神さま、青ざめる。
使者が帰って来ない。
ソレだけなら、争いのキッカケとするにはまだ弱い。
コレがケチョンパされた首がお盆に乗って返送されて来た、とかいうなら「よろしい、ならば戦争だ」と、演説する間もなく宣言するだろう。
だが帰って来ないと言うだけでは、使者を教会が手にかけた、明確な証拠が無い。
過去一人として戻って来なかったとしても、だ。
行き道、帰り道のどちらかで、魔物に襲われて殉死したのかもそれない。
もしかしたら、鞍替えしてアチラの陣営に取り込まれた可能性だって、ある。
いずれにせよ、非常に不本意だろうが。
国としては、そんな不名誉な事をしでかされたら、たまったもんじゃない。
だから人一倍責任感が強く、その上人質になり得る家族が国に居るような者を選ぶ。
なのにも関わらず、一人として帰って来ないとなれば、見送った者を信用しているからこそ、そして相手が対立している立場だからこそ、余計にその原因が向こうにあると考える。
その心理は理解出来る。
だが過去何人送ったかは知らないが、全員戻って来て居ないのならば、洗脳されたとか、幽閉されたとか、そう言う線も有り得るのだ。
寝返った、なんて理由だって否定出来ない。
ハニートラップって、単純だけど意外と効果が高いからね。
イチャモンをつけても、保護したと突っぱねられれば、コッチが風評被害の加害者になってしまう。
早計な判断をしてはいけない。
「確実に役目をこなせる人材を使者に立てれば良いんだよね?」
「……全員、そう思って見送っております」
あ、ちょっと怒った。
イヤ、自分の大事な部下を卑下されたと勘違いさせる言葉を言ったのだ。
確かに俺が悪い。
「ごめん、そう言う意味ではなく。
信用とか心の問題じゃなくさ、実力の話。
密な連絡が取れるように、手紙は使えたんだろうけど、一人で一個軍隊倒せるようなレベルの人じゃ無かったんでしょ?」
「言っておきますが、お兄様は出しませんよ」
イヤ、さすがにカノンでも、十万人規模の軍隊を退けるのは、難しいんじゃなかろうか。
相手が精霊術を使えないなら、それも可能か?
「カノン‘’は‘’ね。
んじゃ、俺が使者になれば良いじゃん」
「「「……は?」」」
「あ、でも道中の案内役は誰かしら必要になるか。
インフェルヌスがどこにあるとか、知らないし。
地図があるなら問題ないだろうけど」
「問題……あるだろう!
何を考えている!?」
机をバーンっ! と叩いて、珍しく声を荒らげるカノン。
俺が思っている以上に稀有な事なのか、アリアも宰相閣下殿もかなり驚いたらしく、目を見開いている。
その様子に気付いたカノンは「済まない」と一言小さく謝罪の言葉を口にし、着席をした。
「……何を考えているのだ?」
深くひとつ深呼吸をし、落ち着きを取り戻したのだろう。
それか、そう見えるように取り繕ろっているのかも。
通常仕様の平坦な声で、腕を組みながら俺を睨みつける。
タレ目って怒って目尻が上がっても、タレ目のままなんだなぁ、なんて余所事を考えていると知られたら、更に怒られるに違いない。
「俺が考える事なんて単純だよ。
実力があって、アリアやカノン、宰相閣下の信用もソコソコある人物の筆頭って、俺にならない?
俺なら精霊の皆の力も借りれるし、被害無く……とは言えないけど、なるべく少ない損害で事に当たれるかなって思っただけだよ」
「他にも、あるだろう」
言い終えた途端に、言葉を被せる勢いでツッコミが入った。
チクショウ、カンが鋭い。
「睨むなって。
……あの燼霊が気になるって言うのは、ある」
「現御神の事ですか?
昨日は、驚きました。
珍しい装いをしていると思ったら、司教が現御神と呼ぶのですもの」
「現御神……正体不明の精霊教の現トップ、ですね。
教帝の愛人や隠し子とも噂されているようで、教帝は彼女に頭が上がらないと聞き及んでいます。
そんなに、アナタに似ているのですか?」
「少なくとも、俺は似ていると思ったし、司教に関しては、本人だと誤認していたよ」
「その燼霊がどうかしたのか?」
「……お前ら、親から子供をどうやって作っていたのかは聞いているか?」
俺のマジメな雰囲気とは裏腹に、先程まで場を制していた張り詰めた空気が、途端に霧散する。
咳払いが聞こえたり、頬に手を当て困ったように首を傾げられたり、ジト目で見られたり。
三者三様の反応を返された。
しかし最終的には皆で、俺を困った子供を見るような目で見詰めてくる。
見た目こそ二十歳前後の連中が、十五、六のお年頃な俺に向かって、生暖かい目を向けるな。
違う!
男女関係のソレを教育されたのか云々を、聞いているんじゃない!!
よもや俺がとんだナルシストで、自分の見てくれと似ているヤツに惚れたから、もう一度逢いたいとか、出来るなら嫁に迎えて子作りしたいぞ、ハァハァとか考えて居るのだと勘違いしていないか!?
俺はこの顔面が一般的に見て美しいモノだとは知っているが、俺の好みからは外れているぞ!!
不名誉な誤解をしないで頂きたい!!!
「違う!
そう言う意味じゃない!!
地球で人為的に交配させて生まれた子供が居たって話を、聞いているかどうかと尋ねたんだ!!!」
残念ながら、施設のそういう後暗い実験の話はしていなかったようだ。
カノンにはあの燼霊を目撃した後、説明しようとした事はあったのだが、植物に例えて説明しようとしたら怒られた為に、詳細まではしていない。
俺と燼霊は双子か兄妹か、そんな関係なのかも、と大雑把な部分でしか話していない。
植物の雄しべと雌しべを、人間の手作業により人工授粉させるかのように、ヒトでも精子と卵子を体内から取り出し、手作業で受精をさせる方法があった。
体外受精はいわゆる、採卵・媒精・胚移植の一連の作業の事を差す。
しかし施設では、人工子宮があった為に、卵子と精子を培養液の中で成長させた受精卵を母体に戻す事はせず、その人工子宮の中で育てた。
安定して栄養供給が出来、母体のストレスに晒される危険もない。
通常の生育ならば、不具合が生じる事無く赤ん坊はその中で育ってくれる。
「スキル」の力が強過ぎて、肉体が耐え切れずに崩れてしまう事は多々とあったが。
それでも人工子宮を使い続けた理由は、俺の時代では卵子の提供者が基本的に光の精霊の前世の肉体だけだった。
植物状態だった彼女の肉体には、戻そうにも戻せなかったのが、最も大きな理由だろう。
そう言う細かい話はしなくても良い。
言いたいのは、人工授粉するように人間も人為的に、任意の人物を掛け合わせて子供を作っていた事。
俺もその方法で生み出された事。
そして俺とよく似たあの燼霊の肉体は、同様の方法で作られた、俺の二親等以内の血縁者である確率が高い事だ。
勿体ぶった言い方をしたせいで、またもやカノンには気付かれてしまったようだ。
取り繕って婉曲した言い方をするなと、注意された。
「…………あの燼霊が、俺の子供の可能性が、否定出来ない」
「「「……は?」」」
ハイ、本日二度目の異口同音頂きました〜。
はっはっはぁ。
笑えねぇ……。
採卵にしても、精子採取にしても、若い内にして置いた方が良い。
卵子の元となる原子卵胞は胎児の内に全て卵巣で作られる。
初潮を迎えるまで休眠状態にあるだけで、生理が来ようが来るまいが、老化は進む。
一般的に三十五歳迄に緩やかに、そしてその年齢を過ぎると一気に老化が進む。
妊娠率が低下し、流産の確率はそれに比例するように上がっていく。
男性の場合は日々精巣で新しい精子が作られているものの、年齢を重ねれば、一日に作られる精子の数は減る。
精子の数が減るのと同時に精液量も減るから、精子濃度はさほど変わらない。
しかし精子の運動量は減る。
その上奇形率が上がるから、女性と同じく三十五歳を過ぎると、自然妊娠の確率は下がっていく一方だ。
更に奇形の精子が、運良く――運悪く、かもしれないが、受精し着床、妊娠・出産となった場合、子にその奇形が当然遺伝する。
女性の老いた卵子も、当然子に影響する。
染色体異常は卵子、遺伝子疾患は精子の影響を受けるとされているね。
全てがそうとは言えないけど。
加齢に伴う要因以外でも、薬剤による影響もあるな。
抗がん剤なんかはDNA損傷が起こるとされているし、パーマネントウェーブ用剤や柔軟剤に使われる臭素酸ナトリウムは強い遺伝毒性を持つ。
証明こそされなかったが、施設内で成長促進作用のある薬物や「スキル」を使って育てられた農作物や家畜類は、遺伝子を傷付けるだとか、子に影響が出るとか言われていた。
そういう非科学的な、根拠もない陰謀論は、いつの時代でも湧いて出てくる。
だいたい五年周期で湧いては駆逐され、また出てきては処分され、と社会に影響が出る前に対処されていた。
そういう諸々を考慮した結果、十歳になった頃かな。
俺は卵子・精子共に手術によって摘出され、凍結保存をされている。
あのイカれた連中の事だ。
倫理観なんて完全にムシして、俺の与り知らぬ所で、様々なパターンの子供を製造していたに違いない。
それ位、俺によく似ているんだもの。
地球からこの世界に招かれる際、法則性は不明だが、タイムラグが生じたと聞いている。
精霊の皆の前世が死んでから、俺が死ぬまで――「スキル」を発動させ、‘’地球再生計画‘’を発動させるまで――に経過した時間は、ひと月にも満たない。
そして精霊の皆が出現したのが五〇〇年前とか、それよりももっと前の事だ。
昔過ぎて分からないと、皆には言われている。
なのにも関わらず、本棟に居たカノンとアリアの両親は、約四〇〇年前に。
トボス――二人の母親の弟、つまりは叔父――が居た監獄棟はそこから五年程経過してからだ。
しかしこの世界に出現した時間に差はあれど、地球で施設の異変を感知してから、転移した時間経過の感覚に差は無いと聞く。
だいたい十年程の誤差の範囲内で地球からこの世界へと転移して来ている。
しかし全ての施設が転移しているのは、把握されていない。
俺がカノンに拾われたあの半年前の日が、俺がこの世界に転移してきたタイミングなのだとすれば、これからこの先、まだ確認されていない設備が出現する可能性はある。
実験が行われていた胤冑棟は、近寄りこそしなかったが、俺は自由に出入り出来た。
ソコにあったのは、俺の兄妹的存在の実験体ばかりだ。
そして胤冑棟は、まだ転移が確認されていない。
光の速度で移動が可能な光の精霊が見ていないと言うのだ。
まだこの世界に来ていないのだろう。
だがそれ以外の、俺の立ち入りが制限されていた場所で俺の精細胞を使った実験が行われて居たのだとしたら。
そしてその施設がこの世界に来ているのだとしたら。
そう仮定すると、あの燼霊ってば俺の子供だったりするんじゃなかろうか。
そう考えてしまうのは、仕方ないと思わない?
俺だってイヤだよ。
いつの間にか、パパかママか立ち位置は知らんが、自分がヒトの親になっているだなんて。
しかもその場合、相手は誰だよ。
俺、十六になったばっかりだよ。
子供を持つには早過ぎる。
しかもその子ども、俺と見た目年齢が同じなんだよ。
もし本当に自分の子供だったら、その事実を受け入れられる気がしない。




