない。
燼霊と戦うなんて冗談じゃない、と言いたいが、アリアとカノンが死ぬと世界が滅びる可能性がある以上、二人を戦線から離脱させるのが、俺の最優先させるべき任務である。
教会のトップが燼霊って聞いた時から、考えていたんだよね。
燼霊は破壊衝動の塊みたいなものだって言うじゃない。
常々世界を滅ぼそうとしているって。
なら、その為にすべき事の最適解ってなぁに? と問えば、より多くの燼霊をコッチの世界に呼び寄せる事。
それを邪魔しているギンヌンガの裂け目を破壊する事。
この二つだろう。
ギンヌンガの裂け目を守っている闇の精霊は、精霊の中でも頭ひとつ飛び出た実力を持っているそうだ。
ヤツの力を借りた精霊術こそ地味だけれど、単純な力量だけなら、時の精霊に並ぶ。
相手にするのは、骨が折れる。
ならそれ以外の方法で、裂け目をどうにかすれば良い。
ギンヌンガの裂け目の結び目を形成している、とでも言えば良いのだろうか。
イメージとしては、球体に大きめの延伸加工したフィルムを当てて、熱を加えてシュリンクすると、大半の部分は球体にピッタリとくっつくでしょ。
そのしっかりとくっついた場所からビニールを剥がそうとしても、なかなかに難しい。
しかし一部余った部分は、クシャクシャになってもたついている。
ソコからなら、いとも容易くビニールを剥がす事が出来る。
そのもたついた部分がギンヌンガの裂け目。
熱を加えているのが、王宮の方陣を通してアリアが込めている霊力に相当している。
余剰分の霊力は、重ねがけするフィルムの役割も果たしているかな。
燼霊がアリアとカノンを狙うのは、これ以上フィルムを重ねがけされて、燼霊の封印を強固にされない為だろう。
教会の連中が人工的に裂け目を作れたのだから、封印を重ねがけしたり、熱を加え続けられたりしなければ、思っているよりも簡単に、燼霊の封印は解けてしまうのかもしれない。
いずれにせよ、アリアを一刻も早く、避難させなければ。
「あと、どんくらいで着く?」
「は、あと……はっ、もぅ、ちょっと……ぜぃ」
貴族は、王は、いついかなる時も、慌てる事無く、民衆の模範となるような立ち居振る舞いをしなければならない。
そんな事を言っている場合では無いと、長い廊下を走らせる。
合流点した地点から意外と移動しなければならず、かれこれ五分は全力疾走を強いている。
普段身体を鍛えていないせいで、走るのも遅ければ、体力が尽きるのも早い。
大丈夫かな。
周囲の気配を探るが、霊力のほぼ感知出来ない大衆が一箇所に徐々に集まろうとしている以外は、特筆した異変は見当たらない。
その普段と違う所は、カノン達が手筈通りに住民を避難させている証拠だ。
防護壁も、守護方陣も、いつも通り起動している。
ただの避難訓練になってくれれば良いのだけれど。
そんな願いは虚しく、突如立ち止まったアリアによって打ち砕かれた。
体力が尽きたワケではない。
廊下の先と、俺とを視線で交互に見比べている。
一瞬遅れて宰相閣下殿も、同じような表情で俺とソレとを比較した。
柱の影に立っている分、特に目立って違う髪色は、かなり暗い色に見える。
今の俺は再び黒く染めているので、余計にソックリに見えているだろう。
「走れ」
短く二人に告げ、愛刀を抜く。
精霊術の使用にどれだけの制限が掛かっているかが、まだ判断出来ない。
探りを入れながらの時間稼ぎは……どんだけ必要かな。
アリアの体力を考えると、倒せた方が良いのは分かるんだけど。
気分的に、自分に刃を向けているような気持ちになるから、ちょっと複雑だ。
俺の実力は、俺が一番よく知っている。
明るい場所で見ると、余計に似て見える目の前のお相手が、ザコだとはどうしても思えない。
ギィンッ!
ノーモーションで飛んで来た何かは、俺の刀によって弾き飛ばされ、地面に刺さった。
石で出来てる床に突き刺さるとか。
どんだけ頑丈な髪の毛をしてるんだよ、コイツ。
「ご武運を」
消え入りそうな声で、辛うじて労いの言葉を告げたアリアは、宰相閣下殿に手を引かれ、回れ右をして元来た廊下を戻って行く。
錐のように鋭くまとめられた、ひとつの髪の束が、その背後を貫こうと、猛スピードで俺の横を通り過ぎようとする。
「させねぇよ」
キギィッ!!
先程よりも、行く段か高い音が廊下に響き渡った。
刀が削られたのか、火花まで飛んだぞ。
マジかよ。
まだまだ、全然実力を出し切って居ないようだ。
なのにも関わらず、既に床に穴が複数空き、柱は一本、燭台はみっつほど使い物にならなくなっている。
……この弁償代、俺が払わなきゃって事、ないよね?
借金まみれになる前に、サッサとこの燼霊を倒さなければ。




