神さま、確認する。
精霊術とは。
地・水・火・風いずれかの属性を持つ、実体のない魂魄のような存在である精霊が起こす現象。
及び、霊力を対価に、精霊の力を借りて起きる現象のことだ。
精霊には個体によって、扱える力に差がある。
一般的にはその力の差で上・中・下に位が別れる。
また、それぞれ意識レベルにも差があり、上位の方が、意思疎通が容易になる。
会話も出来るし、個体によってはジョークなんかも通じる。
個性があり、属性によって傾向こそあるが、性格も随分個体によって変わる。
下位は何となく通じている気がする、程度かな。
会話は成り立たないし、言語によるコミュニケーションは出来ない。
交流を重ねると、ペットでも飼っているような気分になるかな。
霊力を渡すと喜ぶのか、ピカピカ光って反応するし、周囲を飛び回る。
姿形は上位だとまんまヒトなのだけど、中位はデフォルメされた人形的だ。
下位に関しては二頭身。
しかも大きさは力によって左右されるらしく、下位は掌サイズまで小さくなる。
更にその下に微精霊という、ホントささやかな力しか持っていない存在もいる。
微精霊になると、不定形というか、色のついた光でしかない。
地属性はオレンジ系、水は青、火は赤、風は緑。
霊力の宿る、精霊石と同じ色だね。
逆に一般的な精霊から上の方に外れているのが、‘’精霊の皆‘’と俺が呼ぶ、大精霊とか精霊神様とか言われている存在だ。
神の名がつくだけあって、桁違いに扱える霊力が強い。
姿は、生前の皆と殆ど同じで、見た目は人間と大差ない。
差があるとしたら、歳がいってた人達は見た目年齢が若返ったねって位。
あとは神々しさの演出なのか、ムダにヒラヒラした服を身につけている。
イヤ、勿論、素っ裸で出て来られても困るけどさ。
施設で着ていたような、軍服みたいな物を着られても、威厳や清廉さは感じない。
威圧感は満載になるだろうが。
だからあの出で立ちで、正解なのだとは思う。
生前の姿を知っていると、ギャップで風邪をひきそうになるけど。
俺、きっとあんな格好している闇の精霊を見たら、指さして笑っちゃうと思う。
そんな精霊達に呼びかけ、霊力を渡して、「コレコレこういう現象を起こして下さい」とお願いをする。
その願いを聞き入れてくれた精霊がいたら、契約成立。
結果として任意で起こる現象。
それが、精霊術とされている。
実際は違うけど。
まぁ、概要は合っている。
カノンやその知り合いが、ある程度学問として昇華したお陰で、昔よりは使える人数が増えた。
しかし精霊語――英語を話せないせいで、意思疎通が結構難しいらしい。
なにせ、上位の精霊しかまともに喋れないからね。
学ぶ機会がそもそも少ない。
その上この世界の共通語が日本語なため、英語だと発音から文法から違うのだから、ある意味仕方ないよね。
精霊の割合的に、どうやらバイリンガルは少数のようだ。
精霊のトップが英語を話しているからなのか、地球人が精霊になる割合が高いからなのか。
後者に関しては正直、精霊の知り合いが少なすぎて何とも言えない。
俺が知ってるのなんて、地の精霊、水の精霊、火の精霊、風の精霊、光の精霊、闇の精霊、時の精霊の七人と、いつぞや会った夫婦の上位精霊。
元燼霊の氷の精霊。
あとは意思とか人格とか、余り感じられない低位の精霊位だ。
上位や中位の精霊は、話をしたことまではない。
だって逃げていくんだもの。
俺の霊力量のせいなのか、精霊の皆との距離が近くて畏れ多いとでも思われているのか。
どっちかは分からない。
確認の取りようがないんだもの。
あぁ〜、樹の妖精も核は精霊だよな。
アイツらの場合、どうなんだろう。
のほほんとしていると言うか、マイペース過ぎて後ろから蹴り倒したくなると言うか。
もれなくそんな個性的な性格をしているが、前世からそう言う性格だったから樹の妖精になれたのかな。
器に引っ張られて、あぁいう性格になっているのかな。
樹の妖精になって以降は、漏れなくどの個体も共通語を話している。
精霊の皆が地球で暮らしていた頃の事を覚えていたから失念していたが、本来、生まれ変わる時って前世の記憶って無くなるものだよな。
この世界でも、それは変わらない。
実際、旅の道中に会った元地球人は、全く俺の事を覚えていなかった。
なんとなく「あ、アイツだ」と思っただけだけど、実際、前世の頃のクセがそのまんまだったから、確信が持てた。
あと、魂の形が同じだった、と言うとなんだかオカルトチックなんだけど、そうとしか言いようがない感覚があったのだ。
なので本人で間違いない。
人間は生後二四ヶ月から六〇ヶ月の子供に、前世、及び前世から現世までの間の記憶を思い出し、ソレを語る傾向にあると言う。
言語を習得し始めて、説明が出来るようになる頃合いなのかな。
幼いと、その日一日であった事柄なんて、たかが知れている。
行動範囲も関わる人も多くはないからね。
だから言葉を発せられるようになった昂りを解消するために、何を話せば良いのか悩んだ結果、覚えている過去の出来事を話すのだろう。
語られるのは、自分の死の間際や、前世の生涯の中で衝撃的だった出来事がおおいようだ。
勿論、個人差はある。
現世で生活を送るにあたって、徐々にそれらの記憶は薄れ、次第に――十歳を迎える頃には、すっかり前世のことなんて忘れてしまうそうだが。
日々肉体と脳を常に刺激されるのだ。
忘れるのは当然だ。
そう考えると、精霊は肉体を持たないが故に、前世の記憶が薄れる刺激が少ない。
故に皆のように、何百年とこの世界で生きているのにも関わらず、まるで昨日のことかのように地球での出来事を話すのかもしれないな。
下位の精霊達はもしかしたら、形こそ皆の姿に引っ張られるから人間に近い。
けれど、前世が人ではないために、俺達の分かる言語で伝える手段がないだけなのかもしれない。
明滅したりして、感情を表現しようとはしてくれるのだ。
ペットのようだと思った通りに考えるなら、前世は動物だったのかも。
だがこの世界には、動物がいない。
全て魔物だ。
しかし魔物が精霊に生まれ変わる、なんて有り得るのか?
字面的に、精霊とは正反対の存在な気がするのだけど。
精霊の反対の性質と言うなら、燼霊か。
氷の精霊といい、アイツといい、俺が知ってる燼霊は、漏れなく元地球人だな。
幽霊のように、この世に未練があって化けて出ましたって感じじゃないんだよな。
氷の精霊は地の精霊への執着と俺への憎悪をヒシヒシと感じた。
どちらか、あるいは両方の負の感情によって、燼霊となるのだろう。
俺は執着される程、大層な人間では無い。
そして正直、アイツが執着する程に、他に親しい人がいたという覚えがない。
アイツが燼霊となったのは、俺を憎んでいるからなのだろう。
勝手にアレコレ決めてしまったし、今際の際、俺のトドメを刺させてしまったもんなぁ。
結局、こうして生きてるけれど。
謀略に嵌められ人殺しにさせられたら、そりゃ怒るよね。
亡くなった経緯は気になるけれど、氷の精霊と同様、どうにかしてコッチの陣営に引き込めないものだろうか。
やっぱり、恋仲だとか家族だとか関係なく、知り合いと敵対するのはイヤだもの。
そうそう。
精霊術に対して世間が持つ認識と、実際には違う部分がある。
人は言葉を紡ぎ、それに応えてくれた精霊が手を貸してくれる。
そう思っているようだが、実際の所、精霊は人の心が読める。
つまり口に出さなくても、欲しい結果を明確にイメージさえ出来ていれば、そして十分な霊力があれば、術は発動する。
大抵は朧気なイメージしか出来ないからね。
言葉にすることで、より具体的に頭の中に状況が想像出来るじゃない。
その意図を汲んで、精霊は力を貸してくれるのだ。
そこに悪意が混ざっていると、術は発動しない。
精霊の統括をしている皆が、許可を出さないから。
精霊達は皆の意思決定に従う。
そして皆は、この世界の神様との約束通り、世界の平和を願っている。
それに反する事はしない。
霊力任せに、無理矢理精霊の力を強奪するような形でなら、それも例外的に可能らしいが。
精霊も抵抗するから、従来の何百倍もの霊力を必要とする。
その上、精霊の存在意義や世界の理を曲げてしまうので、精霊は死ぬし、術者もタダでは済まない。
死んだ精霊や、その周囲の精霊によって呪われることが多いかな。
生涯術が使えないだとか、精霊による世界平和と幸福の恩恵が根こそぎ奪われるから、ロクな人生を送れなくなるとか。
色々弊害が多い。
死んだ方がマシ級の一生になるだろうね。
そういう人間がいるのなら、経過観察したいよな。
きっとそう言う自分勝手なヤツって、きっと自分は悪くない。
周囲が悪いんだと、世界を恨みながら死ぬことになるだろ。
燼霊化するのか、興味がある。
そうやって人ですら実験対象に見てしまうのは、俺の悪いクセだね。
……そしてその精霊術を、より学問らしく昇華した結果が、目の前のコレだ。
方陣と呼んでいるソレには、精霊術を使うための術式が細かく描かれている。
カノンの父親が、任意の場所で霊力を流すだけで精霊の力を借りれるようにした、紋様具みたいなものだね。
紋様具はコンロとか水道の蛇口とかに使われていたけれど、この方陣は、あくまで精霊術を発動させるためのものだ。
紋様具は規模としては、全体的に小さい。
家電製品がないこの世界で、精霊に力を借して貰って今までの生活にどうにか近付けたいと思ったが故に作られた物だからだ。
殺傷能力は、ほぼない。
イヤ、七輪だって冷蔵庫だって、使いようによっては人を害せるでしょ。
だからほぼと言っただけ。
正しい使い方をすれば、何の問題もない。
片やカノンの作り出したこの方陣は、紙や石版にイチイチ書いたり刻み込んだりしなければならないが、紋様具に比べて術式を書き込める範囲が広い分、結構細かく注文を付けることが出来る。
どの属性精霊に力を借りたいのかの指名。
どんな現象を起こして欲しいのかの説明。
それと継続時間や規模の指定なんかも書き込める。
コレは注ぐ霊力によって変えることも出来そうだね。
色々書き殴ってあるけれど、術式って結局は英語なんだよね。
willを使うかwouldを使うか、canを使うかcouldを使うか。
はたまたpleaseで終わらせるか。
意味も頼み事をする時のレベルも分からずに使っているのだろう。
どれが最適か決めかねているようだ。
結局は‘’would you‘’の書き出しになっている上に、文章の最後には‘’please‘’も添えられている。
ちゃんと正解を引き当てててエラいな。
過去形の方が、畏まった丁寧さを表現出来るし、canは対応をしてくれるかどうかの確認の意味合いが強く、willは相手に意思決定を委ねる意図が含まれる。
精霊はヒトよりも神様に近い立場にあり、余程偉い存在だ。
目上に対しての文言なら、これ位へりくだってても良いだろう。
雪や雨以外にも、イベントに支障が出そうな強風を含めた悪天候に対応するため、水の精霊と風の精霊の名前が書かれている。
精霊術を使うために、精霊が力を貸すか否かの許可を出すのは大精霊なのだから、ソレで問題ない。
あとは霊力を効率良く方陣に流すために、紋様を幾つか重ねたり、誰もが使えるようにするのなら、簡単に模写出来ないように、複雑化させるか、霊力を通さないフェイクの文字を書き足すべきかな。
勝手に複製されて悪用されたら、大変じゃない。
こう言う技術は、大衆に普及させたら、どんな問題が起こるか分かったもんじゃないしね。
そう説明して、仰々しい、いかにもな模様を幾つか書き足し、決定稿が完成した。
水に濡れても良いように、また長期的に使えるように石に刻み込む。
空の霊力を中央にはめ込み、必要な時に、その都度霊力を流す形にする。
要らない言葉を削り、しかし模様は山と足した。
そのため大きさとしてはA四サイズ。
重さは子供がイタズラに移動させられない程度の重量になった。
あとは盗難防止の方陣も裏面に刻めば良いだろう。
コレで、お披露目会の時、安心して外出出来るね。
……とりあえず、動作確認と称してこの家の周辺だけでも作動させてみるか。
キチンと効果があるか確認するために、家の中をベチャベチャにしたアルベルトへの罰として、家の周りの雪かきを、ますはさせよう。