神さま、見落とす。
何事もやってみないと、不具合って見付からないよね。
普段想像力だなんだと偉そうに言っているけれど、想定外の事って、結構起こる。
なにせ生活の中に雨や雪のような自然物を感じれるようになったのなんて、この世界に来てからの話だもの。
仕方がないよね。
……とか開き直ってみる。
カノンが作った方陣は、傘のようなものだと、見た時に思い至ったハズなのに。
コレは想像していなかった。
アルベルトに雪かきを押し付けて、ノンビリ食後のオヤツまで頂いた。
しっかりお代わりまでして、
「さぁ、じゃぁ、そろそろ方陣の効果も分かる頃だろう」
そう思い外に出た。
見事に玄関周りから中央に向かう道まで、キレイに退かされた雪。
地面の上に、新たな雪は積もっていない。
おぉ、初のカノンお手製の方陣は、無事に成功か。
そう思われたのも束の間。
いくら雪が降っているとはいえ、やけに空が暗い。
そう思い上を見上げたら……方陣が作り出した風の屋根と壁に、雪が付着していた。
イヤ、着雪なんて易しい表現じゃダメだ。
完全に積もっていた。
漏れなく、側面にも。
コレは方陣が解除されたら、一気に家の上にドーンッ! と落ちてくることになる。
ヘタをしたら、家が潰れてしまいかねない。
何よりも、生身のアルベルトがヤバイ。
致し方ないので、風の精霊と一緒に風で積もった雪を全て包み込み、街の外へと捨てに行った。
こんな大量の雪、街の中で処理しようとしたら、排水が間に合わずに浸水するか、全て流れ切る前に道が凍りついて、天然のスケートリンクが出来上がる。
年寄りだって住んでいるのだ。
転んでケガでもしたら、大変だ。
風の精霊には『自分でやんなよ』と文句を言われたが、片流れ型のテントみたいな形状で術が張られていたようで、一人で術を制御しながら、積もった雪を落とさないように運ぶのは、少々難しかったのだ。
質量が多いし、範囲も広い。
原因が何故かも見たかったし、手伝いは必須だ。
ヘタに水の精霊の力も借りてしまったから、雪に水分が含まれてしまったのだろう。
氷点下の中乾燥したパウダースノーが降っているのに、術の発動範囲周辺は風の精霊と水の精霊の力によって、〇°C以上になっていた。
結果、雪が発動している風の傘に付着してしまった。
湿った雪は、表面張力が働く。
そのため一帯に降った雪は、風に流されることなく、漏れなく積もっていくことになってしまったようだ。
今回は短時間だったから良かったけど、それでも、かなりの重量があった。
途中で方陣に不具合が起きて傘が消失すれば、落雪により下にいる人達が圧死してしまう。
方陣自体に不具合が無かったとしても、重量に耐えられずに、傘が折れることも有り得る。
地球での着雪対策は、くっつきにくくする、くっついたものを除去する。
この二つに分けられていた。
難着雪対策は、構造物に特殊塗料を塗ったり、雪が付きにくい形状に表面を加工するというもの。
着雪除去対策は、アルベルトがやったような雪掻きと、ヒーターや薬による熱処理、あとは化学薬品による融雪促進がある。
街の建造物全てに、それらの処理をするのは問題ない。
どうせ「スキル」を使えばすぐだ。
俺が疲れるだけで効果が得られるのだから、やるべきだろう。
イヤ、むしろ人的資源のムダ遣いをしている余裕なんて、この街にはまだないのだ。
是非ともやろう。
すぐにでもしよう。
どうせ外に出たから、身体は冷えてしまっている。
冷えてしまったついでにパッとやってしまおう。
だが街の設備には有用だけど、この方陣には、ソレらの対策は組み込めない。
水の精霊の力だと雪が溶け切る前に雪が付着したり、水が凍ってしまうというのなら、火の精霊の名前を刻んで、片っ端から溶かす方法はある。
しかし、短時間であの重量の雪だろ。
溶かした結果出来る雪解け水は、さてどうしようと言う話になるじゃないか。
傘から滴り落ちてくる雨水に、パンツを濡らした経験は、誰もがした事があるだろう。
方陣発動の有効範囲をよく吟味しなければ、雪解け水に打たれて滝行をするハメになる人が出てきてしまう。
今日なんて、コレでもまだ降雪量は少ない方なのだ。
もっと酷いと、一晩で一階どころか二階まで埋まりかねないレベルで降る。
初めて経験した時には、なんの冗談かと思ったよ。
氷の精霊と言う、新たな属性精霊が誕生したせいで、どうやら世界的に冬の厳しさが格段に跳ね上がっているらしい。
いつもはココまで酷くはないと、地元の人達が言っていた。
そうだよね。
前は廃墟然とした、掘っ建て小屋みたいな所に住んでた人も居るものね。
ココまで酷かったら、あんな家では、潰れて埋もれて強制冬眠させられて、春になるまで出てこられなくなる。
最悪を想定して対応しないといけないからなぁ。
創るだけ創って、代表は街と吸収合併した近隣の町で町長をしていた経験があるのだからと、ゴルカさんに任せてしまっている。
タダでさえ面倒事を丸投げしているのだ。
新しいことをするのなら、迷惑をなるべくかけないようにしないとね。
これ以上頬がコケて細くなられたら、流石になけなしの良心が呵責する。
「こんな事になるならさ、いっその事、常時街全体に発動させる仕様にして、貯水池なり貯水タンクなりに、雨も雪も全部集まるようにしてしまえばいいんじゃない?」
「そうなると、かなりの霊力が必要になる」
「この辺はダンジョンのお陰で瘴気は全部、ソッチに吸い取られているじゃん。
他の地域と違って、浄化に使う霊力が要らないんだし、どうとでもならない?
大気中にある霊力で足りなければ、霊玉の買取価格上げて、積極的に集めれば問題ないと思うんだけど」
俺の言葉に、規模の拡大と形状変更により、どれだけ霊力の必要量が増えるのか、カノンが計算をしてくれる。
方陣は、鐘楼やカーサ・トッレに設置する形になる。
分散する分、それぞれの方陣が担当する有効範囲は狭くなるが、設置箇所は結構な数になる。
そうなると、今の約二〇倍は霊力が必要になると、概算された。
霊力を数値で表すことには慣れたけれど、なにせ俺の扱える霊力が、文字通り桁違い過ぎて、この値が多いのか少ないのか、イマイチ分からん。
人類全員が、精霊術を使えるようにする。
今も絶賛、街ではその実験が行われている。
霊力を持たなかった人達に霊力が宿ったかどうか、冒険者向けに創った霊力測定器だと、どうにも計り辛かった。
俺の霊力を一〇〇,〇〇〇とした時に、一般的にはかなり多いとされるカノンですら、九九八だった。
あぁ、イヤ、今は一,〇〇〇を超えたと言っていたか。
どっちみち俺らを基準にしていたら、他の人はいつまで経っても〇の値から動かない。
なので更に桁を三つ増やした。
それで漸く、霊力を増やすための食事をすることで、全員が一桁の霊力を持つことが出来る。
そんな感じになった。
そう言う食事をずっと続けていた、最初の住民達、特に農作業に従事している人達は、もう少し多い。
樹の妖精から霊力を豊潤に含んだ実を貰って食べているからね。
……その価値も分からずに。
精霊術師からしてみれば、喉から手が出るレベルで魅力的なアイテムだそうだよ。
基本の霊力値が底上げされるし、食べたらしばらくの間、霊力の回復が早くなるからね。
そのお陰もあって、今では三桁なら余裕で表示される。
満タン状態で、フルで使える霊力が、それだけね。
〇になったら気絶しちゃうから。
そんな中で、カノンが叩き出した数値は、二四時間常に発動させて一,二八六。
一般的には多いのだろうけど……
そこら辺によくウロウロしてる大魔熊の霊玉が、一個あたり二,〇〇〇程度の霊力を含有しているんだろ。
なら、なんの問題もなくない?
大魔熊なら、街道から外れたらアチコチにいるんだし、毎日獲れるじゃん。
「そのカトル種は本来、‘’冒険者殺し‘’の異名を持つ程の脅威なのだ。
通常、冒険者は遭わないように行動する。
万が一遭遇したら、逃げるのが鉄則だ。
今のジャビルやサージなら、優秀な前衛が居れば、あるいは狩れるだろうが」
「ガルバがいるじゃん」
「所帯を持つと、男は臆病風に吹かれるものだ。
彼奴にはもう、冒険者たち稼業は無理だろう」
「ふぅん?」
結婚したから稼いでくるぜ! とはならないのか。
まぁ、確かに。
ガルバは命をかけなくても、冒険者ギルドの代表をしているから、結構良い給料が保証されて居る。
それなら、わざわざ危険な橋を渡らなくても良いんじゃないか、とは考えるか。
ガルバはバカだしクズな面もあるけれど、愚かではない。
近い将来家族になる大切な人がいるのに、余計な心配をかけさせるような事はしないか。
とは言え、俺の中で大魔熊はでっかいクマって感じなんだよね。
しかもグリズリーやホッキョクグマみたいな、大きさはしっかりあるけど、精巧に作られた、クマのぬいぐるみ。
だってガワだけは大きくて立派だけれど、爪も牙も、当たらないし刺さらない。
俺の霊力が多すぎて、表面に鎧みたいな膜が張っているらしく、攻撃が通らないのだ。
噛まれそうになれば、生臭く温かい息は感じるけれど。
不快に思う程度の被害しか被らない。
その上に色んな効果が付与されている、防具まで着込んでいるのだ。
もう、歩く要塞も同然の鉄壁具合。
そりゃ怖くもないさ。
俺が規格から外れているのは理解しているけれど、だからといって、じゃあ世間一般の平均的な強さってどんなもん? って言うのが、イマイチ分からない。
だって一緒に居るのが、‘’最強‘’と謳われるカノンだし。
コレで最強だよ?
どんだけ程度が低いのか、比べようにも、どんぐりの背比べにしか見えないから理解出来ない。
あぁ、イヤ、カノンを基準にするならば、それ以下の人達が弱いこと位は分かる。
じゃあどんなモンだ? ってなると、魔物の強さも理解出来ないが故に、例えに出されてもピンと来ない。
大魔熊が強い。
妖兎は弱い。
そう言われても、両方ともデコピンで一撃で終わるじゃん。
形が残る分、大魔熊の方が頑丈なのかな、と思わないでもないけれど、単に図体のデカさの差かもしれないし。
一般市民の霊力値である、一億分の一から一〇の数値なんて、もう誤差じゃん。
俺、自分の「スキル」の扱える範囲が戻ってきた分、もう余裕で二億越すんだよ?
カノンの実力だって、全てを把握している訳じゃない。
だからよけいに分からない。
冒険者の生存率を上げるために、魔物の図鑑を作ろうと思っているのだけど、俺の課題は一般常識を学ぶ所から始めないといけないっぽい。
そうじゃないと、大抵の「魔物は弱い。星一個」と評価を付けてしまいかねないからね。
それを真に受けた人達が犠牲になったら、目も当てられない。
樹の妖精に何でもかんでも任せるのは良くないし、そもそもアイツ等、雪の間はその下で冬眠をしているらしい。
一番どうにかしたい冬に、霊力不足に悩まされるのなら、最初からアテにすべきではない。
大気中の霊力を消耗しすぎて、魔物が湧いて出てくるようになったらダメだもんな。
ただでさえ、街灯に使っているし。
霊力を大量に貯蔵出来る装置でも創るか。
もしくは、空になった霊玉に、効率良く霊力を補填出来る装置を創るとか。
そこに納めた霊力量によって、現金を支払うとなれば、貧乏人の成り上がりストーリーが間近で見られるようになるかもしれない。
献血みたいに、霊力を納める時に事前問診と診察だけはしないとね。
納めすぎてぶっ倒れられたら困るし。
思い立ったが吉日と、早速「万物創造」で両方の装置を創り出す。
何の相談もなく突然創ったから、いくら「スキル」に慣れてきたとは言え、カノンに滅茶苦茶ビビられた。
因みにアルベルトは雪かきで汗をかいたからと、風呂に行った。
大衆浴場の使い心地、後でレビューして貰おう。
改善の余地があるなら、創り直さなきゃだし。
「霊力とは、本来精霊様からの恩恵と言われていて、神聖な物なのだが……」
「えぇ……また精霊教会がイチャモン付けてくるからダメとか言う?」
「装置自体は画期的だし良いと思うが……
この僻地の事を、精霊教会がどこまで把握しているかによるな」
えぇい、イチイチ人のお気楽ライフを邪魔しおってからに。
教会の連中のせいでガマンしなきゃいけないこと、多すぎ!