神さま、声真似をする。
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iPhoneめ……っ!(責任転嫁)
「俺とアリアは似ていないが、兄妹という関係は、一般的には似るものだろう?」
「そうだね。
昔は顔立ちと耳の形で、血縁関係の証明を行っていたそうだし」
単純に考えるなら、メンデルの法則に則ってエンドウ豆と同様にシワシワな豆が出来るが、つるんとした豆が出来るかの二択になる。
人間はそう単純にはいかないけど。
単質遺伝子による形質を受け継ぐ事がないからね。
顔立ちひとつ取っても、例えばモンゴリアンか白人かで凹凸が少ないか多いかが変わる。
その凹凸加減は、気候によって変化し、土地に適応していった結果だ。
外見的要素は、その土地に適した形に変化していく。
全く違う風土で育った者が混ざったら、どちらの土地に移住したのか、全く別の土地に移り住んだのか、遺伝子は当然判断出来ない。
塩基配列に意思は宿らないからね。
両親が黄色か白色だった場合、どちらか一方の要素が全面に出る時もあれば、丁度中間を取る時もある。
人間はエンドウ豆じゃないからマルとバツの‘’間‘’が生まれて来る事もあるのだ。
優性形質を持った親が純系なのか、雑種系なのかでも、子に遺伝した要素が表面化する割合や確率は当然変わる。
耳や瞼の形なんかは、遺伝子の優劣の要素が出やすいかな。
福耳や二重瞼って外見要素だね。
髪や目の色は、中間的な形質を取る事が多い。
黒髪と金髪の間の子は、茶褐色になりやすいでしょ。
一番分かりやすく遺伝するのは病気だそうだけど、ただこの場合は、食べる物や生活習慣が一緒に暮らしているとよく似てくるから、遺伝以外の要素も強く関わってくる。
そう言う先祖の何万何億ってデータを掻き集めて、様々な遺伝する要素を見比べて、血縁関係を証明したそうだ。
データが少ないから精度は落ちるものの、遺伝子の検査が出来ないこの世界でも、やろうと思えば出来るよね。
声が似ているか、と次に問われた。
俺の場合はどっちつかずと言うか、高めの男とも低めの女ともとれる声をしている。
変声期を迎えたばかりの、男の声が近いのかな。
体内に女性器があれども、男性器もついているからね。
テストステロンの影響は、健常な一般女性よりも余程多い。
その一方で、健常な一般男性よりも、エストロゲンの影響を受けている、とても歪な肉体である。
お陰で喉仏は目立たない。
手を当てればなんとなく分かる程度には大きくなっているし、痩せれば見ただけでも分かるかも?
そんな状態なので、高い声を出そうと思えば出せる。
ひとつ咳払いをして、何度か喉に手を当て発声をして調節する。
「ぁ、あ”っ、あ〜……
……このような声ですが、違和感はございませんか?」
「ぶふっ!」
美少女めいた鈴が転がるような声を出したら、カノンは堪え切れず吹き出した後、半身を後ろに向けて肩を震わせる。
コノヤロウめ。
しなを作ったのがいけなかったか。
サービスし過ぎた。
気導音と骨導音では、聞こえ方が変わってくる。
俺の耳には違って聞こえるが、恐らく、この音域があの少女のものと合致すると思う。
あの時、風の精霊に録音を頼めれば良かったのだけど……
そんな恐ろしい事をする勇気が、俺には無かった。
微塵程度でも霊力の揺らぎが発生すれば、燼霊は俺の位置を捕捉していただろうからね。
呼吸する事すらままならなかったのだ。
生還出来たのだから、良しとしておこう。
ひとしきり笑って落ち着いたのか、カノンは質問をした意図を話した。
双子という存在に、カノンも過去に会った事があるそうだ。
一卵性双生児だったのだろう。
余りにも似過ぎていて、親ですらどちらが兄か弟なのか、たまに間違える事があったのだとか。
燼霊と俺がそれ位似ているのなら、そして燼霊が教帝及びそれに近しい立場に立っている確率が極めて高いのなら。
その仮定の上での話になるが、王都と教会の本部は、大陸すら違う。
なので年に一回、会うか会わないか程度の頻度でしか邂逅しない相手になる。
そんな相手なら、目立つ外見的特徴以外、殆ど覚えていられないだろう。
写真がない世界だ。
反復して見返す事も出来ないのだから、大体がイメージに取って代わる。
その上偉い立場にいるのなら、直接対面する事なんて、早々得られ無い。
遠くから望むか、平伏してそもそも顔すら見た事すら無いか。
その場合は、声しか情報が無くなる。
日々何十何百と信徒の声を聞いているのだから、司教が燼霊の声をシッカリと覚えている事もあるまい。
手紙でのやり取りをしていた場合は、しょっちゅう聞く事になるけどな。
その疑問を口にすれば、手紙は受け取り側に霊力が無ければ、実は再生されないそうだ。
驚愕の事実。
まぢか。
俺の霊力が多過ぎるが故に、消費している事実に気付けなかったよ。
手紙に言葉を託す時には減った感覚はあったし、お手紙の切手と同じだと思ったんだよ。
声を吹き込む側も受け取り側も、お互い霊力が高ければ直接会話をしている時と、ほぼ同等のクオリティで言葉が聞ける。
繰り返し再生も、望めば可能だ。
しかし吹き込む側の霊力が低いと、精霊が働いてくれないのでノイズが混ざったり、声のトーンがおかしかったりと正常に再生されない。
問題なく風精霊が言葉を記録していたとしても、受け取り側の霊力が低い者の場合、雑音と音飛びのオンパレードになってしまう。
記録される音数が少なければ、不具合は減る。
司教や司祭がやり取りしていた手紙に記録されていた声が、ヤケにカタコトだったのはそう言う理由だったのか。
それに聴覚は五感の中で、最も記憶に残りにくいとされている。
余程親しい友人でも、声を長い事聞いていなければ、どんな調子の声だったかなんて、薄れていってしまう。
哀しいかな、イメージとしてしか残らない。
年単位で直接聞いていなければ、視覚からの情報を優先して、違和感を感じる事なく納得してくれる事だろう。
つまり俺に何をさせたいかと言うと、アリアの尋問への同席だ。
精霊教会の連中が、詳細な指示を出されたワケでもないのに暴走したのだとしても、司教か司祭から燼霊と勘違いした俺を見て「アナタの言葉を聞いてやったのに!」とでも言質を取れば、問い質すのが楽になる。
ひとつゲロってしまえば、枷が外れてくれるからね。
質問や態度をしくじらなければ、あとは芋づる式に、幾らでも情報を聞き出せる。
「そう言えば、司祭のオッサンを捉えた時に現御神様って呼ばれたんだよね。
あと、魅魔鳥やら魔眼象やらの魔物に例えられた」
「それを先に言え。
現御神は精霊教会の教帝が、‘’地上に降臨せし精霊様の如き存在だ‘’と吹聴している者の呼び名だ。
普段精霊様は人々に寄り添い願いを聞き届けてくれる事はないが、入信する事により教会を通して、精霊様と人間の橋渡し役として、現御神がその願いを聞き届けて叶えてくれるとしている。
魅魔鳥はその美声で人を魅了し、無抵抗にさせた状態で襲ってくる魔物だな。
魅魔鳥が帆に停まった帆船は、必ず沈むと言われている。
その、この世のものとは思えない程美しい鳴き声に聞き惚れてしまい、屈強な海の男ですら、船の操作を怠ってしまうからだ。
魅魔鳥が現れたら、何よりも先に耳栓をしなければ、海の藻屑になると言い伝えられている。
魔眼象は興奮状態になると三日三晩暴れ回り、魔眼象が通った道は焦土と化す、とされているかなり大型の魔物だな。
毀魔馬並とされているが、俺は見たことがない。
暴走魔眼象を鎮めるには、 玫瑰の花の香りを嗅がせると良いらしい」
おぉ、さすが歩く魔物百科事典。
魔物を例えに出されたから悪口を言われたのだと思っていたけれど、そうではなく。
慣用句やことわざに動物が出てくるのと同じノリで使われるようだ。
つまり司祭が言いたかったのは、鶯舌と香気馥郁って事ね。
情緒が不安定な気持ちの悪い人だと思ったけど、一応褒め言葉だったらしい。
俺を見てそう言ったって事は、あの燼霊は教帝ではなく現御神で、声や体臭が似ているらしい。
少なくとも、司祭を勘違いさせられる程度には似ているのだろう。
んじゃ、カノンが言う通り、尋問に顔を出してみるか。
俺はアリアから尋問には参加するなと言われているけれど、大丈夫なのかな。
教会にまた侵入して、ヘタに燼霊と出くわしたらいけない。
なら、今出来る事と言えば、尋問位しか無いものね。
野営地に戻っても、寝るしかないもの。
燼霊と相対するのは、マズイ。
もし会ってしまったら、戦闘になる。
街中は避けるべきだ。
特に王都はいけない。
王都には、三英雄の聖遺物が数多く保管されている。
最も重要なのが、王都の地下にある設備だ。
そこには時の精霊達が作り出した、大規模な術式が刻まれている。
王宮に人を余り雇わないのは、その情報が外に出るのを防ぐ為もある。
世界中に影響を及ぼす物だからね。
知っている人数は少ない方が良い。
カノンがアリアに王座を押し付けているのも、この術式が理由だ。
霊力を注ぎ続けるのがイヤって話ではなく。
重度のシスコンだよ?
自分がイヤな事から逃げ出す為に、大事な大事な妹に損な役割を押し付けるワケがない。
玉座に座っていたら出来ない事――術式を改善して、少しでも霊力の消耗を抑える方法が無いか研究をし続けているのだ。
精霊術に関する造詣が深いのは、圧倒的にカノンだからね。
ソレに、女性が学ぶ事を良しとしない世界だ。
数少ない精霊術の研究者は、圧倒的に男性が多い。
アリアがその道に明るかったとしても、カノンは他の男と交友を深める事がイヤで、アリアを外には出さなかっただろうな。
地方の人間を救い、投資し、様々なツテを作っているのも、術式の維持からアリアを解放する為という理由が大半を占めている。
残りは趣味だね。
素人だろうが玄人だろうが、一人の研究では視点を複数個作るのは難しい。
意識して別方向から見ようとしても、意識をしないような深層心理から、固定概念というものが必ず生まれる。
そうなると、多角的に物事を見るのに手っ取り早い方法は、他者を巻き込む事だ。
だから恩を売って歩いている、と。
大昔に助けた人が暮らしている場所は、既に大きく発展した街が多い。
そうなると、都会的なモノの考え方・捉え方しか情報が集まらなくなる。
だから今優先的に回るのは、田舎も田舎。
小規模の限界集落じみた寒村が多い。
俺が見ている限りでは、良さそうな人材は一〇から二〇の村を回って、一人居るか居ないか位の割合だ。
学力と経済力って、結構密接な関係だし、小さく寂れた村を回る位なら、都市部を回るべきなんじゃないかと思うのだが。
とは言え、都市ですら学校という存在がないのだ。
精霊術及び方陣や術式を学ぶキッカケや、教育課程の付与をすれば、田舎も都会も関係ないのかもしれない。




