神さま、
話し合いを終え街に戻ると、まずサージに泣いてまとわりつかれた。
俺がテルモを呼んだのが、ちょうどパーティーで出す料理の見本が完成する、一歩手前だった。
そのため俺達が呼んでいるからとテルモが離席するに至った時、サージは完成された料理を目の前に、放置される事となってしまった。
説明を受けながら、一通り手順は見たし、メモも取った。
しかし一度見ただけで、全て間違える事なく再現するのはムリがある。
サージとしては、食材をムダにするのは、冒険者生活が長かったため、抵抗がある。
だからといって何もせず、ただボーッと待つのも気が引ける。
パーティーは明日なのだ。
比較的工程の少ない、カンタンそうな料理から着手した。
だがそれでも、テルモのような芸術品めいた繊細な味が、再現出来ない。
この場に居たのなら、何がダメなのか注意して貰えたし、ちょっとしたコツを聞きながら作れたのに!
そう言って、テルモとお揃いのコックコートでオイオイ流した涙を拭く姿は、紛れもなく料理人だった。
ほんの半年前まで、血なまぐさい略奪強奪何でもアリな、チンピラめいた冒険者業をやっていたとは思えない。
人間、変われるものなんだなぁ。
シミジミそう思う。
だがお前が頼りきって居るそのお相手は、さっきまで国王陛下が跪いていたようなヒトなのですが?
テルモの正体を知らずに居られるのは、ある意味幸せなのかもしれない。
テルモも、気兼ねする事なく趣味の料理が出来て、教えたら教えた分だけ、スポンジの如く知識と技術を吸収してくれるサージの存在は、嬉しいだろう。
慰めながら、出来上がった料理を眺めて労っている。
施設でも、良い兄貴分だったからね。
頼られるのは、嬉しいに違いない。
サージが作ったというローストビーフを、テルモが切り分けてくれたので、食べてみる。
朝食を食べた後だけど、ローストビーフは別腹だろ。
おにくは正義!
こんな少量なら、何の問題もなく入る。
ソースが無いのが惜しいが、十分美味しい。
ちゃんとローストビーフに適した赤身肉を使っているし、中に火も通っている。
火を通した後、表面を焼き付けて、メイラード反応による香ばしさも出していた。
出来上がってから少し時間が経っているせいで、風味は大人しいが。
パーティーでは、出来たてを食べる人ばかりではない。
こんなもんだと思うんだけど。
手順を確認したが、湯煎に掛ける時にビニール袋から空気をシッカリ抜いたと言うし、鍋から取り出した後、ペーパータオルで包んで休ませたと言う。
大まかな流れは問題ない。
空気を抜いたとは言っていたが、袋を真空状態にしていなかったのだろうか。
それとも、口では説明出来ないような、ちょっとした差異の問題なのかな。
「――キミは、どう思う?」
「十分美味しいよ。
この世界の基準で言ったら、天地がひっくり返るレベルで。
ただ、まぁ……テルモには、劣るね」
「――長年培ってきたものだもの。
すぐに追い抜かれたら、さすがに困る、かな」
「ししょぉ〜……」
まさかの、師匠呼び!?
「――コレは、アレだね。
温度管理が甘かったね。
少しの差だけれど、火が通りすぎてしまったんだ。
五十五度を四時間。
許せても、プラマイ二度までかな。
こまめに温度計、見た?」
「ほ、他の料理を作る、合間にしか……」
「――うん。
ソレと、焼き色を付ける時のフライパンの温度が低い。
煙が立つくらいに熱さないと。
面倒臭がらずに、側面は鍋肌に押し当てて」
えぇ〜……。
あの仕上がりで、そんなのまで分かんの?
変態じゃん??
あ、料理バカか。
湯煎から上げた時の弾力や色で、火が通っているかの確認が出来るとか、火の扱いは思い切りが大事だとか、テルモがコツを教えるたびに、サージは目を輝かせてノートにメモをとる。
料理バカが量産されて行く。
それにしても、驚いた。
サージはこの街に住み始めてすぐは、文字の読み書きが全然出来なかった。
簡単な計算は出来たし、自分の名前位は辛うじて書けたが、ソレだけだ。
レシピ本を渡しても「読めない!」と言って癇癪を起こしていたのに。
ソレがウソのようだ。
そこそこ年齢はいっているのだが、約半年で、ココまで成長出来るんだな。
感心しながら道具が増えた厨房を見渡すと、見慣れない機械――イヤ、紋様具か――があった。
鑑定眼で見てみても、表示が曖昧でイマイチよく分からない。
えぇい、闇の精霊め。
仕事しろ。
時の精霊が関わっている道具のようなのだけど。
「――あぁ、ソレ?
ソレっぽく見えるように、あの方に作って貰ったんだ」
あの方って、時の精霊の事だよな。
良いように使われているな。
言ってくれれば、喜んで俺が使われたのに。
ローストビーフもそうだが、じっくりコトコト煮込んだシチューとか、コンソメスープのような時間が掛かる料理を、文字通り時短させる道具だそうだ。
指定した範囲を、早送りしてくれる。
そんな道具、ホイホイ作るなよと言いたいが、美味しい物が食べられるようになるなら、アリとしておこう。
サージがローストビーフ作りに失敗したのも、この道具を使っている間に目を離したからなのだろう。
料理の熟練度が上がって、使い慣れれば感覚的に、とろ火で煮込み続けた時、何分後に何度までお湯の温度が上昇するか、ある程度分かるようになる。
ソレが経験の少ないサージには当然分からない。
だから早送りして、他の料理の下準備をしている最中に、お湯の温度が上がり過ぎる時間が幾度かあったのだろう。
コレがテルモなら、そういう細かな気遣いをしなくても問題ない。
肉体という入れ物に入って居ても、精霊様だもの。
霊力はかなり多い。
お湯が五十五度になったら火から下ろして、熱が逃げないようにタオルを鍋に巻き付けたり、一回り大きなサイズの鍋に入れて保温して、霊力をボンと込めて、一瞬で四時間経過させて、すぐに完成させられる。
失敗とは、無縁だな。
筋肉は全てを解決すると言うけれど、この世界で万能なのは、確実に霊力が勝る。
成長するのに失敗するのも大事だけれど、どうせだったらトライアンドエラーを繰返す時間とか材料があるなら、色んな料理を作れるようになって欲しい。
なので真空保温容器を創ってやろう。
鍋の大きさ的に、五Lサイズを創ったのだが、ソースを作る時の少量用や、カレーを煮込む時用の大容量の物、スープを仕込む時の更に大きい物。
各種揃えて欲しいと言われて、何処にしまうのかは疑問だが、サイズ違いで幾つも作る羽目になった。
テルモは料理の事となると、人使いが荒い。
第二の人生を楽しんでいるなら、何よりだけれど。
彼は引き続き、料理指導をするそうだ。
保温調理器を使った料理も早速作ると、張り切ってくれている。
パーティーが終わったら、しばらく街を離れる事になるのだ。
今のうちに楽しんで、弟子を思う存分鍛えてやってくれ。
イシュク達を王都へ送る前に、やっておきたい事がある。
街の俺達の家に、転移方陣を置きたい。
スイッチひとつで行き先を変更出来るような、日常使いが出来るようなヤツだ。
その上で霊力さえ込めれば、大人数でも移動させられるような方陣があれば、万が一アリア達が奇襲されたとなった時、すぐに街に避難出来る。
地下に避難用通路を設けられないなら、これ位はしておきたい。
個人が瞬間移動する時みたいに、好きな場所を指定していつでも何処へて飛ぶ事は、方陣では難しい。
だが出現箇所を最初から定めるのなら、世界各地に設置出来る。
駅や空港みたいなイメージかな。
それに座標をあらかじめ指定する事で、都度消費する霊力が抑えられる。
行き来する場所も、建物の内部のような、人目のつかない閉鎖された空間にすれば、事故も抑えられる。
領主は各地域に居るが、単一国家だからこそ、侵略の危険性が無いでしょ。
やっても良いと思うんだよね。
一般人に解放するつもりは今の所無いが、災害のような有事の際、物資の行き来も楽になる。
そうすれば、助かる命は確実に増える。
もし市民に解放するのなら、ワザと物々しい造りと見た目にして、起動・操作出来る人を限らなければならないな。
幾らでも悪用が出来る物だからね。
国家資格にするとか、精霊によって縛りを設けるとか。
最低でもそのふたつはするべきだろう。
たた転移陣を使うのに必要なエネルギーは、科学や理屈では説明出来ない、霊力だ。
事故が起きないとも限らない。
国が主導で実験を繰り返し、安全性が確認されなければ、市民への利用解放は難しい。
更に危険性を重々理解した上で利用すると、念書を書かせる必要がある。
念の為安全装置も術式に組み込むか。
更に大きい方陣になってしまうが。
王宮直通の転移陣は、常設すると悪用された場合に危ないから、使用者を限定する必要がある。
そういう設定や制限を設けると、思っていた以上に大きな方陣になりそうだ。
家の中の一番広い部屋で、足りるかな。
でも、作る価値はあると思うんだよね。
「それを今、敢えてする理由を尋ねてもいいか?」
机に向かって必要な術式をひたすら書いて挙げ連ねていく俺に、カノンは溜息混じりで呆れた視線を向けてくる。
「色々理由はあるけど……安心、するだろ?」
行き来するためとなれば、条件の指定が多くなるので、かなり大規模な方陣になる。
しかし一方通行なら、出現先に必要なのは、座標登録の為の目印だけで良い。
カノンが瞬間移動で飛べるのは、自分が足を運んだ場所に限られる。
緯度と経度の概念が無いので、座標軸で地上の希望する一点を指定する、なんて考えに及ばないのだと思う。
想像力の問題なので、説明をしても、そういうものだと理解し納得しなければ、結果には現れない。
精霊術としては出来るハズなのに、カノンが出来ないのは、長年使ってきた術だし、もう考え方が固定されてしまっているのだと思う。
複数人と同時に転移出来ないのも、先入観のせいだろう。
時の精霊は世間に、その存在すら認知されていない精霊だ。
隠している、の方が正しいのかな。
その力を使うとなれば、使うとしても、人目を憚ってコソコソひっそりとしか使用しなかっただろう。
ずっと一人で旅をしていたのだし、自分以外の誰かと遠くへ移動する機会自体、無かったのかも。
服やら装備品やら、意識しなくても一緒に転移するのだから、少なくとも触れていれば人も転移出来るのだ、と考えれば良いのに。
不器用なヤツめ。
そんなカノンの為に、アリアや俺の所に瞬時に飛べる手段を作ろうと思ったのだよ。
俺が行った事が無い場所へ飛んだり、目印があるような場所へ移動したり、色んなパターンで時の精霊を足にさせているから気付けたのだが、転移は状況や移動距離によって霊力消費量が変わる。
指定するのが遠く離れている場所なら、理解出来る。
時の精霊が運ぶ為の運賃として霊力を要求しているのなら、正当な報酬だもの。
しかし気配感知なんかをした時に、行った事の無い場所にお目当ての魔物が居るからと、パッと移動をしたとしよう。
せいぜい、一km程度の距離だ。
なのにも関わらず、直線距離で五〇km近く離れている街から王都への移動に消費される霊力の方が少ない。
移動する際に目印にするものが、人なのか物なのかでも変わるし、俺に関わるものかどうかでも変わる。
同じ距離でも、街から王都へ移動するよりも、王都から街に移動する方が、霊力消費量は少ない。
街自体が俺の「スキル」で創ったものだし、この家なら、俺の霊力が込められた物が数多く存在する。
目印になる物が多ければ多い程良いという事なのか、同じ人間の霊力は引かれ合う性質を持っているのか。
そこら辺は要検証だね。
関わりが深い程、消費量が低い傾向にあるのも分かっている。
王都の同じ部屋にいても、なんなら隣同士で仲良く座っていたとしても、アリアを目指すか、カノンを目指すかで消費量がガッツリ変わる。
法則性や傾向を調べるのを、放棄したいレベルでパターンが多い。
総じて言えるのが、距離に関わらず、関係性が深ければ深い程、消費霊力は少なくなるという事。
密接な関係である程、転移する位置のズレも少なくなるという事。
今の所転移陣を置きたいのが、街、王都、遺跡都市ルイーナの三箇所。
他にも関係性が深い人物がいる街や、施設がある場所には増やしていきたい。
ルイーナは施設もあるし、カノン達の母方の叔父が居る。
アイツが手紙を使えれば良かったのだが、残念な事に、精霊術はからっきしだ。
そうなると連絡手段が、届くかも分からん手紙か、直接出向くしか方法がない。
転移方陣の起動と作動に必要な霊力は、魔物から獲れる霊玉で良い。
向こうも用事がある時に、好きなように往来が可能になれば、ひとり寂しくココアを啜って涙を流すような日が少なくなるだろう。




