神さま、冷や汗を流す。
精霊教徒は俺が王都へと送り届ける。
その為気を使わなくて良くなった、国王のニセモノを乗せた馬車と騎士団の一行。
モチロン魔物は襲ってくるかもしれないが、ソレは想定の範囲内。
いつなるべく生け捕りにしなければならない精霊教徒が襲って来るか分からない状況と違い、同じいつ襲って来るかは不明だとしても、魔物なら遠慮なく討伐すれば良い。
‘’喰魔の森‘’の魔物は確かに強いけれど、実力者揃いの騎士団の敵では無い。
かなり気楽な旅になるそうだ。
この先の道のりは順調過ぎる程に予定通りに事が運ぶだろう。
そう言うので、ならばと要望を含めた街道の使い心地を、後日教えて欲しいと頼んでおいた。
少人数かつ徒歩で利用する冒険者の声は、いつでも聞ける。
だが数十人の単位で、しかも馬車の護衛をしながら歩みを進めなければならない団体は、滅多に来ない。
しかし今後街に住民が増え、王都との交流が盛んになれば、馬車の行き来は増える。
増えてくれると信じている。
その時に不便が生じれば、どうしたって理由を付けて足が遠のいてしまうのが人間の性だ。
俺が極度の面倒臭がりだからこそ分かる。
どれだけ後々有益な事に繋がろうと、不便や不都合は、十分やらない理由になるのだと。
むしろ積極的に通りたくなるような仕掛け――メロディーロード的な仕掛けでも創ろうかと一瞬思ったが、ゴムタイヤが無いのに街道に溝を掘ったら、ヘタをすれば脱輪の危険性が増す。
即行却下した。
かと言って薬草や果物を街道に植えても、自分勝手な人が採り尽くしてしまう可能性は十分にある。
大人なら肉体的言語で分からせてやれば良いが、コレが飢えた子供が相手になると、少々やり辛い。
噂を聞き付けて期待した人達からの評価は、テンションと比例して急降下するし、実りを求めて魔物が集まる危険性も出てくる。
そうなると、無難に通行するのに問題が無い程度の道で留めて置くのが一番になる。
面白味には欠けるけどね。
俺がこの世界の常識に疎いのはよく分かっている。
なので色んな道を使っている人に意見を聞くのが手っ取り早い。
当然、全員の意見を全て取り入れる事は不可能だけど。
アンケートでも取らせて貰おうかな。
最も多く街道を利用するであろう商人相手なら、税金を少しオマケするなり、特典物を配布するなりすれば、積極的に答えてくれそう。
雛形を作って、役所の窓口付近にでも置いておこうかな。
騎士と別れて眠らせている精霊教徒を全員王都へ送る。
どれだけの人数なら一度に転送出来るのかを試してみたかったので、指定範囲を空飛ぶ石版の上にいる人達と俺にして、転移の精霊術を起動させた。
結論。
霊力の残量に影響無し。
取り零しも無く、問題無く全員転送出来た。
タイムラグが、一人で移動する時よりも長かったかな。
まぁ、それもコンマ一秒にも満たない時間だ。
無いに等しい。
唯一問題があるとすれば、スペースが必要だからと、王宮の中庭を転移先に選んだのだが……
少々広さが足りず、綺麗に整えられた植え込みを一部、破壊してしまった。
見付かったら当然怒られる。
何より美しい庭を保っている職人さんに申し訳ない。
慌てて指定箇所の時間を巻き戻して元通りにした。
コレでヨシ。
空飛ぶ石版を空にふよふよと漂わせ、昨日の監獄塔へと連行する。
ダンジョンで会った五人は計画の事何も知らなかったし、どうにかしてやりたいなぁとは思うのだが。
バカだけど悪では無いし。
ソレを言い出したら、他にも詳細を知らされずに作戦に参加していた人も居るだろう。
そう言う人達も、命を奪うような事にはなって欲しくない。
だが無知が罪になる事は往々にして有り得る。
加担した罪を償わなきゃいけないのは、理解している。
理解はしているが……
即死刑って言うのがね。
納得いかないんだよな。
精霊教に所属していたからには、何かしら、違和感程度ならあっただろう。
教会をちょこっと見て回っただけで、俺は変だと思う所を幾つも見つけた。
ソレが当然になるほどに感覚がマヒしてしまっているのか、我が身可愛さに見て見ぬふりをしているのかは知らないが、国王の暗殺を企てた。
その組織に所属していた。
ソレだけで罪になるのが、身分の差というものだ。
ソコまでは納得もしている。
だがやはり、死罪だけは勘弁してやって欲しい。
そう進言位はしよう。
宗教戦争をするつもりは無いと言うのなら、それ位の恩赦はあっても良いだろう。
様式日として「ちは〜! 三河屋で〜す」と監獄塔の受付に運んだ精霊教徒を預け、アリア達の元へと戻れば、宰相閣下殿も机に着いていた。
流石親族。
三人が並ぶととてもよく似ており、まるで兄妹のように見える。
この中に異分子が入り込むのは気が引けるが、わざわざイスを引いて招かれた。
座る他あるまい。
イシュク達と話を付けてきた事。
夢魔のお食事のジャマをしないような、口も意思も堅い尋問調書を取る書記官を、複数派遣するようお願いをした。
アリアに持たされた候補地から一箇所、どの土地を報酬として貰うのか決めて貰った事。
併せて他二件分の資料の返却を行う。
馬車は予定通り今日の夕方頃、街に到着する予定で出発した事。
カノンが出迎えるのは必須事項の為、絶対に日が暮れるちょっと前程度の時間になるよう、到着時刻を調節しろと厳しく言っておいた。
精霊教徒約一五〇人を、先程転移で運んで来た事。
既に監獄塔へと運び、特殊な尋問方法を執り行う予定なので、声が漏れ聞こえないような地下深くに運んで欲しいと、受付の人にお願い済み。
霊力も体調も問題無いので、コチラの準備が整い次第、イシュク達は俺が迎えに行く事も報告した。
また、今回運び入れた襲撃者は、精霊術を使用を禁止した途端、一切の術が使えなくなり、アッサリ捕縛出来た。
その事から、信仰はあくまで精霊へと向けられており、燼霊召喚・顕現を目論んでいるのはあくまで上層部のみ。
役職を持たない平信徒は、情状酌量の余地があるのではないか。
日々の生活の保証が無くなる恐怖や、上司からの命令には逆らえない権力構造があるなら、本心では国王暗殺なんてやりたくないと思っていても、逆らう事が出来なかったのではないか。
処刑対象が多過ぎる事も含め、連座処分は如何な物か。
そう言った途端「そんな例外、認める訳には参りません」と宰相閣下殿にすげなく却下された。
このケチん坊!
チクショウ、兄共と違って頭が固い。
法律とは守る為にあるもの。
ソレは俺だって分かっている。
集団生活において、秩序を保つ為に必要な決まり事が法だ。
ただ感情のまま、好き勝手に生活する者で溢れれば、武力で弱者を虐げ略奪を行う者ばかりが結果的に生き残る。
そうなればヒトは簡単に絶滅してしまうだろう。
言わば知性や理性があるからこそ行える、種の存続と子孫繁栄の為のルールが法律だ。
ソコから逸脱し、特例を設ければ、前例が出来てしまう。
やがてなし崩しになり、法律が効力を失うのも、理解は出来る。
だが今回の場合は、巻き込まれた者の規模が、余りにも多過ぎる。
王都の教会、丸々一個分の人数だぞ。
約二〇〇人と言えば、そこら辺にある村の人数よりも、余程多い。
教会の立ち位置としても、一組織が機能しなくなるのはマズイ。
いくら粗悪な品だとしても、いつでも回復薬が手に入る安心感を市民から奪えば、国王への不信感はハンパない物になる。
例えソレが国王暗殺未遂と言う理由であっても、だ。
未遂なんだろ?
死んでないんだし良いじゃないか。
そう言う人間は、絶対いるぞ。
しかも捕らえた精霊教徒の中には、年若い子も女性も居た。
その二つの人種に対して向けられる同情の目は、確実に争いの火種になる。
特に……そう、レイア…………違う、レイラ、だな、あのダンジョンの中に居た治癒術師の女性。
教会に直接助けを求めに訪れた人達を、いかに多く助けて来たのか自慢話を散々道中でされた。
本人の妄想も多分に含まれていると信じたいが、街の司教を任されるとも言っていた。
おツムが弱いようだったが、実力と人望は教会内部ではソコソコ以上の地位にあるだろう。
直接彼女に助けられた人達や、他の教会支部からの反発は、かなりの物になると予想される。
ラウディとフィブレスも、巡礼の際に重宝された僧兵だと言っていた。
フィブレスは特に、私情として助けてやりたいと強く思う。
トリストにリュレルは……何とも言えない評価しか下せないが、重要な任務を任せられていた事を考えれば、決して世間的に見れば弱くないのだろう。
そもそも、精霊教徒全員が術師なんでしょ。
精霊術を使える人が少ない現状で、これ以上減らされたら、霊力の循環が滞って、精霊の皆に迷惑が掛かるじゃない。
何かしら制限をつける必要があるのなら、冒険者証の首輪のように「スキル」で作れば良い。
イタズラに人が死ぬのは、看過出来ないよ。
「精霊教と交渉する道具になり得るのなら、また違うのでしょうが……
難しいでしょうね。
パルムの生存者からの証言は集めたのですが、直近の被害で言うなら、ルボル・ノワナ・ウォラスの住民への損害賠償交渉の、席にすらついて頂けていませんし」
燼霊を喚び出す為に犠牲になった、みっつの村の住民。
一部の人は助かったが、大半は俺が駆けつけた時には既に手遅れだった。
その救助された子供達は、現在パルム村で保護されて生活をしている。
イシュクから話を聞いた時に、あの儀式が何年も前から準備していたと言っていたから、もしかして、とは思ったが……
他にも、犠牲になった村があるんだな。
ホント、胸糞悪い連中だ。
そんな反吐が出るようなヤツらに巻き込まれるという意味では、精霊教の中枢に関わっていない平信徒だって同じだろうに。
「戦争自体は避けたいって思っているんでしょ?
なら、話し合いに向こうが応じるか否かは関係なく、交渉はし続けるべきでしょう??
そう言う姿勢は、内外に知らしめる事が大事だから」
「その親書を送るのにも、弊害が多いのですよ」
「手紙では公的文書扱いが出来ない。
そうなると馬を飛ばす必要がある。
……帰って来ないのか?」
「ちょっと遅い、では済まされませんね」
その時点で戦争待ったナシな状態じゃないですか。
やーだー。
俺、イシュクには戦争はしないって約束して来ちゃったんですケド。
どうやら俺が思っていた以上に、精霊教との対立は一触即発状態だったようだ。




