神さま、移動する。
割愛しなければならない程に、特筆するような事が皆無な戦闘だった。
ダンジョン四階のボスは、毒蠍という大っきいサソリだ。
尾を含めて三m程の大きさで、大きい分動きはトロくて大振り。
その上攻撃のパターンも単調。
魔蜈蚣なんかと一緒で心臓が細長く、魔石は心臓の横にはない。
頭部ではなく、尾の付け根にある所がちょっと違うかな。
毒針には気を付けなければいけないが、背後さえ取れれば、貫通する威力の術で魔石を撃ち抜くなり、殴るなりすればアッサリ死ぬ。
俺がこのフロアに来た時みたいにね。
なのに……まぁ、毒をプッスリされる間もなく、ぶん回された初撃のシッポにぶち当たったフィブレスの巻き添いを食らって、全員一気に吹っ飛んで、見事に全滅。
俺が居なかったら、このままムシャムシャアタマから齧られていた事だろう。
ヘタに勝ってしまうよりも、俺的には良かったケド。
「さぁ、ボスにも勝てたし、次のフロアに行こう」なんて満身創痍ながらも意気揚々としている、五人の不意をついて眠らせなきゃならない、なんて事にならずに済んで良かったからね。
鼻を摘んだりほっぺたを引っ張ったりして、全員がシッカリ気絶しているのを確認する。
鑑定眼で見れば分かる情報だが、道中掛けられた迷惑をお返しするなら、今のタイミングしかないじゃない。
うん、うなされながらも起きないね。
コレだけシッカリ眠っていると、油性ペンでピエールな髭とかグルグルほっぺとか描きたくなるね!
流石にオイル系のクレンジング剤もないこの世界でソレをやったら、落とすのに苦労しそうだからやらないよ。
来た時と同じようにワンパンで毒蠍を倒して、青の転移陣に全員を乗せた。
外に転移すると、中とは違った冷たい空気が肺を満たして、ちょっと痛い。
月の位置を見るに、さして時間が進んだようには見えなかった。
このダンジョンは時の精霊の力が強く作用しているし、外と中の時間の流れにズレがあるのかな。
……丸一日経過してる、なんて事はないよね。
空飛ぶ石版に気絶している五人を乗せて、騎士団の野営場へと向かう。
大丈夫、全員居るな。
二四時間経過しているような事は無かった。
一瞬でも心配して損した。
コッソリ拝借した騎士団員が持っている縄で五人を後ろ手に縛り、既に確保してある襲撃者と同じ位置へと安置した。
コレで次に目を覚ます時には、他の教会の人間と一緒だ。
自分の置かれた状況に混乱こそするだろうが、周囲の人間から現状を聞く事は出来るね。
尋問の直前で気付いたら、もしくは最中にってなったら、ちょっと可哀想だよな。
コイツらは国王の襲撃の事は、一切知らされて居なかったのだし。
だがソレを言い出したら、他の教徒だって、あくまで上から言われた「大義の為」なんてご大層な名目を掲げられて、動いていたに過ぎないのだ。
巻き込まれただけと考えると、不憫である。
こう言う時、連座の文化ってナンセンスだよな。
一族郎党皆殺しって。
地球では長いこと、集団的懲罰はジュネーブ条約で禁止されていた。
そしてその思想は、施設でも受け継がれていた。
そう言う人道主義に則った基本原則を、地球人はなんでこの世界の住民に教えなかったんだろうな。
法律って意識しないと覚えないし、感情を介入させずに文言だけ思い出そうとしても難しいし、仕方がない、か?
この世界に見合わないような法律を作って、行動に制限を付けてしまった結果、自分が関与しないような所で人死が起きたら、困るもんね。
例えば日本の‘’銃砲刀剣類所持等取締法‘’なんて、この世界にそぐわないじゃない。
銃火器類や刀剣類の所持を禁止した所で、精霊術のような、その身一つで大量殺戮が可能な人がいる時点で無意味だし。
そういう部分は、人の善性に頼るしかないよね。
「ジューダスさん、もう帰還されたのですか。
もしくは、忘れ物でしょうか」
眠らせている教徒を見下ろしていると、騎士団長殿に後ろから声を掛けられた。
言葉から察するに、やはりダンジョンに潜って以降、外の世界では余り時間が経っていないようだ。
もしかしてコレを繰り返すと、浦島太郎みたいになっちゃったりするのだろうか。
夢とロマンに満ち溢れているダンジョンだが、ソレはちょっとイヤだな。
「イヤ、ちゃんとダンジョンにいた、精霊教の残党を回収してきたよ。
ただ……襲撃者もそうだけど、若いし計画の全容を知らずに参加しているヤツも沢山いるみたいだし、即死刑って言うのはどうなんだろって考えてた」
「国の在り方そのものに意見をするのですか?
それは……我々では不敬とみなされますので、何とも反応しづらい問題です」
権利をみだりに振りかざしたり、自分の気分次第で処刑をしてみたり、なんて事をアリアはしない。
人命を軽視するような事は勿論、国民の人権を無視するような事もしていない。
非人道的な重税を課す事もないし、無闇な言論統制なんかもしていない。
ソレらをするような人間には見えないし、兄であるカノンが、身内のそんな横暴を許すはずがない。
だが国の権力は、玉座の一点に集中している。
意見がしにくい体制ではあるだろうな。
なにせ金が回りにくい世の中だ。
魔物が蔓延っているせいで、安全に人とモノが街の間を行き来出来ない。
金の代謝が悪いと、国は潤わない。
国が潤わなければ、国民は疲弊するし、不平不満が募る。
ソレを緩和するために、カノンが‘’王の権能‘’として直接問題があれば解決しながら世界各地を回っているにしても、些末な事柄は放置されがちだ。
アリアも市井を歩き回って、把握自体はしているのだけれど……
いかんせん、解決するだけの人手が足りない。
その解決の為にも、冒険者ギルドの運営を早く世界規模にしたいんだけどね。
どこまで普及しているのだろうか。
なにせ途中で街に戻ってしまったから。
今現状どうなっているのかが、認識出来ていない。
アリアやカノンは、各地に知り合いや信頼の置ける部下が点在していて、定期的に報告が入ってくる。
だけど俺には、そんな人が居ないからね。
カノンへの報告内容に、冒険者ギルドの広がり方も追加して貰おうかな。
「不敬罪があるんだ?
一度法律の勉強しておいた方が良いのかな……
教科書とかってあるの??」
「王都の王城書庫に、法律の経典があります。
ですが、日常において必要なことは全て、口伝になります。
経典に実際何が書いてあるかは、誰も知りません」
なんと。
法典に触れた事もないのに、人を捕え罰する権力を持っているのか、騎士団って言うのは。
ソレは……まずくない?
実際の国法には書いていない事が、後世へと伝わる過程で改変される可能性が高いぞ、コレは。
伝言ゲームですら、何十人と経由してしまうと、最終的な言葉は全く別の物として伝わってしまう事が多い。
ごく簡単なメッセージですら、五、六人通すだけで異なってしまうのだぞ。
それを何十年とかけて、何人もの人を介して伝えられて行くんだろ。
絶対元の文章とは違う。
そう確信が持てる。
うん、なるべく近いうちに見に行こう。
もしかしたら、この団体様を救う手立てが記されて居るかもしれない。
野営の準備は滞りなく終わり、教団の連中をトイレに行かせる見張りも、順番に何事もなく消化された。
問題が無さそうだったので、団長殿に一言言って、再びこの場から離席する事にした。
逃走者が出たり、問題が起きたら俺に報せる事が出来る道具は、念の為持たせておいた。
俺が向かうのは、王宮だ。
どうやら、向こうの襲撃も落ち着いたようだし。
アリア達の無事の確認を直接したいし、貸し出した増援の回収もしたい。
そのまま法典を見させて貰えるならそうしたいが、この時間だしな。
俺が途中で眠くなる可能性が高いかな。
貸し出しをしてくれるならお願いしたいけど、どうだろう。
この時間だと、明るい場所で読むには、街の家に持って帰らないといけないでしょ。
王城内では、見張りに人達に迷惑を掛けてしまいそうだし。
野営地では、他の人達に迷惑が掛かるから明るくするのは気が引けるから。
暗い所で本を読んでも視力が悪くなる事はないが、暗いと見える位置まで近付けないと、文字が読めない。
そのせいでピント調節が上手くいかなくなって、結果として目が悪くなる。
せっかく視力がかなり良いのに、勿体ないじゃない。
いくら気配感知で遠くの物まで把握出来ても、近くまで来ないと視認出来ないと、せっかくの性能が台無しになりそうじゃない。
まぁそれも、「スキル」で回復すればどうにでもなるんだけどね。
医者要らずで便利だわ。




