神さま、嘲笑する。
呼び出したるは、イシュクを含めた臨時尋問官を務める、夢魔の面々だ。
我が家に二度目の訪問となる夢魔達は、一度目の時とは打って変わった態度で歓待され、恐縮しているのか、俯いている。
気恥しげとか、厚意に感謝している雰囲気とかではなく、文字通り、恐れ、青い顔をして縮こまっている。
取って食いやしないのに。
「……なにゆえ、ワタクシ共が拷問を受ける側なのでしょうか?」
他の夢魔につついて促され、か細い声で尋ねるイシュクの顔は、青いを通り越して紫がかっている。
夢魔は肉体の操作が出来る。
ただのアピールなのか、実際血の気が引いているのか、どちらなのだろうか。
内股気味でプルプル震えるの、辞めてよ。
俺達が弱い者イジメをしてるみたいじゃないか。
イシュク達の余りの腰の引けっぷりに、呆れてしまう。
誰も手を付けようとしないので、もてなす為に出したマカロンをひとつ、口に放り込んだ。
「感度を増大させられるなら、逆に痛覚を遮断する事も出来るだろ?
それに、魂さえ壊れなきゃ、肉体もすぐに作り直せるって言ってたし。
適材適所じゃん」
「だからって、人体実験の被験者になるのは、ちょっと……」
後半は口の中でモゴモゴ言われただけなので、上手く聞き取れない。
俺が突っ込んだ、マカロンのせいだが。
まぁ「遠慮したいな〜」程度の、軽い抵抗の言葉だったように思える。
はっはっはっ。
遠慮はいらん。
逃げるつもりなら、全力で追い掛けてやる。
元々、拒否権なんてモンは無い。
だってさぁ。
転移方陣を使うのは国の要人だよ?
ある程度でも安全性に確証が持てないと、使えだなんて、とてもじゃないけど言えないじゃない??
しかも周知されていない精霊の力を借りた、方陣や術式の勉強をし出してから間も無い素人がメインで作った代物だよ???
製作者に信頼が置けないなら、せめて実験データを出さなきゃでしょ。
だからと言って、製作者としての責任を取ろうと、俺やカノンが使うのは気が引ける。
だって失敗して四肢が千切れりゃ、当然、死んでしまうもの。
カノンは国王並の権力者だから、死ぬワケにはいかないでしょ。
俺だってまだ若いんだもの。
せっかく第二の人生始めたばかりなのに、死にたくない。
地の精霊なら、実験に適しているように思える。
肉体ONの状態で使って貰えば、どんな不具合が起きるか、詳細に教えてくれるだろう。
だが彼の肉体は、作るとなると滅茶苦茶手間が掛かる。
皆の霊力に耐えられるような素体だからね。
素材集めだけで、ヘタをすれば年単位掛かる。
簡単に作れるなら、他の精霊の皆の分も、とっくに作っているって。
片や夢魔の面々は、魂が無事で触媒があれば、すぐに身体を作れる。
触媒は夢魔によって、適合する物が違うが、まぁ、精霊の素体の素材に比べれば、全然余裕で集められる。
例えばイシュクなら、地と火の両方の属性が含まれた素材なら、精霊石でも魔物素材でも何でも良い。
霊力が多く含まれていれば居る程、肉体作りに必要な時間が減ったり、魂と身体の馴染みが良くなるので、すぐに激しい運動も可能になる。
その程度の差だそうだ。
馴染まないウチに無茶をすると、幽体離脱をするように、魂がヒョロっと抜けてしまう問題こそあるが、馴染むまで大人しくしていれば、何の問題もない。
ナニをしている最中にそんな事になったら、お相手はトラウマものだろうな……何て思ってしまった。
どんな物が触媒に適しているか。
全員分聞いたが、手持ちの素材で十分事足りる。
なんなら、オカワリ分も山とある。
一人で転移する所から始め、複数人が一度に利用しても不具合が生じないか。
もし発生するとなったら、方陣のどの部分に問題があるのか。
転移する人数に問題が無かった場合、転移させるモノの霊力量で差が出るか。
単純な物量ではどうか。
ソレらを徹底的に洗い出したい。
なので、地の精霊一人に協力を仰いでも、意味が無いという理由でも却下した。
何より、せっかくの趣味の時間を邪魔してしまったのだ。
コチラの都合で、また手を止めさせるのは、気が引ける。
大人数の、人身御供が必要なのだ。
俺も人柱になった過去があるから、辛いのは分かるよ。
あの精神体的にも、肉体的にもシンドい経験なんて、もう二度としなくない。
そう思わせる位に悲痛な経験だった。
他の人にさせるなんて、とんでもない。
心からそう思う。
……が、ソレはソレ。
コレはコレ。
だってコイツら、人じゃないし!
「……ジューダス様、外道って言われません?」
「えぇ〜?
よく言われる〜」
語尾に草を生やしながら、全面的に肯定してやると、イシュクは力が抜けたように項垂れた。
よく、と言うと語弊があるか。
そんなしょっちゅう言われる機会は、流石に無い。
特に最近は言われて居ない。
だが十六年の歴史において、外道や下衆のような罵り言葉なら、両手ではとてもじゃないが足りない位には言われて来た。
目を惹く外見をしている上に、仕事も勉強も不真面目。
なのにテストだけは常に高得点となれば、悪目立ちする。
ケンカを売られ易くなるのは至極当然の事である。
そういう、頭に血がのぼりやすく、何でも暴力で片付けようとする人間性を炙り出す為の、パフォーマンスでもあったのに。
良いように踊らされて、処分された人がどれだけ居る事か。
上からの命令だったんだもの。
逆らったら俺が痛い目に遭うのだから、仕方がない。
こうやって人の生き死にを他人のせいにしてしまえるあたり、確かに外道だわ。
違いない。
カノンには一旦、通常の転移術で王都へ飛んで貰う。
そしてアリアと宰相閣下に、転移先の目印となる精霊石と、緊急離脱する時に使用する紋様具を渡して貰う。
そしてこの方陣を使って街から王都へ転移する時の、出現場所を選定して来て貰う。
国のスリートップが決めるなら、誰からも文句は出ないだろ。
そして転移の紋様具が問題無く使えるかを確かめる為、コチラに戻って来る時には、転移術は使わないように言ってある。
万が一紋様具が故障したり、異常をきたしたりすれば、アリア達に渡した紋様具は回収。
作り直しとなる。
刻み込んだ術式はカノンが確認してくれたし、精霊の皆も問題無いとは言ってくれたから、大丈夫だとは思うけどね。
ようはダンジョンの中に作った転移方陣と、同じだもの。
出発地点は場所は違えど、到着場所は常に指定された一箇所に集中する仕様も一緒だ。
ダンジョンは各フロア最奥という複数の地点から、入口に瞬時に飛べるようになっている。
もし別フロアで複数人が一気に利用したとしても、少しずつ転移と出現のタイミングをズラすようにしてある。
指定した座標に、余裕を少し持たせてあるのだ。
全くピッタリ同じにしてしまうと、先に利用した人の身体の内部に転移してしまう、なんて事が万が一にでも起きてしまったら、大変だからね。
俺のダンジョンにおいて、そんな恐ろしいスプラッタな展開は要らん。
ダンジョンの方陣は、時の精霊と一緒に作った。
この部屋に設置したのは、その専門家が作った物の、類似品になる。
ただ、プラスアルファでくっつけた術式が、どんな相互作用を引き起こすかは、実際に使ってみないと分からない。
俺では想定出来ないような事が起こるのが、精霊術だからね。
AとBの術式は、それぞれ単独で使う分には問題無い。
その結果を同時に得たいので、同じ方陣に全て放り込んでしまえ!
……と単純にやった所で、上手く作動しないのだよ。
例えば火を熾す術式と、水を生み出す術式があるじゃない。
それぞれ別の方陣を描いて霊力を注げば、当然発動する。
前者は顔料の成分を使い切らない限り、霊力を注ぎ続ければ火が出続ける。
コンロ代わりになって、とっても便利だ。
カノンが定着材の実験をしたのは、この術式の方陣になる。
火事になると危ないので、火が出る、ではなく、火力の上限が設定された、温かくなる程度の方陣だ。
後者の方陣は、同じく顔料が消えるまで、霊力を注ぎ続ければ、方陣の中心から水が出続ける。
水の精霊と相性が悪い術師は、この方陣を持ち歩いていると、旅の道中水場を探さずに済むから便利だろうね。
そのふたつの術式を、同じ方陣に描いたとしよう。
そして俺が霊力を注ぐだろ。
するとどんな結果が出るか。
霧が出るかお湯が出るかと思ったが、全然違う。
何も起こらない、が正解だ。
相反する属性同士で、特に出力を設定しなかった場合。
その上でどちらの属性にも適性があるか、どちらにも適性が無い人なら、何も起こらない。
属性が火に寄っていれば、水の生成よりも炎の方が勝つ。
水は出ない。
加熱蒸気が生じる。
過熱水蒸気が発生する。
霧が生じる。
熱湯が出る。
お湯が出る。
水が出る。
得意な属性が水の場合、火は熾らずに水の要素が勝つ。
こんな感じで結果がバラつくのだ。
方陣に色々な術式を山ほど書き込むのは、別に複製されるのを恐れての事だけでは無い。
結果に差が出ないようにする為が、一番の理由だ。
今回の転移方陣も、結果に差が出ないよう、思い付く限りの命令術式を書き込んだ。
だが複雑化すればする程、エラーが生じやすくなるのは、機械と同じである。
思いも寄らない結果になる可能性が、否定出来ない。
時の精霊に直接見て貰えれば、安心だったんだケドね。
あのヒトも、忙しいから。
力を貸す程度なら全然してくれるのだが、他の精霊と違って姿を現すような事はしてくれない。
だからカノンも、つい最近まで声を聞いた事しか無かったのだ。
三〇〇年の付き合いの中で一度も会った事が無いって、ソレ、知り合いって言えるのか?
この方陣の起こり得る不具合の中で、俺が最も恐れているのが、転移前後で人数が減る事だ。
複数人が転移している途中に、肉体が集束してしまう可能性が、否定出来ない。
また、注いだ霊力が足りずに、時の精霊の領域である、時空の狭間に置いてけぼりを喰らってしまう可能性もある。
後者は、俺が計算した転移させるのに必要な一人頭の霊力算出式が違うだけなので、訂正すれば良い。
一応、カノンには問題無いと思う、とは言われているけれど、カノンも初めての事だし、確信は持てないよね。
だが前者の不具合が生じた場合は、原因が分からない。
そうならないようにしたのだ。
なのに起こるとなったら、もう、どうにもならない。
そうなったら、一度にひとつの方陣で転移させるのは諦める。
小さい方陣を幾つも用意して、機械の方で転移先を、一箇所に指定する形を取る。
霊力の消費量も多くなるし、場所も更に必要になるから、そうなると、この家の中では出来なくなってしまうが。
カノンが戻って来たタイミングで、霊力の流れを可視化する装置を起動させる。
俺は鑑定眼越しに視えるが、カノンは霊力を感じ取る事しか出来ないからね。
イヤ、それでも十分凄いらしいのだが。
気配のように、何となくこんな感じがする、程度の精度よりも、目視で確認出来た方が分かりやすくて良いじゃい。
被験者となる順番が決まって、現在待機となった夢魔達はヒマなのか、カノンの手元を一緒になって覗き込む。
まずは一人、方陣の中心に立って貰い、端から俺が霊力を注ぐ。
俺の手元から順に、霊力が満たされた術式が淡く、色とりどりに発光していく。
俺は精霊術に得意、不得意はないので、地・水・火・風・光・闇それぞれの色が満遍無く光り、その光はユラユラと床の上を、波のように漂う。
全ての色で方陣の中が満たされた後、外周円が時の精霊の紺色に輝き、揺らめいていた光は天井へと徐々に伸びて行く。
色んな色が光っていると、目に痛く鬱陶しく思うかもしれないが、とても幻想的で美しい光景だ。
LEDの発する人工的な光とは、全然雰囲気が違う。
ほ〜っと見とれて居たら、突光が中央に集束し、カッ! と目に痛い位の輝きを発した。
目があああぁぁッッッ!!!!! と眼球に痛みを覚えて瞼を覆う。
落ち着いてその手を退かすと、所在無さげに真ん中で立って居た夢魔が、方陣の上から消えていた。




