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もと神さま、新世界で気ままに2ndライフを満喫する  作者: 可燃物


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神さま、オバケに遭う。

 放り投げたい衝動をなんとか堪え、ガウを丁寧に棚へと戻す。

 あの時に見た黒い球よりも、随分と小さい。

 なら裂け目が開かれる迄に、まだ時間がかかる。


 そうは思うが、刺激を加えたら、何か良くない事が起きるかもしれないじゃない。

 爆発したり、アラームが鳴ったりさ。



 裂け目の素、とでも呼べば良いのだろうか。

 コレがあるとなると、先程迄の気配察知に頼った捜索の仕方では、不十分と言わざるを得ないね。

 しらみ潰しに家探しをしなければならない。


 隠し扉の類は無いように思える。

 しかし裂け目の素以外にも、察知出来ない何かがある可能性がある以上、それを念頭に置いて、初めから見直すべきだ。



 だがそうなると、一人でこの暗い中、広い屋内を延々とあるかも分からない物を探すのは、なかなかの苦行である。



 燼霊が顕現したあの一連の事件を、カノンはどのように国王(アリア)に報告しているのだろう。


 近隣の村が消滅した事や、僅かな生存者達で新しく村を興した事は把握していたが、被害の規模や俺が知らない所で精霊教がどのように動いていたのか。

 調査員が派遣されて、第三者の視点で調査し、初めて分かる事もある。


 精霊教会との関係が険悪な立場にいる以上、アリアはより公平に物事を見極めなければならない。


 何だかんだ信者が多いからね。

 ヘタな事をして暴動が起きたら大変だもの。



 しかも今はその精霊教の、王都(ディルクルム)支店のトップを含む、相当数の尋問をしている真っ只中。


 俺視点の根拠のない、推測や想像ばかりの言葉を聞かせたら、余計な情報を与えて混乱させてしまう。


 現状報告を手紙(シルフィード)に託して、カノンに丸投げしてしまおう。



 そう思ったが、妙な胸騒ぎを感じた。


 気配感知には、特に何も引っ掛からない。

 だが何となく、良くない事が起こる予感がする。



 第六感や、虫の報せ的なものだろうか。


 五感以外の感知能力が働いたり、いつもと微妙に違う気がする程度の違和感を覚えたり、とにかく理屈では説明出来ない、この感覚。


 霊力みたいな不思議なエネルギーがある位だ。

 精霊のような、科学的概念では解き明かせない存在も居る事だし。


 微精霊が迫り来る危険を伝えようとしてくれているのかもしれない。


 ただの思い過ごしなら、ソレで良い。


 俺が鬼のいない、ひとりかくれんぼを暫しする事になるだけだ。

 大丈夫、大丈夫。

 手足のある人形とか刃物とか、用意してないし。



 部屋を見渡し、隠れる所が無いかを探す。


 もし感知出来ないナニかが近付いて来ているのなら、転移術を使うのは悪手だ。


 感知に引っ掛からない存在なんて、燼霊しか思い浮かばない。

 そして燼霊、もしくはソレに準ずるモノであれば、余程の力押しをしないと、精霊術が無効化されてしまう。



 領域、とでも言えば良いのだろうか。

 燼霊を中心とした、ある程度の範囲内だと、霊力の消耗が激しくなる。

 もしくは、霊力に関わる事が一切出来なくなる。


 精霊の皆との脳内会話も含めた、何もかもが、だ。



 燼霊は霊力と真逆の力である魔力とでも呼べるような、瘴気を原料にした力を糧にしているから、そのせいで相殺されてしまうのかなと考えている。


 相殺と言うよりは、無効化の方が適しているか。

 だって燼霊は、自由に力を振るえるし。



 もしかしたら、周囲に霊力が充ちた状態で戦えば、逆に燼霊側が無力化されて、コチラが有利になるのかもしれない。

 もしそうなら、対燼霊戦において、とても有効である。


 だが、試してみようとは思えない。

 出来れば燼霊とはもう、会いたくないもの。


 氷の精霊(スティーリア)みたいな例もあるから、燼霊を精霊に変えられるのなら、吝かではないが。



 前触れも無くギッと音を立てて開いた扉の向こうに立っていたのは、年の頃十五程度の、恐らく、女の子だ。

 

 外見年齢が、イコール生きた年月にならないこの世界なので、もしかしたらかなりの年寄りかもしれない。

 見た目と雰囲気がチグハグなのだ。


 十代中頃と言えば、俺と同年代になる。

 人生経験値が少なくて、判断が遅く自信なさげにするか、無敵状態で変に自信たっぷりになるかのどちらかに分類される傾向にある。


 だがその子は立ち居振る舞いがやけに堂々としているし、所作が洗礼されている。

 なんというか、一挙手一投足、全てが演技じみている感じがする。


 そんな彼女は、とても……イヤと言う程、見覚えのある顔をしている。

 正直言って、気持ちが悪い。



淵窩(エンカ)に異常は見られませんね……

 気のせい、とは思えませんが……」


 目の前の少女は、勘違いや思い違いをそのまま放置してくれるような、適当さを持ち合わせていないらしい。

 俺の大雑把さと面倒臭がり加減を、見習って頂きたいものだ。


 そのせいで俺は、身動ぎひとつ出来ずに、ジッとしていなければならない窮屈さを経験する羽目になった。



 この距離ですら、少女の気配は読み取れない。


 カノンが作った、霊力による感知を阻害させる道具は、手が届くような距離だと効力を失った。

 そもそもあの道具は、霊力を撹乱させたり察知する能力を妨害するための物だしな。


 感知の精度を乱す事が目的なので、存在その物を消す事は出来ない。



 だが目の前の少女は……そう、まるで幽霊のようだ。

 余りにも気配が朧気で、今ここに確かに存在しているのだと、自信を持って確かにそうだと、言う事が出来ない。


 幽霊ですと言われれば、納得する。

 特に見覚えのある見た目が、幽霊らしさをより強くしている。



 ガウを持ち上げ、中身を確認していなければ。

 違和感の正体を探そうとカーテンを開けて居なければ。


 この世の存在では無いと、思い込めたのに。



 全身総毛立つようなこの感覚には、覚えがある。


 彼女は燼霊、なのだろう。


 物に触れ、呼吸をし、熱を発している事から、地の精霊(テルモ)のように肉体を得て、この世界に顕現している完全体。

 それが、目の前の存在だ。


 つまり彼女なら、魔物を使わずともこの世界に害をもたらせる。

 一体、いつ、誰が燼霊なんぞに、あんな肉体を与えたのだろうか。

 なんて傍迷惑な。



 少女が音もなく、コチラに近付いて来る。

 ため息を吐いてしまった為に、隠れているのがバレたのだろうか。


 落ち着いて音を立てずに深呼吸をする。

 幾重にも誤魔化しをしているから、見付からないと思いたい。



 机下収納だったハズの棚は机の下から引っ張り出され、木札置き場になっている。

 元々棚が収まっていたデッドスペースを覗き込んでも、誰も居ない。


 部屋の天井四隅に張り付いて居る事もない。

 続き部屋になっている寝室にも、何処にも人影はなかった。


「…………


 あの子達がいないのは、成果を催促したからなのかしら?

 あなたは、どう思って?」


 部屋に入って来た時と同様、キィッと不自然なまでに周囲に響くよう音を立てて扉を開いた彼女は、コチラを振り向いて声を掛ける。


 しかしその視線は何処を見るでもなく、ぼんやりと前に向けられているだけだ。



「…………気のせい、か……」


 ポツリと呟きを残して、パタンと扉は閉じられた。


 息を吐くには、まだ早い。

 早い、が。

 自分の意思とは無関係に、ドッと一気に汗が噴き出してきた。



 身震いするのは音を立てる恐れがあるので耐えられたが、脂汗はどうにもならなかった。


 崩れた瞬間、物音が立ってしまうだろうが、今日はこれ以上の捜索はせずに、一旦戻ろう。

 ココから一刻も早く立ち去りたい。


 精霊の力が発動するかの確認をし、山積みになった木札の中、体育座りの格好のまま転移術を発動した。


 木を隠すには森戦法、とでも言えば良いのだろうか。

 足の踏み場が辛うじてある程度のレベルに積み上げられた木札の中に、俺が入り込めるだけの空間を作り、ソコにあった木札を机下収納の棚の上に置かせて貰ったのだ。


 順番がバラバラになってしまうが、緊急事態だったので許して欲しい。



 万が一行き先を探知されたらいけないので、王都(ディルクルム)の街中、城郭の外、‘’喰魔の森‘’と経由した後に、(オルトゥス)の家へと戻った。



『――アナタ、また燼霊と会ったの!?』


 転移後早々、光の精霊(ルーメン)に怒鳴られた。

 心配しているのは表情で分かるが、この頭に直接響くような声がキンキンしていて、なかなかに堪える。


 安全圏に戻って来れたと、イヤでも自覚出来るのは有難い事だが。



 燼霊の領域に入ってしまうと、精霊との脳内会話が出来なくなるから。

 いつからかは不明だが、少なくともあの司教の部屋では使えなかった。


 電波の受信妨害でもされていた気分である。



 止めていた息を思いっきり吐き出し、空気を吸い込む。

 その動作を何度か繰り返すうちに、汗も引いたし、鼓動も落ち着いた。


「……なぁ、光の精霊(ルーメン)

 コッチの世界に転移して来た施設の中に、胤冑(いんちゆう)棟ってある?」


『――胤冑(いんちゆう)棟?

 いえ……聞いたことないわね。


 どうしたの? 突然??』


「……燼霊に会った」


『――そのようね』


「…………俺とよく似た、女の姿をしていた」


『――それって……!?』


 脱兎の如く逃げ出した為に、座標がズレて、自分の部屋ではなく階段の踊り場に転移をした。

 俺と光の精霊(ルーメン)の話し声が聞こえたのか、その声を聞いた他の精霊に言われたのか、カノンが部屋から出て来て、階上から覗き込まれた。


「なんだ、戻っていたのか。

 ……顔色が悪いな」


「オバケに会ってしまったもんで。

 ……カノンは胤冑(いんちゆう)棟――実験棟とか、受胎棟とか呼ばれる遺跡、知らない?」


「……聞いた事はないな。

 それがどうした?」


 どこまで説明すれば良いのだろうか。


 この世界では、自然妊娠以外の方法で妊娠する術がない。

 手術も一般的ではないから、人工授精や体外妊娠はモチロン、人工子宮と言っても理解されるかどうかが微妙だ。


 カノンは頭は良いけれど、概念として全く存在しない事柄の道理を悟る事は、酷く難しい。


 宗教のせいもあったとはいえ、地動説が長年受け入れられなかったように。



 イヤ、そもそも、施設ですらヒトクローニングは、人道的観点から否定されていた。


 治療を目的とした場合にのみ、ヒト胚を利用する事を許されていた国もあったようだが、倫理的に、また費用的にも施設ではNOとされていた。

 表向きは。



 なにせ、優秀な「スキル」を持つ遺伝子を人工的に後世に残そうと、植物状態だった光の精霊(ルーメン)の前世の肉体から卵子を取り出して、代理母体や人工子宮で育てるのが秘密裏に行われていたからね。


 倫理?

 ナニソレ??

 おいしーのー???

 って感じだったのだろう。


 自分達のご大層な名目の前では、そんな道徳的な善悪の基準なんて、ゴミも同然だったに違いない。


 その方法で生まれたのが、立派な(?)神様もどきである俺だ。


 風の精霊(ウェントス)の前世が肉体に問題があった事もあり、俺に万が一の事があった時のため、俺のスペアを同時進行で作る実験もされていた。


 まぁ、ろくな設備が無かったからね。

 大抵が資源の無駄使いをして終わった。


 だが、全てでは無い。


 「スキル」の能力が基準値以下の為に、廃棄、及び凍結された個体も中にはいる。



 あの俺によく似た外見の女燼霊は、もしかしたら、そんな失敗作のウチの一体――もしくは、複数の集合体なのかもしれない。


 当事者である俺からしてみれば、オバケよりも余程タチが悪い存在だ。

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