神さま、溜息を吐く。
三人がいる所へ戻ろうと踵を返す。
だが俺の戦いっぷりに、感動したらしい。
口々に褒めそやしながら、コチラへと小走りで向かってきた。
「あ、ソコに罠……
…………あるから、気ぃ付けた方が、良かったね」
「「「……え?」」」
余りにも間の抜けた声に、コチラが脱力しそうになる。
一難去ってまた一難に該当する言葉が、この世界には無いのだろうか。
ダンジョンの中だぞ。
基本的に気を抜いて良い瞬間なんて、ないのに。
しかもコイツら、漏れなくワナに掛かって死にかけているんだぞ。
何で周囲の警戒を微塵もせずに、駆け寄って来れるのだろうか。
一つ溜息を吐いた後、半裸二人と全裸に背を向け、走り出した。
距離にして丁度一〇〇m奥。
俺が背を向けた方向の突き当たりから、重量物が転がって来る音がする。
秒速でどれ位の速度が出てるのかな。
俺は余裕だけど、三人がペタンコにならないと良いな。
俺が背を向けて走り出した理由も掴めていないまま、釣られて走り出した三人は、俺とどんどん距離が離れる。
だが背後に迫る物を視認したのか、音で危機を感じ取ったのか、悲鳴と共に勢いが増した。
「前傾姿勢になって、死に物狂いで腕大きく振りな〜」
声を出して走るのは、もうやっている。
他にすぐに効果が現れる早く走るコツ、となれば、上体を倒して前屈みになる事と、腕を大きく振って、太腿を高く上げる事位だ。
あとは火事場の馬鹿力で、どうにかなると良いね。
時の精霊にまだこのダンジョンの権限があった――俺が初めてこのダンジョンに入った――時にも、この大岩が転がって来る、いかにもな罠があったなぁ。
あの時は何百mを、カノンとアルベルトと一緒に全力疾走したんだっけ。
ひっきりなしに色んな殺傷能力が高過ぎる罠が作動するもんだから、攻略が大変だったよね。
それと比べたら、こんな走れば助かる、もしくは精霊術で停めればどうにかなるような罠なんて、甘い甘い。
……それ以上に甘いのは、俺だな。
足がもつれて、転んだらしい。
治癒術師の気配が、その場から動かなくなった。
はぁ〜、ヤレヤレ。
パッと治癒術師の元に転移し、サッと抱き上げる。
茶番が面倒臭くなったので、ラウディとフィブレスの所へもついでに飛んで回収し、大岩の背後に移動をした。
大岩は突き当たりの壁にでも、衝突して止まるのだろうか。
見守ってたら、床がパカッと開いて岩はソコに収納された。
ほほぅ、リユースするのか。
エコで良いね。
全部の仕掛けを俺が設定したのではないので、こういう発見があると、ちょっと楽しいな。
だがあの見た目だろ。
結構重いと思うんだけど。
もしかしてハリボテだったりしたのだろうか。
そうじゃなければ、床下収納された時に割れてしまうと思うのだけど。
砕けたとしても、瘴気や魔力で新しく作るから問題ないって事なのかな。
転がる岩を形成するための土さえあれば、消費エネルギーは少なくて済むものね。
突然走るべき地面が無くなって、一瞬宙に浮いたせいか、ドサドサっと音を立ててラウディとフィブレスが顔面から着地した。
せっかくキレイにしたのに、また泥だらけになってしまったね。
水の精霊に怒られたくないから、もう洗ってはやらないぞ。
「ゎ、わたしの柔肌に触れるなんて!
無礼者ね!」
確かに無許可で抱き上げてお姫様抱っこをしたのは俺だが、あのまま岩の下敷きになってペッタンコになるのを所望していたのだろうか。
それなら悪い事をしたな。
その後、恐怖によってしがみついて来たのは、間違いなくこの治癒術師の方なのに。
顔を真っ赤にして罵倒してくるのは何故なのか。
お触り厳禁と言うのなら、今すぐこの高さから落としてやろうか。
こういう手合いは相手にすると、コチラが疲弊するだけだ。
会話に実りもないし、ムダな時間を過ごすだけになる。
見るつもりもないのに「裸を見られたからお嫁に行けない」なんてイチャモンを、万が一でも付けられても困る。
魔鼬貂のコートがダメなら、防寒具としての機能は劣るが魔狐のコートでも羽織っておけ。
毛がモッサリとしている分、体型が隠れて良いだろ。
コレは防水の付与をしたのだが、やはり付与が強過ぎて着るサウナスーツみたいになってしまった失敗作だ。
動くとすぐに蒸れてしまって、旅の間に使うには勝手が悪いから、お蔵入りしたものだ。
この世界で目が覚めてから、そう日数が経っていないウチから付与の練習をした。
霊力の扱いも、今振り返ると恥ずかしいくらいに出来ていなかった。
殆どがその時の産物になる。
なので四次元ポシェットの中に入っているのは、大抵が付与の力が強過ぎて、使い物にならなくなってしまった物ばかりだ。
素材の品質は落ちてしまうが、付与を抜く事が出来る人がカノンの知り合いに居るそうなので、いつその日が来ても良いように、失敗作を常にポシェットの中に入れている。
カノンは苦手だから、したくないんだって。
苦手が故に、教える事も出来ない。
流石に人の技術だから、鑑定眼を通して見ても、手順は表示されなかった。
イヤ、付与した霊力を抜き取る、と言葉では書かれるんだよ。
だけど俺が知りたいのは、その抜き取る方法やコツの部分だ。
そしてソレは感覚的な事なので、説明はされない。
チッ、使えない闇の精霊だ。
「あなた……強いのね」
今度は文句を言わずに、被せられたコートのボタンを留める、治癒術師の姉ちゃん。
異議申し立てが無いのは良い事だが、それと同時に、礼の言葉も相変わらず出てこない。
一体どんな育て方をされれば、こんな風になるのだ。
教会関係者は、高飛車で傲慢な輩が多いのだろうか。
もしそうなら、そう言うヤツを率先して助けたいとは思えないのだが。
決心が揺らぐから、これ以上問題発言をしないで欲しい。
「それだけ強いのなら、わたしの騎士になりなさ「お断りします」
……なんでよ!」
なんでって……え?
マジでそれ聞いてんの??
イヤに決まってんじゃん。
こんな文句ばかりで怒ってばっかで、礼を言うことすら出来ない、驕り高ぶった態度を取るような高圧的な人間、一分一秒でも、関わりを持ちたいと思わない。
俺は女尊男卑な人間だから、流石に全裸のまま居るのはしのびないと思って、一度断られたが、それでも着るものを再度渡した。
だがもしコレが男だったら。
そもそも着替えを渡そうとすら、最初からしていなかったと思う。
ローパーに絡まれていたのも助けず、自分の身は自分で護れと言って、死なない程度に放置していただろう。
だってダンジョンに潜入した教徒の情報を得たいのならば、ラウディとフィブレスが居れば十分だもの。
治癒術師である自分の修道騎士になる事が、いかに名誉な事なのか。
それを胸を張って得意げに、とくと説いて居るが、俺にとっては何の魅力も感じない。
一度断られたのなら、素直に身を引けよ。
権力なんざどうでもいいし、金も自分で稼げる。
なんなら稼げなくてもどうにでもなる。
名誉なんて興味無いし、見た目が可愛い自分と四六時中一緒に居られるなんて嬉しいでしょ、なんて同意を求められても……
フェミニスト発言になってしまうが、美醜で言うのなら、ぶっちゃけ俺の顔の方が整っているし。
「今の修道騎士達って強くても不細工なのと、見た目は悪くないけどわたしを放り出して逃げちゃうような、頼りないやつしかいないんだもの!
その点あなたは見た目も良いし、強いし、文句のつけ所がないじゃない?
わたし、ゆくゆくはオルトゥスの司教を任されることが決まっているの。
今のうちに、わたしの下につくべきではなくって?」
「……チェンジで」
「は?
ちぇんじで……? なに?」
街に赴任する精霊教の司教って、あの襲撃者のオッサンじゃなかったのか。
イヤ、あのオッサンもイヤだけど。
この女も同じ位イヤだ!
有料でも良いからチェンジさせろ!!
治癒術が使えないと司教にはなれない。
その上ある程度の実績もなければならない。
なので今回主導部隊から離れて、この治癒術師が先頭に立って、魔物捕縛の作戦を決行していたのだそうだ。
事前に聞いていた通り、‘’喰魔の森‘’の魔物が弱体化しているのか、確かめる為の研究材料にしたいからとか司教に言われたそうだよ。
森の中に潜んでいる魔物は、向こうから襲って来ない限り、生きたまま捕獲するのは至難の業だ。
なにせいつ来るのか予測が出来ないし、群れで襲ってくる可能性が高い。
遠慮して攻撃していたら、コチラの被害が大きくなる。
対してダンジョンは単体でしか魔物が現れないと聞くし、運が良ければお宝まで手に入る。
戦闘経験が豊富なラウディとフィブレスがいれば、生け捕りも可能だろう。
そう判断され、五人でダンジョンこのを訪れた。
だが‘’喰魔の森‘’の魔物は元々がとても強い。
……らしい。
教会の連中は、未開拓の地で噂話が誇張されたと、勘違いをしていたのかな。
俺にとってはザコだが、一般的な冒険者には荷が勝つレベルだよ。
全員が手練の冒険者パーティーで、ようやく対応出来るような魔物しか、ここら辺一帯にはいない。
ラウディとフィブレスがそれ位の実力があったとしても、三人が足でまといじゃ、どうやったって攻略なんて出来ない。
むしろ四階までよく来れたな。
なるべく魔物がいない道を通って来たのかな。
「本人目の前にして悪口――しかも本人の努力じゃどうする事も出来ないような、外見に対する悪口を言うような性格ブサイクの、上でも下でも働きたく無いって言ってんの」
「わ、わたしが不細工ですって!?」
「ブス以外の何者だってぇの。
助けた礼も言わない、置き去りにした仲間へ謝罪もしない。
そんな傲慢な、人として最低限の事すら出来ないようなヤツに信仰される、精霊の皆に同情するね」
「あなたのそれは、悪口にならないとでも言うの!?」
「言う相手位、選んでいるよ」
俺は努力でどうにもならない、生まれ持った部分に対して貶める発言をした事に対して、性格ブスだと言ったのだが。
話が通じていないな。
ラウディは大魔熊を彷彿とさせる体格で、アゴは割れてるわ三白眼だわ、アチコチ傷が治った痕もあるわで、正直見た目が、かなり怖い。
重戦士らしいと言えばらしいのだが、聖職者には、ちと見えない。
だが礼儀正しく、性格は温厚と言える。
ガチムチ系なので、クマさんタイプが好きな人にはモテると思う。
フィブレスは妹二人と、どことなく似ている。
パッチリとした目は愛嬌があるが、頬や額に走る傷のせいで、やはり見た目が怖い。
ヘタをすれば、人によってはラウディよりも怖く見えるかもしれない。
そんな彼と比べれば細身だが、下半身を中心に筋肉がガッシリとついているので、少々野暮ったく見える。
治癒術師を率先して窘めるような、人が好過ぎる性格だが、盾の取り回しのせいで奥歯を噛み締めるクセがあるらしく、口元はへの字になっていることが多い。
モテるタイプには確かに見えない。
だが二人とも、間違いなく良いヤツだ。
思わず今回の件で、精霊教徒の一括りでまとめて断罪されるには、惜しいと思う位には。
そんな二人を見下す発言が出来る程、この治癒術師殿はエラいのか?
教会内の立場としては、一僧兵と希少な治癒術師ならば、後者の方がエラいのだろう。
だが一歩ダンジョンに踏み入れば、そんな常識は通用しない。
事実治癒術師は二人に一度助けられて居るんだろ。
その時点で実力不足決定だ。
更に二度目の救助の後、再度ワナを発動させて全員を危険に晒している。
もういっその事、この辺で野垂れ死ぬのが、二人の為になるのではないだろうか。
なにより街のためになる。
ココ大事。
ココ重要。
……あ〜あ。
「アンタがバカみたいに、後先考えない行動するせいだからな」
「なんのことよ!?」
「ラウディ、フィブレス。
後ろ、ヨロシクね」
最初三人は、なんのこっちゃ? と疑問符を頭の上に浮かべていたが、近付いてくる地鳴りで、何の事か思い至ったようだ。
治癒術師が上げる奇声のせいで、この階層の魔物が一気に押し寄せて来たようだ。
あ〜あ、面倒臭い。




