神さま、捕らえる。
王宮に向かってくる者、また既に内部に入り込んだ者の気配は、取り零す事なく感知し、全て的確に捕らえている。
地属性のトラップを仕掛け拘束し、得手としない風の精霊術を使い牢屋へと運んでいる。
その周囲の者――半径にして、五m以内位だろうか――も捕捉出来ている。
火の精霊術で小規模な爆発を起こして驚かせたり、水の精霊術で地面を濡らして転ばせたり。
特訓の成果を見せ付けるように、様々な手段を用いて侵入者を次々と捕らえて行く。
しかしまだ、広範囲に渡って気配感知を展開する事は出来ないらしい。
運良くその領域から逃れた者は、追尾される事なく敗走して行く。
この際俺は、どうするべきなのかな。
一応試験も兼ねているし、ヘタに手助けをしたらカノンに怒られてしまいそうだ。
ただでさえ最近、ロクに実験の時間を取れなくてフラストレーションが溜まっている。
火に油を注ぐような事はしたくない。
だからといって、逃げ出した連中が根城に戻ってどんな報告をするかが分からない以上、放って置くのは悪手だろう。
街へ続く街道で襲撃をしているハズの司祭から、大人しく任務完了の連絡を待っている人達に動かれたら、困るからね。
俺が居ない状態でも、街道で野営をしている騎士団員は問題無いとは思う。
思いたいが、奇襲を掛けられた時が弱かったからと、舐めてかかったら痛い目を見るとも同時に思う。
あの時は俺が精霊術を封じていたから、アッサリと全員生かして捕らえる事が出来た。
しかし俺が居ない以上、精霊達の行動は制限されていない。
精霊達は頼み事という名の精霊術の行使をお願いされたら、断る理由がない。
あくまで俺が、精霊を統べる存在の皆の知り合いだから、忖度してくれているだけだからね。
もしくは、皆が俺の事ヨロシクねって、申し渡していたりするかもしれない。
だから襲撃の前に「マーキングしてある人以外の精霊術の発動に、一切応じないで」と言ったら、素直に聞き入れてくれた。
だが俺が離れている状態では、そうはならない。
教徒の連中は、精霊術に重きを置いた戦い方が得意……と言うか、ソレしか出来ない感じだった。
体術はてんでダメダメだったからな。
接近戦は苦手なのだろう。
ダンジョンの中で出会った教徒五人組も、精霊術の補助ありきで動いていたし。
それ自体は悪い事では決してない。
霊力と精霊が当たり前に存在しているこの世界で、精霊術を使えない事なんて、滅多にある事ではないからね。
むしろ精霊教の術の使い方を、騎士団に教えてあげて欲しい位だ。
せっかく霊力があるのに、身体強化がチョコっとと、初歩も初歩みたいな低位の精霊術しか、使っていないんだもの。
宝の持ち腐れも良い所だ。
つまり、精霊術が使える状態だと、勝敗の行方が分からなくなる。
眠らせてあるだけだから、馬車の襲撃班に何かあったと悟られて、増援を寄越されて、気付け薬を嗅がされたり、覚醒の術を使われたりしたら、騎士団が危ないかもしれない。
そうなると、逃走している連中は捕らえて、「コレだけ取り逃してたよ」と突き出して、減点するのが最適かな。
一人だけ、目印を付けて何処に逃げ込むのかだけ、確認する為に残しておくか。
発信機とは、勝手が違うんだよな。
どちらかと言うと、マーキング的な感じ?
俺の霊力をバレない程度にまとわせておくと、混ざった霊力は目立つからね。
動向を探るのに便利なのだ。
一定間隔で何処に居るのか確認すれば、逃走ルートも逃亡先も把握出来る。
それ以外の人間は、八の鐘も鳴り終えたような時間に大声を出されたら、ご近所迷惑になるからね。
風の檻に閉じ込めて、王宮の牢屋に直接送り届けよう。
気配感知の為に王都全体に薄く伸ばした霊力を、逃走者が走る数歩先だけ濃くする。
ソコを踏んだら、霊力を固化させ足を取る。
慣性の法則に従って転びそうになるから、ケガをしないように風のクッションで受け止め、そのまま風の檻で包み込んで浮かせる。
そうすると、抵抗するスキを与える事なく捕らえられる。
なんなら、風のクッションの程良い弾力にメロメロになってしまい、スキだらけのまま捕らえる事になる。
とっても楽チン。
アリアに手紙を飛ばそう。
俺が送った侵入者を捕らえた風の檻は、色付きにしたのでその人数をカウントして欲しい事。
また一人追尾中である事。
状況によっては、合流が遅れる事。
そのみっつを伝える。
彼女は試験官も兼ねているからね。
きっと上手くやってくれる。
受験生はどんな顔をするかな〜。
やっぱ悔しがるかな。
「国王の護衛と侵入者の捕獲を、今の自分なら余裕でこなしてみせる!」と息巻いていたのに、コレだもんね。
合流点したら、からかってやろうっと。
冒険者としては、去るもの追わずな姿勢は決して間違えではないんだけどね。
今回はあくまで教会に所属している反王国派の人間を一網打尽にしたいのだ。
過激派な連中が内部に少しでも残ってしまったら、意味を成さない。
取り逃しは厳禁なのだよ。
追跡の了承を得たので、王宮から離れた、しかし教会へと向かう道とも少し逸れた裏路地を進む。
出歩く人が少ない時間帯とは言え、メインの道なんかには、酔っ払いや巡回している衛兵もいるからね。
遠回りになっても、灯りの届かない道を進むのは当然か。
こんな時間に教会に出入りする人なんて、早々居ないものね。
だからこそ、夜遅くに教徒の連中がたむろっていたら、何事かと問い質す事も出来るだろう。
報告をする相手が待機していたら、ソイツらもまとめて縛り上げよう。
……そう思っていたのだが。
教会に先回りして気配を調べたら、誰一人として居ない。
まさか、教会の王都支部に所属する、全員が出払って居るだなんて、思わないじゃない。
人数多いな〜とは思っていたけど……全員て。
アレ?
親玉の司教ももしかして、もう逮捕しちゃった感じ??
え、アリアってそんな嫌われてんの???
一人泳がせた教徒は、教会のある区画の手前で空き家に入って行った。
普段の白い祭服や修道服では、夜の行動は目立つ。
なので忍者のような暗い色の衣装に身を包んで居たのだが、ソレを身にまとったまま教会に出入りをしたら、とても目立つ。
土地が少なくゴチャゴチャとした王都において、空き家なんて珍しいと思ったが、ココはセーフティハウスのような役割なのかな。
中に入った教徒は、周囲を見渡し誰も居ない事を確認すると、扉を複数回叩き、コッソリと中に入って行った。
その後の動きからして、元の服に着替えたのだろう。
だが待てど暮らせど誰一人戻って来ない事に不安を感じ、三匹の手紙を飛ばした。
二匹は王宮に向かおうとし、一匹は街方面に飛んで行きそうになったので、全て捕獲する。
やはり司教も、王宮に向かったのか。
指揮官が前線に出張ってどうするんだよ。
馬鹿じゃ無かろうか。
飛ばした内容は、全て似たようなものだね。
計画通り王宮に侵入しようとしたけれど、仲間が目の前で捕縛されたので逃げた事。
潜伏地点のひとつで、他の仲間と合流する為に待機している事。
そのふたつの報告と、この後どうすれば良いのか指示を仰ぎたいって内容だ。
喋り方からして、司教、司祭、それと同僚に宛てた感じだね。
一通だけ親しげな口調だったし。
意外なのが、手紙を使える精霊教徒が多い事だな。
カノンとアリアの専売特許だと思っていたよ。
カノンはアッサリと教えてくれたし、むしろ普及したくてアチコチで教えて回っている精霊術なのかもしれない。
郵便屋さんが居ないから、便利だもんね。
手紙を出して以降、いくら待っても特に動きが見られないので、接触を試みる。
空き家に入る時のノックの仕方をマネて扉を叩くと、自動で鍵が開いた。
ちょっと面白い。
どういう機構で出来ているのだろうか。
「ああ、遅かったな……」
誰かしら、同僚が戻って来たと思ったのだろう。
あからさまにホッとした声でコチラを見た教徒は、その顔を一瞬で変えて俺を睨んだ。
次の言葉を発する前に気絶させたけど。
まさか後をつけられているとは思っていなかっただろうが、油断していたにしても、動きが遅いな。
王宮の壁をよじ登っている時とか、身のこなしが軽いなと感心していたのだけれど。
アレも霊力操作や、精霊に補助をして貰って居たから出来た動きのようだ。
凡人か、それ以下の運動神経しか無い人だと、精霊に助けて貰うだけで、自分の思い通りに身体が動かせて、さぞかし楽しいだろうな。
かく言う俺も、装備品で能力の底上げをした時、楽しくてたまらなかったし。
だって自分の足で走っているのに、時速六〇kmとか余裕で出るんだよ。
オリンピックの優勝者ですら、時速四五〜五〇kmがせいぜいだったのに。
しかも持久力も底上げされるし。
重力が無くなったかのように、身体が軽くなるし。
鍛えているとは言え、流石に空中で五回捻りは出来なかったんだけどね。
風の精霊の力を借りれば、目が回る勢いでギュルギュル回れる。
何回もしたいとは思わないけど、自分が思っている以上の事を簡単に出来ると、不敵に笑えて来る。
俺の周囲では、自動で精霊術が使えない仕様になっているようだ。
なまじ一般的に精霊術を使える人間が少ないから、ソレを自分の力だと勘違いしてしまったんだろうな。
生まれた時から、望んでもいないのに、あって当然のチカラだったんだもの。
だから、使えないと混乱する。
何だかきな臭い感じがするし、家探しはせずに、位置を王宮に残っている騎士と共有しよう。
現場はなるべく温存して置くのが、探偵物のセオリーだものね。
チャッカリ修道服に着替えてくれている教徒Aのお陰で、精霊教の人間が関与していると、ひと目で分かる証拠も手に入った。
コレで他の連中が黙秘を続けても、どうにかなるでしょ。
今回の分も含めて、捕獲した手紙って証拠も沢山あるし。
さぁて、アルベルトは今回の試験、カノンから合格をもぎ取れるかな〜。




