神さま、投げる。
ローパーは見た目こそ似ているが、実は植物系の魔物と、軟体系の魔物の二系統に分かれる。
前者は人間を襲ってくるローパーと呼ばれている部分は、地中から伸びた根っこの部分だ。
地表に出た根の部分が、触手をウネウネさせるお馴染みの形を取り、蔦や蔓で獲物を捕え、棘を刺して血を啜る。
本体部分が受粉している個体の場合は、苗床として獲物の体内に種と共に寄生根を伸ばして、半死半生の状態で解放する。
自分の生息域を広める為だね。
寄生されている事に気付けば、寄生根を全て除去さえすれば、その呪縛から開放される。
しかし少しでも根が残って居た場合、宿主の血肉や霊力を養分として育つので、ジワジワと蝕まれていって、そのうち魔物化させられてしまう。
その頃には狂ってしまっていて、自分が魔物になった事なんて理解出来ないだろうが。
そんな理由もあって、本体は人間の形に非常に良く似ている。
ローパーとは全く別の魔物と思われているようで、一部地域では妖樹冠や魔花冠と呼ばれている。
このダンジョンには植物系のローパーは出ない。
街に種を持ち帰られたら大変だからね。
軟体系のローパーは、触手がウネウネしていてジットリとヌメっている、イソギンチャクみたいな、アレだ。
拘束から始まり、身体中の穴という穴に入り込む、触手プレイという男のロマンを一身に背負っている魔物だね。
実際はそんな生易しい物じゃ無いけど。
話に聞いただけだけど、軟体系のローパーって超怖い。
トラウマものですよ。
なのにも関わらず、ダンジョンで出るのはコッチのローパーである。
街の近くにも時折出現率するのだ。
出さない方が不自然だろ。
そしてダンジョンの下層に行けば、当然のようにカノンすら厄介だと言うこのローパーが出てくる。
なので上層の内に弱いヤツを出しておこう。
そう思っての割り振りだったのだけど……
流石に四階層で出すのは、早過ぎたのだろうか。
たまにしか出ない設定にしてあるんだけどな。
余程運が無い人なのかな。
ラウディとフィブレスと同じ、魔物素材が使われている胸当てによって、ギリギリセーフと言える露出になっている女性は、余程怖かったのだろう。
粘液まみれの状態で、ボロボロと涙を零しながら放心していた。
しかし肌には特に異常が見られず――正確に言うのであれば、触手雨虎による粘液で溶かされた跡がない。
治癒術師との事だし、溶かされながらも出来た怪我を片っ端から治し続けていたのだろうか。
恐らくはそうではなく、ローパーを弱く設定し過ぎたせいで、溶解液で溶かせる物が少ないのだろう。
その証拠と言わんばかりに、ラウディもフィブレスも衣服と背負っていたバックパックが溶けていた。
そしてその穴から零れた中身も、一部溶けてしまっている。
シェラフや薬草の類も犠牲になっているので、やはり植物素材の物だけ溶かすようだ。
面白いな。
魔石を破壊する前に、素材採集をしておくべきだったかな。
魔物は核となる魔石を破壊すると、即死する。
サッサと戦闘を終わらせたい時なんかは便利な弱点だよね。
だがその代わり、肉体を維持する魔力の供給が途絶えてしまうからか、魔石が砕けた途端、身体は崩れて砂となって消える。
地球人の死に方も同じだと聞く。
この世界の住民は、皆霊玉を心臓の近くに形成して霊力を循環している。
怪我や病死の場合、霊玉は傷付けられず心停止するだけなので、肉体は残るし埋葬もされる。
霊玉、魔石と呼び分けているが、構造は二つとも同じだ。
だから人間も魔物と同様、霊玉を破壊されたら、肉体を維持出来なくなって崩れてしまうのかもしれないな。
流石に、試そうとは思えないが。
水の精霊に三人をまとめて丸洗いして貰う。
さっき手を貸して貰ったばかりだったのもあり、頭の中で舌打ちされた。
ちゃんと相応の霊力を渡しているのだから、良いじゃんか。
野郎二人はこのままでも良いが、さすがに花盛りの年頃の女性を半裸のまま、連れ回すのは頂けない。
四次元ポシェットの中に何かあったかな。
俺が前使ってた装備はアルベルトにやっちゃったんだよね……あぁ、付与や裁縫の練習の失敗作なら、山ほどあるな。
魔鼬貂のロングコートなら、物理的にも霊力的にも防御力が高いから、コレを渡そうかな。
反射の付与をしようとして、失敗しちゃったんだよね。
一定の霊力や魔力に作用するようにしたせいで、俺では着られなかったのだ。
手に持つ程度なら問題なかったのだが、身に付けるとスポーン! と勝手に脱げてしまう。
しかも関節の方向とか、考えずに問答無用で脱げてしまうのだ。
コートにそんな事配慮しろと言ったって当然無理な話だが。
イヤ、そもそもコートならば、与えられた役目通りに防寒具として、肉体にまとわせてくれよと言う話だ。
完全に外部に漏れ出る霊力を遮断出来る、今なら着れるけど、別のコートをもう作って愛用しているし。
使う機会がないんだよね。
精霊教の教徒らしい生成色だし、何より、外でも温かく過ごせる。
彼女程度の霊力なら、何の問題もなく着れるだろう。
立ち上がったら、色々見えてしまうからヤバいだろう。
そう思い、縮こまったままの背中に羽織らせる。
このコートは防具を身に付けた状態でも着れるよう、俺のサイズで作ってある。
一般的な女性のサイズに収まっているのなら、しゃがんだ状態でも、前のボタンを閉じれるだろう。
「あなた……外套以外に何か、もっと気の利いたもの持ってないの!?
これじゃあ、とんだ変態じゃない!」
……先程までの儚げな態度は、何処へ行ったのだろうか。
目を釣りあげて、火がついた赤ん坊よりもけたたましい声で罵倒をしてくる。
確かに裸コートと言えば変態の代名詞ではある。
その共通認識が異世界にもある事が驚きだ。
ある種の感動を覚える。
感慨深い気持ちにさせてくれた事に、感謝をするべきだろう。
……したとしても、ダメだな。
嫌悪感が勝つ。
情けをかけず、容赦もせず、ペイっとかけてやったコートを剥ぎ取った。
その反動で、ギリギリくっついていた胸当てや、総面積の八割がたが溶けて消失していた布切れも、無情にも全てハラリハラリと地面に落ちる。
とどのつまりは、治癒術師の女性は現在、スッポンポンの状態だ。
裸コートの方が幾分かマシだったろうに。
ハッ! とんだ変態だな!!
「あ、あな、ぁあなた……!
なんてことを……っ!」
「助けてやった礼もろくに言えない。
貸してやったコートにはケチをつける。
そんなヤツに優しくしてやる程、俺ぁ人間出来て居ないんだよ」
怒りにワナワナと震えながら、治癒術師はしゃがんでアチコチ手で隠す。
だがそんな格好をしていたら、後ろからは丸見えじゃね?
同僚相手なら見せてもえぇんか。
あ、二人とも紳士だね。
ちゃんと身体ごとそっぽを向いている。
それでさっきローパーの触手に絡め取られたの、忘れてない?
「お嬢……一般人、しかも恩義のある方に対して、その態度はいけません」
「精霊様にもこの方にも礼を言わずに、自分の要望ばかり通すのは、道理が通りませんよ」
あの子達、と言っていただけあり、保護者のように癇癪を起こした治癒術師を宥めつつ叱る二人。
しかし真っ裸のまま、威勢良く二人も同じテンションで怒鳴りつけている。
お嬢って言われてるって事は、権力者の娘か何かなのか?
「……!
動くなっ!!」
はたと気付いて、投擲用の棒手裏剣を引き出し、目標物に向かってぶん投げる。
その音に反応してしまったフィブレスが、コチラを振り返ってしまった。
動くなって言ったのに!
そのせいでフィブレスの耳を掠めた棒手裏剣は、軌道がズレて射止めるハズだった魔物を、その場に縫い止める事すら出来ずに天井に突き刺さる。
格好良く形成出来た、なかなかの自信作なので、後で忘れず回収しよう。
イヤ、後回しにしたら忘れるな。
今する。
すぐする。
一足飛びに治癒術師を飛び越え、そのまま立ち尽くしているラウディの肩を借りて、更に跳躍。
天井を這ってコチラに向かってきた毒蛙は、俺を撃退しようと長い舌を伸ばしてくる。
毒蛙の舌って、鋼のように硬いんだっけ?
それは魔蛙の方だっけ??
鑑定眼を起動させれば、毒蛙の舌はローパーの触手のようなもので、触れても直接的な害はない。
だが粘着力が非常に強く、力も強い。
グルリと巻き付けられたら、腕くらいなら簡単に折れてしまう。
最も気を付けなければならないのは、多彩な毒だ。
相手によって体内で調合し、使い分けられる。
頬を膨らませて霧状に散布するか、目の横にある毒腺から噴射してくるか。
いずれにせよ、放射線上から逃げれば、難なくかわせる。
恐ろしいのは、戦闘の後だ。
体表に纏っていた毒は、その死後、死体の体温上昇と共に周囲に撒き散らされる。
負けはするが、勝たせもしない。
そんな戦法を取る厄介な魔物だそうだ。
その毒蛙は、銀蜥蜴と共生をしている。
つまり、周囲に銀蜥蜴も居ると考えて良い。
その銀蜥蜴も、毒持ちである。
……思い出したわ。
この階層、一撃必殺で魔物を屠れる実力が無ければ詰む仕様になっているんだ。
だから毒持ちの魔物ばっか出てくるんだ。
ヘタに素材採集をしようと欲を出すと、毒に侵され痛い目を見ることになる。
だから時には思い切った決断をしなければならない。
そう教えるための階層だ。
なので毒蛙や銀蜥蜴の毒も、野生の品種よりも酷くない。
爛れてグジュグジュになったり、視力が著しく低下する程度だ。
生息域によるが、毒性植物が多い地域の毒蛙なんて、毒霧だけで周りの魔物を溶かしてしまう事もあるそうだから。
ココのダンジョンの毒蛙なんて、可愛いもんだ。
伸ばされた舌を横薙ぎに切り落としたら、毒蛙は天井に貼り付けなくなったのか、体勢を崩して落ちてきた。
ジタジタと空をかく、左前脚の付け根を狙って棒手裏剣をもう一本取り出して、投げる。
霧散し始める毒蛙の身体を踏み台にして、天井に突き刺さった棒手裏剣を回収。
ソレをそのまま通路の側面に擬態して張り付いていた銀蜥蜴の首の付け根――魔石に目掛けて投げ付けた。
まさか自分の居場所がバレていると思わなかったのだろう。
銀蜥蜴は避けるヒマもなく、無抵抗のまま塵となって消えた。
銀蜥蜴の外皮は少々硬かったようで、貫通して壁には突き刺さらなかったようだ。
肉体が完全に消えた後、カランと軽い音を立てて、棒手裏剣が地面に落ちた。
魔石を砕いて倒すと、血で汚れないから、洗浄の必要がないのは楽で良いね。
刃が欠けてさえいなければ、だけど。
まぁ、この程度の魔物なら、魔石の大きさも強度もたかが知れている。
特に問題はなさそうだったので、毒蛙を倒した分も含めてホルダーに戻した。




